第14話:俺は寝れなくなる。
定期演奏会を前に、吹奏楽局は最北の地・稚内への遠征へ。
局長の独断で「公認欠席」を勝ち取り、観光バスで向かう道中はまるで修学旅行のような浮かれモード。
しかし、宿泊先の「少年自然の家」で過ごす静かな夜、俺の運命を大きく狂わせることになります。
六月。
定期演奏会を目前に控え、吹奏楽局にとってもう一つの大きな山場である「高文連(北海道高等学校文化連盟)」の季節がやってきた。
今年の地区大会の開催地は、稚内だ。
俺たちの住む町から日帰りが不可能という距離ではない。
だが、ここで三年の藤浪局長が、その強権を発動させた。
「せっかくの稚内だ。前泊して、最高のコンディションで本番に挑もうじゃないか!」
局長の一言で、前日入りが決定した。
「……あの、局長。平日ですよ? 普通に授業ありますよ?」
俺の至極真っ当な指摘は、局長の輝く笑顔の前に霧散した。
結果、俺たちは二日間の「公認欠席(公欠)」を勝ち取ってしまった。
授業を堂々と休んで、最北の地へ向かう。
いいのか、不動高校。これでいいのか、北海道の教育。
宿泊先は「少年自然の家」。
体育館が併設されており、そこで前日練習もできるという。
貸切バスに、大型の楽器を詰め込んだ運搬トラック。
これを二日間チャーターする費用は相当なものだが、生徒会予算という潤沢な軍資金を持つわが局に死角はない。
普段は置物のような顧問の先生も、今回ばかりは「稚内に着いたら、どこでご飯食べようかな」なんて、すっかり遠足気分の全開である。
そして当日。
「さあ、バスに乗り込むぞー!」
局長の号令で、巨大な観光バスに乗り込む。
エンジンがかかり、出発のその時だった。
「皆様、おはようございます! 本日は当観光バスをご指名いただき、誠にありがとうございます。本日は高文連への出場ということで、稚内へご案内いたします、ガイドの〇〇です。短い時間ではございますが、安全第一で、皆様の思い出に残る楽しい旅となりますよう、精一杯努めますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
――なぜだ!?
運転席の横を見ると、局長がニヤリと不敵に笑っている。
バスガイドなんていらんだろ!!
高校生の部活の移動だぞ!
あんたみたいのがいるから、全校生徒が納めた生徒会費が!
俺たちが必死に集めた広告費が、底を突くんだよ!
おい顧問、拍手して感心してる場合じゃない。
てか、予約書にハンコ押したのアンタだよね!?
なんだかんだありましたが、バスは無事に「少年自然の家」に到着。
早速楽器を出して、体育館で練習を開始した。
ところが。
練習が一段落した休憩時間のことだ。
局長が突然、みんなに指示を出して楽器を片付けさせ始めた。
「??」
「せっかく広い体育館だ。……みんなで鬼ごっこをしよう!」
「!?」
高校生が、学校を公欠で休んで稚内まで来て、体育館で全力の鬼ごっこ。
こんなの、やらなくても楽しいに決まっている!
やるけど!
女子部員たちがネットを張り出し、いつの間にかバレーボールまで始まった。
自由だーー!
藤浪局長……あんたは天才か!
そして、夕方。
少し歩くと、そこは海岸。
ゆっくりと海へ沈んでいく夕日を見ながら、俺たちは海岸に落ちている帆立の殻を波に投げて遊んだ。
これぞ、青春全開。
夜になり、夕飯を食べて部屋に入る。
公的機関なので、消灯時間などのルールを破れば即「出禁」だ。
ここだけはみんな、真面目に守る。
俺は一年生男子と同じ部屋。
そこには、弟分のようなミツルがいた。
そして、もう一人の後輩。
ミツルの幼馴染である、岡部 龍弥。
パートはホルンだ。
「実は……先輩。ずっと迷っていることがあるんです」
暗い部屋で、龍弥がぽつりと切り出した。
話を聞くと、彼はバイオリンをずっとやっていて、真剣にその道に進みたいと思っているらしい。
ただ、お金もかかるし、うまくいくかもわからない。
けれど、バイオリンの先生には、その道を進むことを強く薦められている。
「才能を認められているんだな? 龍弥も、真剣にそう思ってるんだよな?」
「はい」
「だったら、絶対やったほうがいい。親御さんは?」
「……応援してくれています」
「なら、絶対やったほうがいい! チャンスなんて、誰にでも平等に与えられるもんじゃないんだ。一生懸命やっていたって、どれほど才能があっても、チャンスがこない人だっている。俺だって小学生の頃からドラムやってるけど、せいぜい吹奏楽で活躍するぐらいだ。今そのチャンスが舞い降りてきてるなら、それはとっても幸運なことなんだ。今掴まないと、絶対後悔する」
ミツルが横でうるうると目を潤ませている。
「そっすよね! やっぱりそうっすよね!」と深く同意している。
遠征の夜という変なテンションも手伝って、俺は自分でも驚くほど熱くなっていた。
何かの歌の歌詞みたいな、青臭い台詞を全力でぶつけてしまった。
龍弥は顔を上げ、憑き物が落ちたような、すっきりとした表情で言った。
「先輩、ありがとうございます。俺、決心がつきました。本気でバイオリンで頑張ってみようと思います。――サンフランシスコで!」
「???」
俺は思わずミツルを見た。
ミツルは、涙を拭きながらうんうんと頷いている。
あー……ミツル、お前は知ってたのね。
そうか。
龍弥が悩んでいたのは「やるかやらないか」ではなく、「日本の大学か、サンフランシスコの音楽院か」という、とんでもないスケールの選択だったのだ。
そこに、何も知らない俺が熱く語ってしまった。
「迷うな、行け!」と、全力で背中を蹴り飛ばしてしまった。
責任、やばくないか?
聞けば、来年の九月入学に向けて動くという。
行き先は、世界屈指の名門、サンフランシスコ音楽院。
ミツルが涙ぐんで言う。
「俺は幼馴染だけど、そこまでの決断を言い切れなかったっす。さすが竜胆先輩っす……!」
龍弥は笑う。
「迷ってましたが、吹っ切れました。チャンスは誰にでも与えられるものじゃないって言葉、すごく響きました。ありがとうございます!」
「お、おう……」
「明日もあるんで、もう寝ますね。おやすみなさい」
「……おう。おやすみ」
龍弥とミツルは、満足げに布団に潜り込んだ。
数分後には、規則正しい寝息が聞こえてくる。
――俺は。
俺は、全く眠れないぞ……!!
自分の放った言葉の重みが、稚内の冷たい夜気と共にのしかかってくる。
俺は一人の後輩の人生を、勢いだけでアメリカまで飛ばしてしまった。
窓の外では、最北の波音が静かに響いていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
良かれと思って放った「熱い言葉」が、まさかあんなスケールの大きな決断に繋がってしまうとは……。
自分の言葉の重みに震え、稚内の波音を聞きながら眠れない夜を過ごす楓。
実体験に基づいた、あの夜の「空気感」が少しでも伝われば幸いです。
次回、ついに高文連本番。
寝不足の楓は、無事にステージを終えることができるのか!?
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