第三章
ミツキが事務所のソファに座ったまま浮遊ウィンドウを開くと、フォロイ・ミルガンを検索した。
サイロイド協会会員。住所、協会本部宿舎。年齢十六歳。前科、二年前、近所のペットである犬や猫をナイフで殺害しまわったとして、器物破損の容疑で執行猶予を受けている。
学校には行かず、協会内で独自教育を受けている。
ロータ・システムに異様に興味を持ち、すでにグラス・ショット中毒である可能性が高い。
過激といえば、ロジィの言う通り、ロータ・システムのサイロイド使用に関してもっと公に開放すべきだと主張して回っている点か。
最近はコープラザ研究所に出入りしているらしい。
ミツキはそこまでチェックすると、携帯通信機を取り出して番号を入力した。
『……なんか用か?』
応じてきたのは、トリューユの声だった。
「フォロイ・ミルガンの件で」
『なんだ、おまえらもあいつを追っているのか』
「そちらも、臭いと?」
『かなりな。ただ、相手のコープラザ研究所の連中はリロンゾ・ファミリーと繋がっていて、手だしができねぇ』
「情けない警察だなぁ」
『なんとでも言えよ』
「コープラザ研究所なら、ウチがなんとかする。フォロイの身柄を早々に確保して欲しいんだけど」
『悪くない話だが。派手にやるなら、こちらも黙っているわけにはいかないってのは、理解しているよな?』
「期待しているぜ、にぃさんよ」
そう言ってミツキは一方的に、通話を切った。
「さて明日は忙しいよ、イロイ」
呼ばれて、イロイは立ち上がった。
無表情な少年は、刀を収めた鞘が入った袋を担ぎ、あくびをした。
「……まあ、なんかわかんねぇけど、斬りに行くんだな?」
「……いや、そうなるけども……」
ほかに言い方はないのかと、ミツキは思ったが、少年に酷な思いをさせるだけだと気づいたので変な要求をするのはやめにした。
朝、二人は車に乗り、まずはポトリー・コーポレーションに向かった。
三階建ての建物、正面に停めて、それぞれ正面玄関から入ってゆく。
中は出勤したての職員たちが、のろのろと鈍い動きで仕事の準備をしている。
ショット・グラスを口に含んだミツキに迷いはなかった。
カプセルと噛み砕こうとした瞬間、彼女は左手首を掴まれそのまま、持ち上げられた。
何のことかわからずに見上げると、銀髪で黄色い瞳の男が、不敵な笑みを浮かべてミツキを見下ろしていた。
「おい、妖怪の一匹を捕まえたぞ」
ミツキがちらりとイロイに視線をやったが、彼は気配を消して立っているだけで動こうとしない。
この状況で彼が反応しないということは、男がグラス・ショットでいつでも能力を放てられるということだと、合点した。
そうなると、ミツキも下手に動けない。
「なんだ、朝から……?」
社員の一人が、二人に訊く。
他のサイロイドたちは、それぞれが関心もなさそうに動いている。
「ナインテールの尻尾の一本だよ。どうする?」
「ナインテール? ああ、あの連続殺人の……」
言ってから、重大なことに気付いたように、数人が驚いて声を上げる。
「やばいだろう、警察にすぐ連絡だろ?」
「そいつら以前、会長を襲撃した奴らだ! ただで帰すな、フォロイ! 丁度、実験体が欲しかったところだ」
「そうだな。ちょっと付き合ってもらうか」
フォロイと呼ばれた銀髪の男は、再びミツキを見下ろした。
「貴様には、利用価値があるようだ。よかったな」
そして、イロイを振り返る。
「おまえは要らないそうだ。何処へでも好きなところに行きな」
イロイはただ、立ち尽くしているだけだった。
「イロイ、さっさと殺れ! あたしのことは気にするな!」
「お嬢ちゃんは、いいから、来い」
左腕から吊り上げられ、つま先だけが床に着く恰好で、ミツキは社内の奥へと連れていかれた。
その時だった。
二人の姿が見えなくなった瞬間、イロイが跳んだ。
まず、目の前の机に座っている男に、抜きざまの一閃を喰らわして首を飛ばし、並びの社員を次々と刀を振って斬り倒してゆく。
一階は騒然となった。
だが、イロイを止める者は一人もおらず、一方的に社員は斬り殺されていった。
最後に受付嬢のところに歩いて行った少年は、怯える彼女らに表情のない顔を向けて、やすやすと刀を振るった。
返り血で染まった黒いパーカーがずっしりと重くなったために、彼はその上着を脱ぎ棄てて、白いTシャツ一枚になった。刀を鞘に納めると、滲んだ血がところどころ赤く染まっているのを気にもしないで、フォロイとミツキを追った。
エレベーターの数字を見ると、彼らは二階に行ったらしい。
彼は横にある階段で昇って行った。
そこは白く薄いキャスター付きの敷居がところどころに立てられた、ラボといった雰囲気の空間だった。
ミツキはスキャンの機械のようなものの上で、身体を固定されていた。
床に、ばら撒かれたショット・グラスのカプセルがあった。
多分、口の中の物も取り出されているのだろう。
フォロイの姿はどこを見ても見当たらなかった。
「ミツキ!」
「イロイ、来ちゃダメ!」
走り出そうとした彼の首の裏に、凄まじい衝撃が落ちてきた。
一瞬、目の前が真っ暗になり、意識を失いかける。
だが、イロイは無意識で、その場から離れて何とか頭の中を覚醒させる。
視界がぼやけたまま、周囲を見回す。
すると、銀髪のフォロイが二階の入口付近に立っているのがわかった。
手には拳銃を握っている。
「知っているぞ。おまえはグラス・ショットを全く摂取していない貴種らしいな、イロイ」
フォロイが腕を伸ばして、イロイの体に狙いをつける。
イロイは鞘の刀を縦にして握り、足腰に力を込めた。
そうする間に、ミツキの頭部が機械の中に押し込められていた。
「これが、この少女の契約内容か……」
傍にいた技師が、機械脇のディスプレイに移った文字列を見ながら呟いた。
「……どうします?」
「全て、消去だ」
訊かれたフォロイが、簡潔に答えた。
技師は頷く。
「待て!」
イロイが叫んだが、間に合わなかった。
ミツキのホロミーと結んだ契約が次々と消去されてゆくのが、ディスプレイに浮かびあがった文字列でわかる。
「やっぱり、ホロミーとの契約者か」
フォロイは、納得したように呟いた。
銃声が鳴った。
「おっと、おまえは動かないでおいてもらおうか」
「……殺すぞ?」
イロイはすでに感情を解き放ち、唸るような声で一言、放った。
「やってみろよ、野生児?」
イロイが急に笑った。
フォロイは相手の意図がわからず、一瞬、迷った。
その時、技師が叫びをあげた。
「なんだこれば!?」
ディスプレイの文字列が急に不規則になったかと思うと、
とたん、室内の蛍光灯がすべて破裂した。
端末に異様な負荷の掛かる程の電流が入り、浮遊ディスプレイが掻き消える。
唯一残っているのが、スキャナーとその画面映像だけだった。
『ふん。おまえら、何覗いているか、わかってないな?』
スピーカーから不機嫌にも取れる愉快そうな、相反した口調の声が響いた。
スキャン装置が、ミツキを拘束したまま、縦に立ち上がる。
フォロイは、急いで口の中にグラス・ショットを含んだ。
「……どうなっている……」
技術者が思わず口にする。
吊るされた形のミツキに、意識らしきものは無かった。
『おっと。この娘は人質だ。興味ないかね? 私こと、ホロミー・イェーズ唯一の契約者だ』
室内の視線が集中した。
「ホロミー・イェーズ? 知らないな。何かの酒の名前か?」
フォロイは笑みを浮かべて、カプセルを噛み砕いた。
だが、何も起こらなかった。
『甘いな、甘いよ……。おまえは、別の相手だとしても契約を行う者に対して契約を使おうというのかい?』
意識がないはずのミツキの口角が皮肉に釣りあがった。
「くそっ!」
急いでもう一つのグラス・ショットを、口にするフォロイ。
『遊びはここまでだな』
ホロミーの声がした瞬間、フォロイの姿は消えていた。
同時に、室内があっと言う間に血だまりの空間になる。
技術者たちは、皆、引き裂かれ、天井付近の壁から腸や細く切った筋肉などで、パーティーの装飾のように飾られる。
その中を冷静に歩いたイロイは、、ミツキを固定していたベルトを外し、肩に身体を載せた。
『おいおい、どこ行く気だ? お祭りはこれからだぜ?』
イロイは、ホロミーの声がするデッキを、刀を収めた鞘で思い切り叩き壊した。
「ミツキはおまえらの玩具じゃない」
言い残し、彼はポトリー・コーポレーションをあとにした。
車を運転できず、タクシーを呼ぶ手持ち金も持っていなかったイロイは、ミツキを担いで、歩道をひたすら歩いていた。
ズシリと重い少女の体を、一歩一歩踏みしめながら彼は進む。
太陽は、下降線を描きつつあった。
「まるで、二年前の頃みたいじゃないか……なぁ、ミツキ」
イロイは荒い息を吐き、苦笑しつつ独白した。
まだ、イリーハル・ファミリーとは関係がなかった頃、彼らはつるんで、今と同じ仕事を、貧民窟で行っていた。
イロイは、古武道の師範のところに個人的に通い、死ぬほどに打たれて帰ってきては、不機嫌にミツキの作ったご飯をもらいに来ていた。
ミツキは同じ地域の人々から、悪魔の子と呼ばれながらも、様々な犯罪者と契約を結び、グラス・ショットを摂取していた。
地獄のようなグラス・ショットの能力を使った現場で、自らの行いに嗚咽し吐くミツキとイロイが道を帰ろうとすると、それまで道路にたむろしていた連中はみな姿を隠し、聞こえるように陰口を投げかける。
そして、中には石を投げて、嫌悪感をあらわにする者たちもいた。
仕事帰りの二人は、抵抗するような元気がなく、罵声と石が飛んでくる中を、自宅の小屋までとぼとぼと歩いて帰った。
ボロい小屋は一度ならず、いたずらや火を付けられて、そのたびに住居の場所を変えた。
「今日はうまくいったぜ?」
包丁の能力で血まみれになりながら、ミツキは仕事のたびにイロイを振り返り、笑って見せる。
いつかこの場所を出る。そんな希望を抱いてる笑みだった。
結局は、イリーハル・ファミリーの利権に手を出して、命と変わりにその組織に属すという条件で、貧民窟から抜けてきたが、あの頃の笑みはまだ、時折ミツキは見せていた。
それがなくなったのは、ホロミー・イェーズと契約してからだ。
前面に伸びた影が三角の形を作っていた。
その頂点から、ミツキの手がそこに向かって伸びている。
イロイは急に不機嫌になりながら、道を歩いた。
ネットワーク・ステーションで一室を陣取ったサティーブが、早速ロータ・システムにアクセスしていた。
朝から実験を繰り返しているが、うまくゆかない。
彼は、ロータ・システムから干渉し、サイロイドの体を乗っ取ろうと試行錯誤しているところだった。
意識を圧縮して、そこに自分の意思を入れる作業だ。
だが、どうやっても、不格好な操り人形じみた動きしかできない。
いっそのこと、生きたサイロイドではない者を利用しようか。
そう考えていた時、個室ブースのドアがノックされたのがわかった。
サティーブはロータ・システムと接触を断った。
「どうしました?」
彼は椅子に座ったまま、ドアを見つめて声を投げかけた。
「開けてくれますか? 重要なお話があります」
警戒心のサイレンが緊急でサティーブの頭の中、鳴り渡る。
「どちらさん?」
机の上にばら撒いていたグラス・ショットをまとめて、右手に握り、一錠を口に含む。
答えはなかった。
気配も消えている。
サティーブはしばらく時間をおいて、ネットワーク・ステーションから道路にでた。
するとそこには、似た顔をした二十代前後の男が三人、黒いスーツを着て、彼をまっていたようだった。
男の一人が、近づいてくる。
「こんにちは、サティーブさん」
笑顔だが、口調は棒読みで一切感情の無いものだった。
サティーブはすぐに察した。
ドロップス。人間界の取り締まり機構。
彼は奥歯のカプセルを迷わず噛み砕いた。
とたん、先頭にいた一番近くの男のが顔面に数発の銃孔が開き、後ろのめりに倒れた。
それを見ていた残り二人は、ゆっくりと近づいてきた。
サティーブは、もう三錠、グラス・ショットを口にして、二人目に拳銃の能力を見舞った。
最後の一人に彼は向き直った。
「動くなよ。同じ目に合いたいか?」
「構わない。別の者が、君を処理するだろう」
ドロップスの男は、淡々と言いいつつ、サティーブに懐から抜いた拳銃を向けた。
カプセルを砕く。
拳銃は、一瞬にして吹き飛ばされた。
「あんたらに少し用がある。来てもらおうか」
サティーブは、男を先に進めて、ネットワーク・ステーションに再び戻った。
「そっちもか……!」
建築途中でナインテールの犯行予告の結果を視ていたトリューユは、ポトリー・コーポレーションの事件の報告を聞いた。
『こちらは、例のホロミーと同じ手口です。残酷さが今までにないくらいに、派手ですが』
部下が携帯通信機でつづける。
『どうします? こっち来ますか?』
一瞬考えたトリューユは、断った。
詳細な報告書を頼み、目の前の死体に目をやると、通信を切った。
「で、確かなんだな?」
彼は、鑑識が動く中を立って眺めながら、いつもの青いワンピースを着ているラクサに訊いた。
「そうだよ。ほら、見てよ」
彼女が浮遊ウィンドウの画面を向けて来る。
そこには様々なスケッチが、載せられていた。
中の一枚が目の前にある、包帯で巻かれて釘を全身に打たれた死体とそっくりだった。
ほかにも、残酷な絵が多数ある。
犯人はこれを真似たか、実行したかのどちらかで確実だった。
「投稿主は?」
「リズリー・ミートンだよ」
半ば予想していた答えだった。
バラバラ事件も、彼女のスケッチにあったものだ。
だが、そうなると犯人か関係者はリズリー・ミートンということになる。
「もう一度、洗うかぁ」
トリューユは、空あくびをした。
あからさまに、これ以上、現場にはいたくないという様子がラクサには目に取れた。
「一度、どこかの店に行こうよ」
ラクサが水を向けると、トリューユはいちにもなく同意してきた。
二人は近くのファミリーレストランに入った。
まだ開発中のファンランドに唯一経営している店で、他の施設が建設中の風景のなかで開店してた。だが、建設員らが仕事中のため、当然のように客はいなかった。
トリューユはサラダと珈琲を、ラクサはピザとコーラを注文する。
「ピザなぁ。おまえ、あの包帯の中身がどんな感じになっているか、想像してるか?」
彼がわざわざ指摘してくる。
「してないよ。そんなの気にして契約者はやってられないし」
鬱陶しそうにラクサは、答えた。
「それより、リズリー・ミートンはどうなったのさ」
「ああ、あれは、フォロイから探す」
サイロイド協会所属で、壊滅したポトリー・コーポレーションから依頼をうけていた、契約者だ。
「なぁ、ロータ・システムの中で、リズリー・ミートンの絵に興味を抱くような人間がいると思うか?」
トリューユは、素朴そうに疑問を発した。
ラクサは考えるような様子で頬肘をたてる。伊達眼鏡がわずかにずれた。
「んー、彼らはほとんどこちらには興味ないからなぁ」
「ちょっと、行ってみろよ?」
「え?」
「ロータ・システムに、直接」
「ちょ!?」
ラクサはとんでもないことをさせるなという顔を突き出した。
「そんなにビビることでもないだろう?」
「か弱い乙女に何させようとするんだよ!?」
「図太い神経もった女の間違いだ。おまえなら、やれる」
「褒めてない褒めてない、馬鹿にしてる!」
「……まー確かに、褒める気はなかった。事実を言ったまでだ」
「デリカシー持ってよ、トリューユさん!」
「デリ彼氏? そんな趣味はない」
「……面白くないです」
「そうか。残念。せっかく土産話にどうかと思ったんだがな」
「最悪な話だよ。まったく、しょうがないなぁ……」
結局、トリューユの押しに弱いラクサは、承諾したのだった。
彼女はショット・グラスを砕き飲み、精神をロータ・システムに同調させた。
目前には、光の粒た多数浮かんで、互いに光を浴びせあう、輝きに満ちた空間が広がった。
ラクサは四方に軸索をのばし、あらゆる情報を集めてゆく。
人間たちの世間話は、地上と変わらない。
その中をすり抜けさせて、手応えのあるモノを探す。
そのうちに一つ、不思議な光球があった。
明らかに、他のモノとは違う雰囲気をもっているのがわかる。
具体的にと聞かれれば、わからないが異物がそこにある感じだった。
ラクサは、興味がわいて軸索を向けた。
だが、相手はそれを避けるように、逃げていく。
やはり、何かある。
確信した彼女は、光球を追う。
他の、凶暴そうな光の集団の中に紛れ込むのを、寸前で追いつく。
軸索で逃げ場をなくすように、囲んだ。
「……なんなの、なんの用!?」
ややヒステリックな声がラクサに届いた。
ラクサは流入してきた情報に、一瞬呆然となる。
「あんた、リズリー・ミートンかい……?」
「あんたは、やっすいプッシャーね」
悪態のような口調は想像していたより、態度が悪い。
ラクサは事件が事件だけに、もうちょっと可憐で謎めいた少女を想像していたが、裏切られたようだ。勝手にラクサ一人で。
「貴女サイロイドでしょ? どうしてこんなところにいるの?」
驚きが収まると、想像していたモノが、一つ当たっていた事に気づいた。
やはり[謎めいて]いたのだ。
「……わからないわ」
「地上に降りようとは思わないの?」
リズリーは訊かれたが、答えなかった。
代わりに別のことを喋り出す。
「こんなところにいて、変な男につきまとわれて、本当に鬱陶しい限りだわ。あたしはただ、絵を描いていたいだけのに」
「その絵だけど、見せたのは誰?」
彼女は沈黙した。
だが、意識はこちらに向けたままだ。
明らかに、リズリーは知っている。
彼女は契約したのだ。サイロイドの身の上だというのに。
人間にしれたら、それこそ、どんな目に合わせられるかわからない、禁忌だ。
それ以上に、ここにいること自体が異常だった。
ラクサはもう一度、直接たずねてみることにした。
「貴女、重要な事に目を背けてるね。気づいているんでしょ、自分が死んでいることに」
「あたしは生きてる!」
「なぜか、ここにいるだけよ。あなたの体は、何者かにバラバラにされたわ」
リズリーはその言葉に黙り込む。
事実は認識しているようだと、ラクサは思った。
「貴女、人間でもないのに誰かと契約したでしょ? 一体誰と?」
ラクサは確信を持っていた。
「……わからない。ここに来たばかりだったから……」
「データは? 足跡が残っていない?」
「ないわ。相手がすべてを消していったみたい」
玄人か。
ラクサは、近づいてくる気配を察した。
ドロップスならわかるが、それは人間の物だった。
「今日は、帰るわ。それじゃあ」
言って、一方的にリズリーから離れると距離を取って、彼女を監視した。
光の球はふらふらと、リズリーの傍までやってきた。
軸索が二つの球を結びつける。
「やっと見つけた。リズリー・ミートン!」
少年の声は、やや興奮気味だった。
「貴方は誰?」
リズリーの方は及び腰だった。
「俺は、サティーブ・ヴァーリ」
「……まさか、クラスメイトの!?」
リズリーの態度は急に上ずった。
「そうさ。おれは、君がどうなったか知っている。犯人も捜して、君をここから解放させるつもりだ」
サティーブは一気に言った。
「ここからって、どうやって……」
「それは、秘密だ。けど、必ず助ける!」
リズリーはその言葉を聞いて、一気にふさぎ込んでいた気分に、希望を得た。
「あたし、助かるのね!?」
「ああ、もちろんだ」
「貴方がやってくれるのね」
「もちろん! もう少し待っててくれ。必ず君を地上のサイロイドとして元に戻してあげるから」
その光が急に曇りだした。
深い闇のような漆黒の渦が巻く。
「サティーブ……?」
リズリーは突然に様子がおかしくなった光球に、不安げな声を投げかけた。
「あー、リズリー。また来たよ。おまえの素敵な絵を見せておくれ」
雰囲気も声質も別物の存在が、そこにはあった。
「誰!? サティーブはどうしたの!?」
リズリーは、慌てて軸索を切断しようとしたが、何重にもからめとられて、無駄に終わった。
「私だよ。君の絵に惚れた男だ」
「質問に答えてないわ!」
彼女は精一杯の勇気をだして、相手に抗った。
「彼には、帰ってもらった。なに、いつでも会えるさ。私とも友人だしな。君は犯人に復讐しなければいけない。そのためには、何をすればいいかわかっているかい?」
「友人? それ本当なの……? あたしはどうすればいいの?」
リズリーの声にやや、逡巡の感情が混ざっていた。
「ああ、サティーブ・ヴァーリだろう。知っている。それよりだ、問題の話に戻るぞ」
声はあくまで冷静だった。
「犯人に、君の存在を教えてやればいいんだ。そうすれば、相手は焦って馬脚を現す。それまで、ひたすら絵の内容を地上で再現させていけばいい。相手を追い詰めるには、最高の方法だ」 男は、わかったかとばかりに、沈黙した。
リズリーに怒りが灯った。
それは、男に向けられたものではなく、自身をここに送り込んだ相手に対してのものだ。
「わかった。好きな絵を持っていって」
男は新たに書き足していた、スケッチブックのデータをリズリーから受け取った。
「いつもすまんな」
「いいえ、復讐の為だもの」
陰から様子をうかがっていたラクサは、離れてゆく黒い光球のあとを追った。
「……何か用か、お嬢ちゃん?」
リズリーが見えなくなる頃、振り返るようにしてラクサに声がかけられた。
すさまじい圧迫感。
本能的な恐怖が、ラクサを襲う。
「貴方は……?」
せいぜい、虚勢を張るので手一杯だった。
「私は契約者だ……あのまま姿を消して逃げてたら、標的にするところだったのだがなぁ……」
片頬をつり上げる様子が手に取るようにわかる。
軸索も接触させていないのに。
「じゃあ、あのバラバラ死体も、包帯に釘を打ったのも、貴方ということね?」
「とんだ言われ無き誤解だ。私がそんな事をするはずがない」
「じゃあ、どうしてリズリーにあんなに親しげに?」
「リズリーはいい子だ。私はあの子のファンでしかない」
「復讐するって言ってたわ」
「リズリーの立場を考えてほしいな」
相手はあくまで冷静だった。
「立場?」
「そう。サイロイドがロータ・システム内にいる。これだけで、事件だ。彼女がドロップスにでも見つかると、削除されるだろう。彼女はここに存在する。その意味するところはなにかを」
「単なるロータ・システムのミスじゃないの?」
「違うな。ロータ・システムは選んでリズリーをここに引き上げたんだ」
「何のために?」
「ドロップスが関わり合っている。契約は元から違法なんだが、ロータ・システムは一向に無くならないそれを、一掃しようとしているんだよ」
「それとリズリーに何の関係が……」
「リズリーは、サイロイドだ。契約を行う側だ。彼女がロータ・システム内にいると言うことは、ロータ・システムがそれを利用しようという腹が有るということだよ」
ラクサはまさかというように、眉をしかめた。
「それって、リズリーを使ったサイロイドの大量殺人……?」 「その通りだ。ロータ・システムは、せいぜいリズリーの呪いとして憂さを晴らせば、サイロイドとの接触を閉じようとしている」
「どうして……?」
「我々は、君たちサイロイドのオモチャじゃないんだよ。オモチャは、おまえらサイロイドの方だ。ちょっと、遊びすぎたと、ロータ・システムも考えたようだな」
長々と喋ったとばかりに、黒い光球は、その場から滑るように他の光の中に移動していった。 ラクサは、意識を降ろして我に返った。
目前では、四つほどの小さな浮遊ディスプレイを広げて唸っているトリューユがいた。
少女の様子に気付いた彼は、顔を向けてきた。
「どうだった?」
ラクサは起こったことと黒い光球との会話をすべて話した。
ディスプレイの一つでニュースが流されており、ポトリー・コーポレーションの事件も取り上げられていた。
曰く、リズリー・ミートンの呪いと。そして、ロータ・システムのドロップスは、今回の連続殺人を遺憾に思い、今後サイロイドとの契約を考え直し、現行の契約者とも履行を差し控えることを視野に入れていると報じた。
「呪いか……」
「このニュースは、聞いた話とは逆のことを言ってるね」
「で、サティーブ・ヴァーリという同級生が出てきたか」
「うん。でもあいつ、なんか暴走しそうで……」
「大丈夫だ。身柄は確保する」
「……何を調べてたの?」
ラクサは、四つもの大仰なディスプレイを裏から覗く。
「ああ、ホロミー・イェーズを調べていた」
トリューユは言って、それぞれの画面を向けてやった。
「共通点が見つかった」
「おお、さすが! どこ?」
「全てイーハル・ファミリーの都合が悪いところが襲われたんだ」
「イーハル・ファミリー……? でも、表立って動いた様子は、他のファミリーからから聞いてないよ?」
どういう人脈を持っているのか、ラクサは疑問を呈した。
「だから、多分、外部団体だろうな。イーハル・ファミリーのと事といえば、ミツキ事務所だ」「なるほど。で、これから出向くと?」
「いや、出るのは後でいい。考えたんだが、この情報を、サティーブ・ヴァーリとミツキに流す」
ラクサは醒めた目をトリューユに向けた。
「悪党ですなぁ」
「なんとでも言ってくれや。俺は、事件を解決させればそれでいいんだ」
ディスプレイの詳細を読んでいたラクサは、ふと気付いた。
「イーハル・ファミリーだけでなく、リロンゾ・ファミリー関係あるねぇ。イーハルにリロンゾが絡んできてるみたいだ。まだ、イーハルは具体的に動いちゃいないけども」
「まー、その通りなんだがな」
歯切れが悪いトリューユ。
眼鏡の位置を直し、ラクサは訊いた。
「幾ら?」
「何がだ?」
とぼけるトリューユに、ラクサはさも見下した風な顔を作った。
「幾らもらったかきいてるんだよ、兄さんよぉ?」
「……そりゃ、少しは上納金としてもらってはいるが……」
「ほぉ、上納金? ほぉお」
嫌味ったらしく、ラクサは頷いた。
「このファンランドの開発には、ウチも手を突っ込んでいるんだ。ちなみに金はすべてその名の通り、上に行った」
「情けねぇ……」
「なんとでも言えや」
「とにかく、計画は実行だ」
この間、トリューユはディスプレイに何か文字を打ち続けていた。
今更な話だった。
匿名でミツキのところにメールが送られてきたが、リズリーとサティーブの点など、把握ずみだ。
リズリーの呪い。
この言葉は、昼のテレビでも放送されていたので、真新しいものでもない。
「しっかし、警察もよく調べたもんだねぇ。ウチがやったってところまで来てるんだから」
ミツキが、ソファーで呑気にディスプレイを眺めながら言った。
「呑気だな」
イロイはぽつりと呟いた。
「警察なんて、どうにでもなるんだよ」
余裕ぶってミツキは応じる。
「何も背負ってない堅気が、一番厄介なんだよなぁ。このメールはある意味、催促だろうしなぁ」
「背負ってないなら、遠慮なく相手できるだろう」
ミツキは目を細めて、イロイに笑んだ。
「それは、君だけの話だろう。あたしには色々あるでしょう?」
イロイは鼻を鳴らして、黙った。
ミツキにはこの事件の解決は、一つの方法しかないと思った。
できるかどうか、試してみる価値はある。
だが、二度とこの事務所に戻ってこれないことになるかもしれなかった。
「イロイ」
「……なんだ?」
「あんた、ここに愛着とかある?」
「憎しみしかないね」
当然のように少年は口にする。
「……そうだろうな」
イロイはもともと、孤児だが中流の生まれだった。
それが面白半分のショット・グラス契約者に両親を殺されて、孤児になった。
彼はそれから組織に出入りしながらあらゆる剣術道場に通っていたのだった。
道場といっても、大抵は実践付きで組織の実行部隊であることが多い。
仇は未だに見つからないが、契約者にもショット・グラスにも嫌悪感は強い。
だというのに、ミツキとつるんでいるのは、彼女が今世紀最大の連続殺人鬼との契約者だったからだ。
彼の憎悪は、仇を超えてサイロイドに対するものにまで広がっていた。
「とりあえず、やってしまうかあ」
彼女は伸びをして、立ち上がった。依頼人の件もある。
陽はすでに傾きかけている。
イロイが、定位置から玄関に向かってゆっくりと動き出した。
ミツキは、そのあとから外に出る。
ドアにカギを掛けて、道路に歩を進めると、中古でオンボロの車に乗った。
向かったのは、イーハル・ファミリーの本拠地だった。
構成員たちに丁寧に案内されて、ラージフォルと対面した。
相変わらずの和室で、三人だけだった。
それだけ信用されているともいえる。
「で、今日はどうしたね、ミツキ」
お茶を手にして、ラージフォルは好々爺然としている。
「あのですね、お願いが」
「どうした、ハッキリいいなさい。おまえの願いなら、大抵のことはかなえてやるぞ」
「ありがとうございます。実は、お金を貸て頂たいのです」
「ほう、幾らかね?」
「5億Eドル」
「それはまたデカい金だな。それでどうするつもりだ?」
「土地を買います」
「……わかった、いいだろう。ちょっと待ってろ」
ラージフォルは、襖の向こうに声を掛けた。
暫くたって、開いた廊下からアタッシュ・ケース五個を持った若い構成員が三人表れ、ラージフォルの目の前に置いた。
「中身を見るか?」
「いいえ。必要はありません」
ラージフォルは微笑んだ。
「これは、ポトリー・コーポレーションを潰した礼金だ。帰す必要はない」
「……ありがとうございます」
ミツキは深々と頭を下げた。
サティーブが一人暮らしをしている家の場所は、すでに調査済みだった。
一度、確認に行ったとき、盗聴器とサーモグラフィーを仕掛けて置いていた。
熱探知機は、今彼が部屋にいる人の熱を捕まえている。
約一時間ほど沈黙の中、車を走らせると、サティーブの家に到着した。
二軒ほど離れたところに車を止める。
ミツキはサーモグラフィーを確認して、違和感があるのに気付いた。
体格が違うのだ。
「誰だ……?」
そのままの襲撃は避けて、車内で様子を見ることにする。
そこへ、ぶらりとサティーブがフロントガラスの向こうに現れて、家に向かった。
なんの警戒心もない様子だった。
家は木造マンションである。
六部屋の内、三部屋しか埋まっていない。
二階の奥がサティーブの部屋で、彼は鍵を開けて中に入っていった。
サティーブが玄関を開けると、部屋に電灯がともっているのに気付いた。
すぐに、グラス・ショットを口に含む。
ゆっくりと、だが何時でも動ける態勢で、リビングのドアを開ける。
そこには、銀髪で瞳の黄色い青年が、ソファーに腰かけて、疑似ビールを飲んでいた。
「やっとお帰りか」
「誰だ、あんた」
警戒心丸出しで、サティーブは相手の語尾にかぶせた。
「名前はフォロイ。サイロイド協会の者だよ」
「それが、なんの用で俺の家に来ている?」
フォロイは疑似ビール缶を煽り、彼を見た。
「おまえがやっている実験だがな。いわゆる、禁忌というやつだ。早急に止めてこいといわれてな」
サティーブは、思考を抜き取られているかのような感覚に陥った。
盗聴器で会話を聞いていると、ミツキにはチャンスができたと思った。
「実験?」
あえてサティーブはとぼけて見せる。
「とぼけるか」
フォロイは嗤った。
「おまえが、サイロイドを乗っ取れるかどうか試しているのはわかっている」
平坦でつまらなそうな口調だったが、サティーブには十分効果があった。
「止めるって、どういうことだよ? 俺を始末にでもきたのかい?」
彼は今にもカプセルを砕こうとするような雰囲気をまとった。
「この件から手を引け。学校に帰るんだな」
サティーブは一気に怒りに火がついたのを自覚した。
無理やり自分の感情を抑えて、なんとか平静を装う。
「せっかくですがね。冗談じゃない」
フォロイは聞くと、缶をもうひとあおりして、ため息交じりの息を吐く。 「そうなると、始末しなければならなくなる」
「サイロイド協会が、どうしてロータ・システムの話に介入するんだ?」
「そりゃ、サイロイドを乗っ取ろうとするからだろう」
「迷惑をかける気は毛頭ない。サイロイドといっても、ドロップスが使っていたものを利用させてもらう予定だし」
「それが、ロータ・システムを怒らせるんだよ。引いてはサイロイドの管理・管轄を行っているサイロイド協会に巡り巡ってくる」
「それが仕事だろう。頑張れよ」
「決裂だな」
フォロイは、空の缶を放り投げて、壁にぶつけた。
その時、玄関のドアが開いた。
「フォロイ・ミルガン、動くな!」
リビングに少年と少女が飛び込んできた。
「なんだ……!?」
フォロイは、邪魔くさそうに眼をくれただけだった。
「あんた、たしかミツキとイロイ……」
サティーブが二人を視止めてつい、声にだした。
彼女の前面には、今にも刀を抜きそうに構えたイロイが立っていた。
「久しぶりね、サティーブ。元気が有り余ってたようで安心したわ」
「まったく。邪魔が入る」
フォロイは不機嫌そうに呟いた。
「フォロイ、サティーブ。二人とも、付いてきてもらうわ」
「そんな義理はない」
フォロイが即答する。
だが、いつの間にかイロイの刀が彼の首筋にそえられていた。
「……飲み込む前に、斬る」
静かだが、イロイの言葉には異様な迫力があった。
「どこに連れていかれるのかな?」
フォロイは、驚いた風もなく訊いた。
「それは、着いてからのお楽しみ」
フォロイはミツキの言葉に、仕方がないとばかりな顔でサティーブに向ける。 「待ってくれ、俺はただリズリーを救いたいだけなんだ。あんたらの争いになんか、興味はない」
少年は真摯に訴えかけるような声だった。
「リズリーを、救いたいのかい」
ミツキの短い答えにサティーブは首を振った。
「ああ。今日の昼間、サイロイドで試してみたんだ。そして、リズリーは地上に落とすことができる。リズリーがロータ・システム内にいることはイレギュラーだが、それを望んだ奴がいたせいだよ。問題は、そいつだ」
「何者だ?」
「わからない。だが、そいつをやれば、試す価値はあるし、リズリーの事件も解決する!」
「楽観的だな。まあいい。うるさいからもう黙れ」
ミツキは、二人にグラス・ショットを吐き出させて、ストッキングの猿轡を噛ませると、後ろ手に手錠をはめた。持っていたカプセルも全て没収する。
そして、二人を外に出すと車のトランクに放りこんだ。
後部座席にイロイを乗せると、ミツキは車を発進させた。
ミツキは、建物の一室で二人を解放した。
フォロイもサティーブも、何が何だかわからない顔をしている。
「ようこそ、コープラザ研究所へ」
ミツキが改めて二人に、向かう。
「コープラザ……?」
フォロイが部屋を見回す。
一面白い壁で、パイプ椅子が六個立てかけられただけの、何もない広い空間だった。
「ここはファンドランドだ。引っ越したんでね、研究所は」
「で、何しようっていうんだ?」
フォロイはすっかり毒気を抜かれた様子だが、まだサティーブの目は隙あらばと伺っているようだった。
「特別だよ。試してもらって結構だ、サティーブ」
パイプ椅子を一つだけ自分用に持って来て、ミツキが座った。傲慢そうに足を組むが、少女からは色気も威圧げな雰囲気も何もなかった。
「……なにを……?」
サティーブが、やっと口を開く。
「リズリーを救いたいんだろう? 実験していい。ここには、設備がそろっている。好きなだけ試しなよ」
「まて、それは……」
フォロイが叫びかけるところに、イロイの刀の切っ先が向けられた。
「黙ってろ、サイロイド協会の犬は。おまえは、協会に対しての人質だ。自覚すろよ?」
ミツキは薄い笑いを見せる。
「……どこに行けばいい?」
「下の階で、研究員たちが働いている。そこを自由に使えばいい。すでに言ってある」
「わかった……」
サティーブは、最後までミツキから目を離さないようにして、ドアをくぐった。
「どういうつもりだ?」
フォロイがイロイを警戒しつつ、訊く。
「どういう? あたしは事件を解決しようとしているだけだよ」
「ドロップスが黙ってはいないぞ」
「安心しなよ。そっちの処置もしておいた」
「処置?」
フォロイは検討がつかない様子だ。
ミツキはただ、笑みを浮かべるだけだった。




