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第12話:ヒーローはお前だ

練習時間が惜しい定期演奏会前、吹奏楽局を襲った「鍵紛失」の悲劇。

絶望する局員たちの前に、一人の男が立ち上がります。

竜胆家に伝わる(?)秘技が、今ここに炸裂する!


「えっ、音楽室に入れない?」

「鍵、かかってるよ」

「職員室にも予備がないって。どういうこと?」


 放課後の廊下、音楽室の前で立ち往生する局員たちの困惑した声が響いている。



 ふむふむ。

 鍵を管理している音楽の先生が、どこかへ持ったまま連絡がつかなくなってしまったのか。

 定期演奏会を控えたこの時期、一分一秒の練習時間が惜しい俺たちにとって、これは死活問題だな。



 扉の前で途方に暮れる女子部員たち。

 ふむ、ここは俺の出番だな。

 俺には、とっておきの「裏技」がある。


 それは、五つ上の兄・千島チシマから口伝で受け継いだ、壁抜けの秘技だ。



 ……嘘だ。



 実は俺の兄ちゃんもこの不動高校の卒業生で、しかも吹奏楽局の局長を務めていたんだ。

 その兄貴が、かつての緊急事態に編み出した侵入ルート。

 それが「音楽準備室」の小窓だ。


 この学校の教室のドアの上には、空気入れ替え用の小さな回転窓がついている。

 通常、これらは防犯のために外からは開かないようになっているのだが、なぜか音楽準備室だけは、小窓の向きが逆に取り付けられているという致命的な「設計ミス」があるんだよね。


 つまり、外から押し込めば、そのまま室内へと開いてしまう。



 竜胆家に伝わる、泥棒さながら of 忍びの術。

 俺は、並み居る部員たちの前に一歩踏み出した。


「任せて、やってみるわ」



 周囲がざわつく中、俺はドアノブに迷わず足をかけ、グイと体を持ち上げた。

 狙い通り、小窓を押し開ける。そこには、俺の頭がちょうど通るくらいの隙間が生まれた。


 俺はその隙間に頭を突っ込み、芋虫のような動きで中へと這い進んでいく。



(……待てよ、兄ちゃん。これ、どうやって降りるんだっけ?)



 頭から入るということは、必然的に着地も頭からになる。

 音楽室の天井は高い。

 ここから逆さまに落ちれば、楽器を鳴らす前に俺の頭が鳴ることになる。


 だが、下では女の子たちが見守っている。

 さらに、ここは一年生の教室がある階だ。噂を聞きつけた野次馬まで集まり始めていた。

 今さら「無理、降りられない」なんて、口が裂けても言えない。



 俺は必死に腕の筋肉を震わせ、横にある棚の縁を指先で掴んだ。

 じわじわと体重を移動させ、重力に抗いながら体を反転させる。



 ダンッ!



 鈍い音と共に、俺は床に着地した。

 ……腕、強打!

 みんなからは見えてないので声をあげず、少々のたうち回る。


 じんじんするが、一息ついて俺は顔色一つ変えず、内側から音楽室の鍵を静かに開けた。



 ガチャリ。



 扉が開いた瞬間、廊下から「おおおーっ!」という歓声と拍手喝采が巻き起こった。

 珍しく、いいところを見せられた。

 今日の俺は、間違いなく百点満点のヒーローだ。



 無事に部活も始まり、気合の入った良い練習ができた。

 ところが、練習が終わる時間になっても、肝心の音楽の先生とは連絡がつかず、鍵は行方不明のままだった。


「どうしよう、これじゃ鍵を閉められないよ」


 楽器という高価な備品がある以上、開けっぱなしで帰るわけにはいかないしなぁ。

 よし、また俺の出番か――肘痛いからやりたくないなと、再び腕まくりをした時だった。



「先輩! 今度は俺がやりますよ!」



 名乗りを上げたのは、期待の新人、山本満ヤマモト ミツルだった。

「ミツル、大丈夫か? 結構しんどいぞ」

「大丈夫っっす! 先輩の動き、完璧に目に焼き付けましたから。余裕っすよ!」


 おう、そっか。頼もしいな。



 トップヒーローは学生時から逸話を残している……。

 彼らの多くが話をこう結ぶ!!

 「考えるより先に体が動いていた」と!!


 口には出さんけどね。

 

 みんなを部屋から出し、ミツルが内側から戸締りを確認していく。

 あとは、ミツルが例の小窓から脱出するだけだ。



 が。



「ぬ、ぬぬ……ぬおっ!? アレッ? アレッ!?」



 小窓に挟まったミツルが、カブトムシのようにもがいている。


 わかってた。

 予想はついていた。



 そう、俺が入った時は「外から押して開ける」だけだったが、出る時は「内側に窓を引きながら、その隙間に体を通す」という、高度な曲芸が必要になるのだ。

 ミツルは窓と枠の間に体を挟まれ、身動きが取れなくなっていた。



「うおおおっ!」



 ミツルは気合で這い出てきたが、今度は降りる時に足場がない。

 流石に怪我をさせるわけにはいかないので、俺は近くの一年生の教室から机を何台か拝借し、駐機中のヘリを迎え入れるように並べて足場を作っておいた。



 なんとか降りることはできたが……さすがはミツルだ。

 小窓から足を抜く瞬間に、窓枠に足首を挟み、まるで捕獲された珍獣のような無様な格好で机の上に転がり落ちた。


 しかも、どこかで引っ掛けたのか、ワイシャツの袖が無惨にビリリと裂けている。



 一瞬の沈黙。

 だが、待っていた部員たちは優しかった。


「山本くん、ありがとう! おかげで帰れるよ!」

「すごい、勇気あるね!」


 温かい拍手が、ボロボロになった一年生を包み込む。

 ミツルは、裂けた袖を隠すことも忘れて、どこか誇らしげに鼻の下をこすっていた。



 ミツル、良かったな。


「君はヒーローになれる」


「ありがとうございます! って何がですか?」



 今日の本当のヒーローは、最後を締め括ったお前だ。

 

 ……まあ、そのワイシャツを見たお母さんには、間違いなくコッテリ絞られるだろうけどな。


 俺は心の中でミツルの健闘を讃えつつ、夜の農道をイエローのバイクで走り去るのだった。

最後までお読みいただきありがとうございます。


小窓からの侵入、そして脱出。

学生時代、一度は「ここから入れるんじゃね?」と考えたことがある方も多いのではないでしょうか(絶対に真似しないでくださいね!)。


楓の背中を見て育つ(?)後輩・ミツル。

彼のボロボロのワイシャツは、間違いなく勇者の証です。


次回はいよいよ……第13話。

あの日の「その後」が描かれます。

ぜひお楽しみに!


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