第22話:ゲスでごめん
野球応援の熱狂から一夜明け、手に入れた久々の休日。
愛車と共に軽快に走り出した楓でしたが、突如として襲いかかるマシントラブル!
街中に響き渡る爆音、そして背後から迫る不吉なサイレン……。
「局長」の威厳はどこへやら、絶体絶命のピンチが訪れます。
昨日の野球応援という大騒動を終え、今日は部活が休みだ。
久しぶりに放課後の自由な時間を手に入れた俺は、授業を終えるなり愛用の黄色いバイクに跨り、帰路についていた。
だが、走り出して数分。俺は妙な違和感を覚えた。
なんだかバイクの調子が、明らかにおかしい。
スロットルを回すたび、マフラーから「パン! パパパン! カンカカン!」と、まるで昭和の族車か、はたまた景気のいい爆竹のような異音が鳴り響くのだ。
下校途中の生徒たちからの視線が痛い。
道ゆく人々が「なんだなんだ」と振り返る。
街中で不本意な注目を浴びるのが、これほどまでに恥ずかしいとは。
(違うんです! 僕は善良な高校生なんです! やましい改造なんて一切してないんです!)
心の中で必死に弁明しながら、俺は冷や汗をかいた。
あーもう、これじゃ真っ直ぐ帰れない。
おなじみの「鈴木商会」に寄って見てもらわないと。
頼む、店に着くまでに警察にだけは会いませんように……。
そんな俺の祈りを嘲笑うかのように、背後から不吉なサイレンが鳴り響いた。
「ウー、ウー」
「……そこの黄色いバイク、左に寄せて止まりなさい」
(ひえっ!!)
心臓が口から飛び出すかと思った。
早速のフラグ回収。神様、仕事が早すぎます。
俺は震える手で路肩にバイクを止め、ヘルメットを脱いだ。
パトカーから降りてきた警察官は、手帳を手に淡々と尋ねてくる。
「君、不動高校の生徒だね?」
「はい……」
「随分と賑やかな音をさせて走ってるね」
「はい、すみません。さっき急に故障したみたいで……」
「何か改造とかしてる?」
「いえ、何も! 完全ノーマルです!」
警察官の鋭い視線がバイクの細部をチェックしていく。
もし整備不良で切符を切られたら、明日の学校で「暴走族・竜胆楓」として笑い者だ。
俺の社会的な死が、すぐそこにまで迫っていた。
警察官がエンジン付近を覗き込む。
「あー、なるほど。これだわ」
彼が指差したのは、マフラーのジョイント部分だった。
なんと、マフラーが根元で緩んで今にも外れかかっていたらしい。
あの爆音は単なる排気漏れの音だったわけだ。
「これ、またすぐ外れちゃうと思うから、ゆっくりお店まで行きなさい」
そう言うと、警察官は自分の装備から工具を取り出し、仮止めではあるがマフラーを締め直してくれた。
……焦った。整備不良どころか、なんて親切な警察官なんだ。
最北の地の治安を守る男の優しさに、俺は深く感謝して再びバイクを走らせた。
そのまま、なじみの鈴木商会へ直行する。
到着する頃には再びネジが緩み、爆音を轟かせていたが、会長が「おー、どうした!」と笑顔で出迎えてくれた。
事情を話してマフラーを締め直してもらい、ついでにエンジンも見てくれるという。
俺は会長が買ってくれた缶コーヒーを啜りながら、手伝い半分、勉強半分で整備を見守った。
エアを吹き付けて、キャブレター周りの細かいゴミを飛ばす。
そんな地味だが重要な作業をしていた、その時だった。
バシュー!!
「あっ!」
会長が声を上げた。
勢い余って、小さな部品が弾け飛んでしまったらしい。
運悪く作業は屋外。
部品は夕闇に沈みゆく草むらの中へと消えていった。
俺と会長で必死に探したが、米粒のような小さなネジは見つからない。
しかも、店に在庫のない特殊なパーツだという。
「すまん、今日はバイク預かるわ。部品届くまで待っててくれ」
平謝りする会長の軽トラに揺られ、俺は家まで送ってもらうことになった。
会長は「俺のミスだ、本当に申し訳ない」と恐縮していたが、いつも世話になっているのだ。
俺もうちの家族も、誰も責めるはずがない。
だが、問題は「明日からの足」だ。
そこで思い浮かんだのが、かつてのパートナー『あけみ』。
「あけみ」それは、俺が高校一年生の時、このバイクを手に入れるまで、毎日共に風を切って走った相棒の自転車の名前だ。
毎日、片道十四キロ。往復二十八キロ。
街灯もない農道のガタガタ道を、泥だらけになりながら駆け抜けた。
誰よりも早く家を出て、雨の日も風の日も俺を支えてくれた、かけがえのないパートナー。
だが。
今の俺には、あけみと一緒にあの坂道を駆け抜ける勇気が、もうない。
高校一年の時はあんなに愛し合っていた(?)のに、一度「バイク」という文明の利器を知ってしまった俺の体は、自力でペダルを漕ぐ苦労を全力で拒否しているのだ。
(都合のいい時だけ思い出してごめん、あけみ。楽を知ってしまった俺を許してくれ。ゲスで本当にごめん……)
物置の隅で埃を被っているであろう「あけみ」に、心の中でそっと手を合わせた。
となると、残された選択肢はただ一つ。
「……あいつを、引きずり出すしかないか」
俺は物置のさらに奥、暗がりに眠る巨大な塊を見据えた。
かつて兄・千島が乗り回し、散々こき使われた挙げ句に放置された、ボロボロのスクーター。
バイクは故障、自転車は体力的に無理。
追い詰められた俺は、ついに封印されし禁忌の遺物。
兄の「お下がり」という名のスクーターに、禁断の手を伸ばすのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
一度「楽」を覚えてしまうと、過去の努力に戻れなくなる……。
誰しも心当たりのある「ゲスな感情」に、楓が直面してしまいました。
愛車あけみへの懺悔も虚しく、物語は不穏なお下がりスクーターへと続きます。
果たして、兄の遺したマシンは無事に動くのでしょうか。
次回もよろしくお願いします!




