第24話 魔術師教室最終日
翌日の早朝、護衛対象の業者の元に私は向かっていた。
その道中、運営本部の前を通ると仕事の準備をしていると思われるミカが外を掃除しており、声をかけると小さい手をひらひらと小さく振って返事をしてくれた。
そしてアリスがあの後どうなったのかはわからないが、店の前に捨てられているということはなかったみたいで一先ず胸を撫でおろす。
業者の青年達と合流し、ファムの町に来た時よりは少ない荷物を載せた馬車を護衛しながら私はメタスギアに戻って来た。
「ベアトリクスさん、今回は依頼を引き受けてくれてありがとうございました。昨日ギーガスが出たときはどうなる事かと思いましたが」
「こちらこそ、祭りの事も色々聞けて助かりました」
「ハハハ、デートが上手くいくといいね」
雇い主の青年に別れの挨拶をして今回のクエストは完全に終了した。
クエストを完了した私はギルドに報告へ行く前に一度宿へ戻った。
護衛の仕事が午前中に終わったので、午後にまた別の仕事を探そうと思ったからである。
宿に戻るとイチカがベッドに寝ころびながら魔術書を読んでいた。
「あっベアさんお帰りなさい!」
こちらに気づいたイチカが本から顔を上げて笑顔で私を出迎えてくれた。
「ただいま。今日はエーデルとの修業は休みなのか?」
「今日は新人魔術師への定期指導の日なので個人指導はお休みになりました!」
「なるほど。この後の予定がないなら、私と一緒に仕事へいくか?」
「もちろんです!」
待ってましたと言わんばかりにイチカがベッドから飛び起きた。
「帰って来たばかりだからまだゆっくりして大丈夫だぞ」
「最近ずっと本とにらめっこしていたからソワソワしちゃって」
イチカは散歩の開始を待つ子犬のように、落ち着きなく部屋をウロウロしていた。
イチカは運動が得意そうなタイプではないが、インドア好きという雰囲気でもない。
なので机に座って半日以上勉強というのはストレスが溜まるのだろう。
「落ち着かないなら早めにご飯を食べに行くか」
「わかりました!」
時刻は10時半頃でまだ昼ご飯には早いがこれから別の仕事をするのなら丁度いいだろう。
イチカの着替えを待って私達は街へと繰り出していった。
ギルドの食堂はこの時間から営業していたので、そこで食事をしながらイチカと雑談をしていた。
「修行の調子はどうだ?」
「う~ん正直まだまだですね」
私の質問に眉間のしわを寄せて腕を組みながらイチカが答える。
「大気中の魔力と自分の魔力を混ぜるという工程がいまいちピンと来ていないんですよね」
「私は自身の魔力を操る事すらできないからよくわからんが、やはり難しい事なのか?」
「いえ、一応出来てはいるんです。今まで私は魔法の名前を唱えて、魔力に魔法のイメージを乗せて魔法を発動していました。そしてその過程で自動的に私の魔力と大気の魔力が混ざり合っていたようです。でもそれを感覚として理解するのがどうしても難しくて……」
まあ私も息を吸うことはできるが、吐き出した息がどのように外の空気と交わっていくのかはよくわかっていない。
私の推測であるがそれと似たようなことなのだろう。
「無詠唱魔法というのは魔法を発動するまでの過程すべてをイメージして、魔法の名前を読み上げるという過程をスキップする技術らしいんですが、一番最後の工程である大気中の魔力と交わる、という感覚が掴めないと先に進めないんです」
「数日程度で身につくような技術だとしたら、エーデルもあんな自信満々に技術のアピールをするとは思えないし、地道に覚えていくしかないんじゃないか?」
「そうですね……出来ればミカさんと合流するまでには会得したい技術なのですが……」
イチカは難しい顔をしているが、さっきも言った通り焦ってもしょうがない。
私は話題を変えるため、今名前の出たミカと昨日ファムの町で再会した話をした。
「そのミカと昨日ファムの町であったぞ」
「そうなんですか?元気そうでした?」
「ああ。祭りの運営本部で働いていた」
「あれ?ベアさんの書置きは運搬の護衛って書かれてましたけど運営本部にまで顔を出す仕事だったんですか?」
「いや……」
イチカの質問に正直に答えようと開きかけた口を慌てて閉じる。
イチカが真面目に勉強している時に祭りの下見に行っていました!なんて素直に答えても微妙な顔をされそうだ。
実際ミカには『仲間が金策の為働いてるのにいいご身分だな(意訳)』と言われている。
「……ああそうだ。ちょっとした手続きがあってな。そこでミカとあったんだ」
私は内容をぼかして話した。
実際(仕事とは関係のない)手続きもあったし、嘘はついていない。
「ミカはいつもの修道女の服じゃなくて町娘みたいな服装で一瞬誰かわからなかったな」
「ええ!?私も見たかったです」
「ハハ、似合っていて可愛かったぞ」
私がミカを褒めると、さっきまで楽しそうに話していたイチカの空気がヒリついた。
一瞬なぜイチカの雰囲気が変わったのか理解できなかったが、もしかしてヤキモチを焼いているのか?
「……イチカも毎日かわいいよ」
「とってつけたような雑な褒め方で草です」
草ってなんだ。
「悪かったよ、イチカと一緒にいるのに他の子を褒めるような事をいって」
「……?」
私はイチカに無神経なことをいって悪かったと謝罪をしたが、当の本人はなぜ謝られたのか理解できていないようだった。
ヤキモチというのは私の勘違いだったのだろうか。
「まあミカさんって小さくて可愛いですよね。なのに声が低めで落ち着いていて。ギャップ萌えっていうんでしょうか?」
イチカはいつもの調子に戻っていた。
だが先ほど私のスキルが確かに危険を知らせていた。
そんなこんなで食事を終えた私達は今日の仕事を探すためギルドのクエストボードへと向かっていった。
アリスとも会ったことは別の機会にでも話せばいいだろう。
そして時は流れて2週間後、イチカとエーデルの魔術教室の最終日がやってきた。
もうすぐファムの町の祭りが始まる頃なのでメタスギアの街の住民も色々と忙しくしている時期だが、私とイチカとエーデルはその様子を窓から眺めながら優雅にお茶をしていた。
そう、エーデルの実家であるアメジスト家の別荘でだ。
街の中に建てられたその別荘は、周りの景観をぶち壊すような派手な外装で、正直前を通るのもちょっと嫌なくらい悪目立ちをしていた。
そんな別荘に足を運んだのは、もちろんエーデルが私達をこの別荘に招待してくれたからである。
「狭い部屋だけどくつろいで頂戴!」
エーデルはいつもの魔術師の装備ではなく、当人曰く部屋着のドレスを着ていた。
「なんというか……お金持ちの人と一般人のスケール感の違いってこんな感じなんですね」
イチカは嘘みたいに広い部屋を見渡しながら、なぜか感慨深げにそういっていた。
「落ち着かないしいつもの広場で集合すればよかったんじゃないか?」
この場で一番の場違い者である私は、周りのメイド達の視線に耐え切れず愚痴をこぼした。
「そうかしら?むしろいつのも広場だと私が結界を張りながらじゃないと練習が出来ないから大変なのよね!」
「確かにあの場所は一般の方もいますからねえ」
イチカは紅茶をおいしそうに飲んでいる。
私は緊張で味がわからなかった。
「今日はイチカの特訓の最終日だから、ちょっといつもとは違う趣向の授業がしたかったのよ!」
エーデルとの契約は7日間。新人の指導やエーデル自身の都合もあるので半月ほどイチカの修行に付き合ってもらったことになる。
それなりの長い期間エーデルと一緒に勉強をしていたイチカは、最終日という言葉を聞いて寂しそうな表情を浮かべていた。
「別にそんなに悲しそうな顔をしなくていいわよ。また何かあったら相談に乗るし」
「し……師匠~!」
まだ最後の授業が始まったわけではないのに、既にクライマックスに突入したようなテンションの2人に私はついていけてなかった。
「それはいいんだが、私は必要だったか?」
「一応ね」
私はイチカの授業の初日以降彼女達の様子を伺いに行く事はなかった。
なので最終日にいきなり私も呼ばれたことがどうにも腑に落ちない。
「今回イチカには、アメジスト家で雇っている幻獣使いの契約する精霊と戦ってもらうわ」
エーデルからお出しされた最終日の課題、それは私が想像していたよりも遥かにスパルタな内容だった。




