第25話 幻獣使いサナン
「今回イチカにはアメジスト家で雇っている幻獣使いの契約する精霊と戦ってもらうわ」
エーデルは本日の授業の課題を告げて紅茶に口をつける。
まるで日常が幻獣使いとの戦闘だったかのように告げられたそれに、私は唖然としていた。
「エーデル、授業内容にいちゃもんをつけるつもりはないのだが……それは危険じゃないのか?」
幻獣使いとは異世界である幻獣界にいる精霊と契約して、その力を使わせてもらう事の出来る者たちの総称である。
数こそ少ないが、精霊との契約で得られるリターンは大きくその多くが術師として類まれな活躍をしていると聞く。
そんな彼ら精霊使いとの模擬戦というのは危険なのではないかと私は危惧していた。
「精霊使いが手加減してくれたとしても術師同士の模擬戦闘は事故が多い。戦闘自体にまだ不慣れなイチカでは双方どちらかが酷い怪我をする可能性もあるんじゃないか?」
「ベアトリクスは心配性ね。大丈夫よ!今回戦ってもらう精霊との戦闘で怪我をすることはたぶんない筈だから」
イチカに対しては自分でも過保護すぎるかなと思う私に対してエーデルは自信満々に返答する。
「実物をみればわかるから、彼が来るまではここで楽しくお茶でも飲んで待ちましょう」
完全に納得したわけではないが実物を見ればわかるというエーデルの言葉を信じてみることにした。
「そういえばエーデル師匠って実家から勘当されてるわけではないんですね」
「おいイチカ……」
テーブルの上に並べられたケーキを美味しそうに食べながらイチカは中々エッジの利いた質問をエーデルに投げかけた。
エーデルは実家の家業を継がず冒険者になって、そののち新人魔術師育成の活動を始めたと言っていた。
要素だけ抜き取れば実家から勘当されていても不思議ではない生い立ちであるが、私達はアメジスト家の一室にいるわけなので縁を切ったというわけではないように見える。
「実家から独立はしているけどちょくちょく利用させてもらっているわ。そもそも私が早々に家業に見切りをつけたのも無駄に期待をさせて時間を浪費させる時間は勿体ないと思ったからよ」
「冒険者的には実家が太いというのは羨ましくはあるな」
冒険者は安定のしない職業だ。
突然怪我をして働けなくなる者も多い。
実家という安定した後ろ盾があるというのは活動をするうえで非常に心強いことだろう。
「そういうこと。新人育成もあまりお金になる仕事じゃないから甘い汁を吸わせてもらっているわ」
エーデルはそういいながら私達の倍のペースでケーキを食べていた。
甘い汁を吸わせてもらっていると言いつつ普段は自立して生活しているようなので食べられるときに喰いだめをしているといった様子だ。
「だから家族仲は悪くないわ。ただ私自身が家業から逃げた事を気にしているだけよ」
エーデルが特に感情の籠らない声でそういった。
――逃げ……か。
エーデルだけではない。
ミカも責任から逃げたと、そう言っていた。
私からすると彼女達は皆責任から逃げているとは思えなかった。
与えられた試練を乗り越えて前に進んでいると。
でも、それは私がそう見えているだけで本当はみんなコンプレックスを抱えて、それと折り合いをつけているだけなのだろうか。
進み続ける皆と違って自分は何もしていないと、漠然とした不安を抱えているだけの私と違って。
いや、むしろそれこそが私が向き合うべきコンプレックスなのか?
孤独というぬるま湯で停滞していた私が前に進むため、向き合うべき壁なのか。
進む君に追いつくための……。
「……」
「どうしたんですかベアさん?」
私が考え込んでいる私を気にかけてイチカが声をかけてきた。
「ちょっと考え事をしていた。心配をかけてすまないな」
「周りの視線で緊張してるのかと思いました」
「それは……少しあるかもな」
私が人に見られるのが余り好きじゃないことを知っているイチカは、私が使用人達の視線で参ってしまっているように見えたようだ。
実際は年甲斐もなく自身のコンプレックスに悩んでいただけなのだが、それを素直に告げるのは恥ずかしい。
「でも家族仲がいいのはいい事だ。大切にしてあげるといい」
私は適当なところで話の落ちを作った。
この時の私は自分の事で手一杯で、私の隣で家族の事を想い寂しい表情を浮かべていたイチカに、気づけなかった。
暫くして、こんこんと部屋をノックする音が聞こえて私達は会話を中断した。
「入れてあげなさい」
エーデルの指示を聞いて使用人のひとりがドアを開けた。
入ってきたのは30代くらいの男性だった。
ズボンやシャツはしっかりとしていて清潔なのに何故か髪がボサボサで伸ばしっぱなしなので、私は彼に対してアンバランスな印象を受けた。
「どうも~遅くなってすみません~」
男は髪の隙間から優し気な笑顔を浮かべて私達のいるテーブルまで近づいてきた。
「紹介するわ!この男はサナン。普段は庭師をしている幻獣使いよ!」
「紹介に預かりましたサナンです。若い女の子に囲まれると緊張するので適度な距離感でお願いします~」
サナンと呼ばれた男はそういうと一礼した。
「私はイチカです!エーデル師匠から魔術のお勉強を受けています!」
「ベアトリクスだ。イチカの仲間で今日はエーデルに呼ばれてついてきた」
私とイチカもサナンに挨拶をする。
「ご丁寧にどうも~。仕事を終わらせてから来たので少し遅れてしまいました」
エーデルに座るように指示されて椅子を引きながらサナンは遅れた理由を話した。
「サナンはアメジスト家の本邸で仕事をしているの。だから中途半端な仕事はできないから許してやって頂戴」
「私達は気にしてないですよ」
エーデルのフォローにイチカが応じる。
理由がある遅刻を責めるつもりもないので私も頷いた。
「優しい子たちでよかったよ。エーデル嬢が連れてくる若い子は血気盛んな子も多いからねえ」
「そういう子達が先走って死なないように私が頑張っているんだから当然よ」
「サナンさんはよくエーデル師匠のお仕事のお手伝いをしているんですか?」
イチカの質問に、サナンは頬を指で書きながら返答した。
「エーデル嬢が子供の時からの付き合いでねぇ。1回魔術の訓練相手として付き合ってあげたらそっからズルズルと付き合わされて、結局教師の仕事の手伝いまでさせられているんだ」
「若い子の育成も花の世話と一緒だから気にするなっていってたじゃない」
「社交辞令だよ」
2人は軽口を叩きあうと楽しそうに笑っていた。
「仲がいいんですね」
「小さい頃はお兄ちゃんと結婚するって言ってくれたからねえ」
「そんなこともあったわね」
「それで、授業の内容とはなんなんだ?幻獣使いが来たら話すといっていた筈だが」
思い出話が長引きそうなので、私はサクっと本題に切り込んだ。
「エーデル嬢、勿体ぶるのは悪い癖だよ」
「勿体ぶっているわけじゃないわよ!ただ貴方から説明した方が話が速いと思っただけよ」
「はいはい。それで授業の内容だけど。エーデル嬢から私の精霊と戦うという話は聞いているね?」
「聞いています」
「うんうん。その戦闘の相手は『フォグ・ア・バター』という名前の精霊と戦ってもらおうと思っているんだ」
「フォグアバター?」
私も初めて聞く名前だった。
「うん。こいつはミストタイプの精霊で、基本的には戦闘能力がないんだ。けど特殊能力で変身をすることが出来る」
「変身ですか」
「そうそう。決められた空間の中で一番強い生物。それにコピーして彼らは自身の身を守るんだ」
「それはすごい能力だが……」
それが修行にどうかかわってくるのだろうか?
「ミストタイプの精霊は言ってしまえば魔力の塊。魔法を行使することは出来るが実体がないため物理攻撃は出来ないんだ。だから戦闘能力が高い戦士を近くに呼んでその人の姿にコピーさせる。そしてその状態のフォグと君が疑似的な模擬戦をしてもらうという流れだよ」
「凄い!トレーニングモードが実装されたみたいです!」
サナンの説明にイチカはキャッキャと喜んでいたが、私は複雑な気持ちだった。
「つまり私を呼んだのはコピー元の戦士としてということか」
「そうよ!今まで雇っていたジークっていうアメジスト家の剣士は武者修行とかいって旅に出ちゃったからベアトリクスにはその代役を頼みたかったというわけなのよ」
「そうか……」
イチカの修行を手伝えるというのは喜ばしい事だが、私の姿をした生物がイチカを攻撃しているところを見るのは正直ちょっと辛い。
タダの仲間なら割り切れるが、私はイチカの事が好きなのだから。
でも好きだからこそ、イチカの望みである成長の助けをしなくてはいけない。
「わかった。その役目を引き受けよう」
「助かるわ!じゃあ移動しましょうか」
エーデルが立ち上がり、部屋の出口へと歩いて行った。
私達もその後をついていく。
エーデルの向かった先は別荘の地下室だった。
先程我々がいた部屋よりも更に広いその空間には巨大な魔方陣のような模様が床にびっしりと記されている。
薄暗い部屋を照らすために炎で明かりを灯したその空間は、何かの儀式に使われていそうで少し不気味だ。
「この部屋には防音、防壁、その他諸々の結界がびっしりと刻み込まれているわ!ここなら周りを気にせず修行ができるっていうわけよ!」
「なんでそんな空間が街中の別荘に存在するんだ?」
私の素朴な疑問にエーデルはニヤリと笑いながら答えた。
「その昔、この部屋は商売敵を襲うための拷問部屋だったらしいわよ」
「こわ!」
不気味な雰囲気じゃなくて本当にやばい部屋だったのか!?
メイドはこの部屋までついてこなかったのに視線を感じる気がする。
私の危機感知がそう囁いてる気がする。
「女の子をからかうのは良くないよエーデル嬢。ここはエーデル嬢のおばあ様が修行の為に作られた場所なんだ。上の別荘は元々普通の民家だったけど時がたってアメジスト家が成長していくうちにどんどん増築されて行って今のサイズになったんだよ」
怖がる私にサナンが優しい声で真実を話してくれた。
よかった。危機感知も気のせいだったようだ。
「エーデル師匠のおばあさんがこの部屋を作った、けど昔はただの民家だったってことは他人の家の下まで掘り進めてこの部屋を作ったってことですか?中々ロックな事をする方だったんですね」
イチカが謎の視点からの推理を語っていた。
その推理を聞いたサナンも流石に冷や汗を流して困った表情を浮かべていた。
「閑話休題よ!イチカは戦闘の準備をしなさい!」
「はい!」
エーデルの合図を聞いてイチカが杖を構える。
「今回の戦闘訓練の目的はイチカの経験不足を補うこと!だからイチカが私用する魔法は一般魔法だけに限定するわ!」
イチカは自身の魔力を大気中の魔力と混ぜるイメージが出来ていないと言っていた。そしてその問題のアンサーは経験不足ということだったらしい。
「イチカ嬢、『フォグ』はある程度私の言うことを聞いてくれるが完全に制御できるわけではない。だから突拍子のない行動をするかもしれないけどさっきも言った通り物理的に干渉してくる手段は持っていない。だから兎に角魔法を当てることを意識して立ち回るといいと思うよ」
幻獣使いであるサナンもイチカに対してアドバイスを送っていた。
きっと今までも多くの術者の指導を手伝ってきた彼は、戦闘前で緊張している術者に毎回そう声を掛けてきたのだろう。
サナンの指先が光った。
その指で何もない空間をスゥーっと縦になぞると、その空間が割れた。
そしてその空間の歪から、真っ黒な霧が噴き出してきた。
その霧がサナンの前に密集し、ぐにゃぐにゃと蠢きながらゆっくりと形を形成していく。
「……ベアさん」
その黒い煙、『フォグ』は全身真っ黒な状態の『私』になった。
イチカと相対するその姿をみて、私は胸が苦しかった。




