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第17話:俺は諦めが悪い

いよいよ定期演奏会が開幕します。

入念なリハーサルを終えて万全の態勢……のはずが、一筋縄ではいかないのが楓たちの日常。


本番直前に襲いかかる予期せぬアクシデント。

絶体絶命のピンチに、楓はどう立ち向かうのか?


手に汗握る第1部、開演です!


 リハーサルでの「栄養ドリンク異臭騒動」も、歯磨きラッシュによってなんとか沈静化した。

 いよいよ、定期演奏会の幕が上がる。


 演奏会は二部構成だ。

 第一部は、コンクールで扱うような厳かなクラシック。

 ここは繊細さが命だね。


 休憩を挟んで、第二部は衣装も雰囲気もガラリと変えたポップスステージ。

 ノリと勢い重視で、楽しめたもん勝ちだ。



 リハーサルは何度も重ねてきたし、先輩も後輩も中学時代からの付き合いが長い。

 多少のトラブルがあったとしても、培ってきた阿吽の呼吸で乗り切れるはずだ。


(……なんだろう。今、自分でも驚くほど盛大なフラグを立てた気がするな)


 そんな予感に背筋が寒くなったが、今は目の前のステージに集中していこう。

 


 今年の三年生の先輩方は、その半分が秋のコンクールまで残ってくれる。

 けれど、残りの半分はこの演奏会を最後に引退だ。

 おそらく、この幕が下りれば二度と一緒に演奏することはない。


 中には、もう二度と自分の楽器に触れることさえなくなる人もいるんだろうな。

 だからこそ、最後の一音まで精一杯の演奏で送り出したい――。



 そんな感傷に浸っていた俺の肩を、必死な形相で叩く奴がいた。

 ……ミツル。お前、今度は何の用だ?


「腹が痛いって?」

「いや、もうあと数分で開演だぞ!?」

「……本気で我慢できない顔してるな」


 青ざめた顔で股を閉じているミツルを放置するわけにもいかない。


「……分かった、なんとかするからトイレへ走れ! 心配するな、俺たちに任せとけ!」


 俺の言葉を聞き終える前に、ミツルは脱兎のごとく楽屋へと消えていった。



 実は、事態はかなり深刻なんだよな。

 パーカッション・パートの柱である秀川先輩に報告すると、現場は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


「秀川先輩、ミツルが戦線離脱しました!」

「なんだって!? むーっ、よし! あいつが担当するパート、みんなで埋めるぞ!」


 急いで譜面を突き合わせ、ミツルの楽器を確認していく。

 手が空いている人間が、自分の楽譜の合間を縫って重要な箇所を拾っていく。

 しかし、パーカッションは物理的な「腕の数」がモノを言う世界だ。


「……まずい。最後の銅鑼ドラを叩ける人間が、どこにもいない!」


 俺はシンバル、秀川先輩はティンパニの連打。

 他の部員もそれぞれ手が塞がっている。

 

 ステージ上の指揮者も、打楽器席の異変には気付いているようだ。

 だが、もう幕は上がってしまった。照明が落とされ、静寂がホールを包む。

 もう、いくしかない。演奏開始だ。



 ミツルに責任を感じさせたくない。

 そして、先輩たちには「いい演奏会だった」と心から思ってほしい。

 俺は演奏しながら、暗い舞台袖の隅っこで必死に模索していた。


(……ッ! ワンチャン、なんとかなるかも!)


 第一楽章の後半、自分のパートが休みになる静かな部分。

 俺は音を立てないよう、豹のような素早さで動く。


 ドラムセットからバスドラムのペダルを音速で外し、銅鑼用の太いマレットを引っ張り出す。それをガムテープでペダルの打面にぐるぐると巻き付けて固定した。


 ――名付けて『足踏み式・自動銅鑼発射装置』。


 これなら、両手でシンバルを叩きながら、同時に足で銅鑼を鳴らせる!

 ぶっつけ本番、試作なしの一発勝負だ。


 トロンボーンやホルンのパートからは、俺たちの怪しい動きが丸見えだ。

 ガムテープを振り回す俺を見て、彼らが笑いを堪えて肩を震わせているのがよく分かる。


 秀川先輩は俺の突貫工事に気づくと、驚いた顔の後、力強いグッドサインを送ってくれた。

 指揮者にもアイコンタクトで「大丈夫です」と送り、俺は運命のクライマックスを待つ。



 心臓の鼓動がうるさい。

 いよいよ、曲が最高潮に達する。俺はシンバルを構え、右足をペダルの上に乗せた。

 あとは、全力で踏み込むだけだ。そう確信した瞬間。


 ――ゴトン。


 ……ゴトン?

 嫌な手応えが足の裏に伝わった。

 重たいマレットに耐えかねて、ペダルの角度がガクンと倒れてしまったのだ。


(おいおいおい! 今、このタイミングでかよ!)


 俺は足先を器用に使って、なんとかペダルを元の位置に戻そうと調整する。

 いやいや、なんでそっち行っちゃうかな。

 焦れば焦るほど、ペダルはあさっての方向を向く。


 指揮者のタクトが大きく振りかぶられる。もう時間がない!

 おっと、ペダルが何とか起き上がってくれた。

 角度は少し斜めだが、やるしかない!


「――いっけええええ!!」


 渾身の力で踏み抜いた。

 ペダルが吹っ飛び、ガシャっと金属的な衝撃音が響いたが、マレットの先端は確実に銅鑼のど真ん中を捉えた。


「ゴォオオォォォォン……!!」


 予定よりも荒々しい咆哮がホール全体に響き渡った。

 会場を圧倒するその響きに、観客たちは息を呑む。

 

 秀川先輩はニヤリと笑い、俺に向かって最高に男前なグッドサインを送った。



 曲が終わり、一礼してステージを降りる。

 舞台袖では、顔面蒼白で戻ってきたミツルが平謝りで待っていた。


「大丈夫だミツル、みんながなんとかしてくれたぞ。気にするな、次に集中しろ!」


 俺がそう伝えると、あいつは泣きそうな顔で何度も頷いた。

 なんとか第一部は乗り切った。


                     


 舞台裏の事情を全く知らない他パートの部員たちは、ざわついていた。


「ねえ、最後の銅鑼……誰が鳴らしたの?」

「打楽器、誰も移動してなかったよね? ミステリー?」


 そんな噂が広まる中、トロンボーンの先輩――わが吹奏楽局のトップ、藤浪フジナミ局長が歩み寄ってきた。

 そして、俺の肩をガシッと力強く抱いた。


「よくやった、りん。あれは最高のフォローだったぞ」


 夕日に照らされた海岸で見たときよりも、ずっと大きく見える。

 本当に、男前な先輩だ。


 ……男だけど。


 俺のドキドキは、まだ当分収まりそうになかった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


まさに「本番はリハより波乱万丈」ですね。

ガムテープとドラムペダルで銅鑼ドラを鳴らすという力技、楓の現場判断力が光った一幕でした。

藤浪先輩の男前なフォローもあって、なんとか第1部は終演です。


さて、次回の第18話は、華やかなステージの裏側で楓が貫いた「ある美学」について。

吹奏楽局が地元で愛される理由、そして先輩たちが紡いできたものとは……。


少し熱いエピソードをお届けします。

引き続き、ブックマークや評価での応援をよろしくお願いします!


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