第23話 酔っ払いのあいてには聖女をぶつける
ミカの話が終わったタイミングで飲み物が運び込まれてきて、その後に料理も来た。
「この町はエールが旨いんだ」
「私はオレンジジュースだけどな」
ふたりで他愛もない話をしながら食事をしていると、近くの席で喧嘩が起きたようで、店が今までとは違う騒がしさに満たされていく。
「このイカレ女が!!!馬鹿みたいな夢物語を語っている暇があるならクランの為に働いてろ!!!」
「図体だけデカイ臆病者の男は、見ていて惨めですねぇ」
身体の大きい冒険者と思わしき男と、小柄な少女が喧嘩をしているようだ。
その様子を周りの客がギャアギャアと騒ぎながら見物していた。
「騒がしい店に案内してすまないな」
「たまにはこういうのもいいさ」
確かに私はこういうバカ騒ぎが苦手である。だが今日はミカとの親交を深めることが出来てとても気分がよかったので、これくらいのトラブルは気にもならなかった。
気の許せる友人。
私にとってそれはかけがえのない宝物だ。
警戒心が強くて、人と壁を作りやすい私には本当に貴重な存在だ。
「誰がお前をクランに入れてやったと思ってるんだ!!!」
「同士が見つかったらすぐにやめるって最初にいいましたぁ!そもそもそっちから頼んできたのに恩着せがましくしないでほしいですぅ!」
近くの席のボルテージが上がってきている。
一触即発、もうすぐ殴り合いになりそうな雰囲気だった。
「ミカ、席を変われ。何かあったら私が君を守る」
騒ぎの中心により近い席に座るミカを私の座る壁側の席に移動するように提案した。
「わるいな。乱闘に巻き込まれたら私じゃ対処が難しい」
「気にするな」
私達が席を入れ替えるため立ち上がると、近くの席をなぎ倒しながらミカの方に大男が飛んで来た。
「っ!」
私はその男を優しくキャッチする。
ちょうど席から立っているタイミングでよかった。
この位置にあの勢いで吹っ飛んできていたらミカが怪我をしていた。
「大丈夫か……うわぁ……」
男の顔を覗き込むと頬が拳の形にへこみ、歯と鼻が折れてぐちゃぐちゃの顔になっていた。
「おい、こいつのツレはいるか?私は面倒を見るつもりはないぞ」
私がそういうと、コツコツと木材の床に皮の靴の音を響かせながら騒ぎの中心にいた女性が近づいてきた。
「すみませんですぅ。こいつをそんな状態にさせた私がそいつのツレですぅ……ってあれ?」
申し訳なさそうに近づいてきた金髪ツインテールの女性、その正体はアリスだった。
「アリスじゃないか」
「ベ!ベアトリクスさん!?ごごごごごごめんなさいですぅ!!!!」
アリスが地面に額を打ち付けて土下座をした。
「……なんだ?知り合いか?」
ミカが青い顔をしながらそう聞いてきた。
直前まで自分が座っていた場所の方に大男がぶっ飛んできたのだから怖がるのも無理はない。
「彼女はアリス。私の同期みたいな子だよ」
「あわ!あわわわわわわ!!!」
土下座を通り越して土下寝状態のアリスがあわあわと声を出しながらビチビチと跳ねていた。
「……そこまでいくと逆に失礼じゃないか?」
ミカと私に怪我はない。
そして無駄に騒ぎを大きくするつもりもないのだが、アリスのあまりにもおかしな様子に思わずツッコミを入れてしまった。
「せぷ!せっぷつ!せっぷくしますぅ!!!」
「そこまでしなくていいよ。というか早くこの男をどうにかしてくれ」
最近の私は可愛い女の子に囲まれて幸せな日常を過ごしてきた。
なので失神したおっさんを近くで見続けるのは、生活水準の上がっている今の状態だとちょっと辛い。
そんな事を考えてしまって各方面に申し訳ないと思いつつも、アリスに男を預けて私は席に戻った。
「……ミカは可愛いな」
「だからイチカに悪いからそういうのはやめろ」
ミカの清楚なお顔で口直しをしようとしていると、厳しい目つきで怒られた。
喧嘩がひと段落付き、囃し立てていた周りの野次馬も各々の席に帰っていった。
しばらくして、男を別の仲間に預けて店内で壊したものの弁償をしたアリスが私達の席にトボトボ歩いてきた。
「ベアトリクスさぁん、ご迷惑をおかけして本当にごめんなさいぃ」
「だからいいって。というか謝るのなら私じゃなくてミカに謝ってくれ。私と違ってミカは荒事に巻き込まれたら怪我だけじゃすまない。そういう子もいるかもしれないんだから周りに気を使って喧嘩をしよう」
「喧嘩そのものをしない方がいいんじゃないか?」
私は裏でネチネチ嫌がらせをされるくらいなら拳で決着をつけたい派なので喧嘩自体はいいと思っているが、ミカはその考えには否定的だった。
「次からは横じゃなくて縦に殴りますぅ」
「そうしてくれ」
「そうじゃないだろ」
アリスの提示した再発防止の案に、私とミカは別々の反応をした。
「というかベアトリクスさぁん。今日はイチカさんと一緒じゃないんですかぁ?」
アリスがキョロキョロと周りを見渡してイチカを探していた。
「イチカは隣の街で魔法の修行中だよ。私達は来月メタスギアのダンジョンに挑戦するんだ」
「そうですかぁ。イチカさんも頑張っているみたいでよかったですぅ。それでそちらの方もお仲間ですかぁ?」
アリスはミカの方を見て私に尋ねてきた。
その目が少しだけ強い目つきだったことが若干気になった。
「ああ。訳があってミカとは一緒にダンジョンへ挑戦することになったんだ」
「ふぅーん。どこまで潜るのかは知らないですけどぉベアトリクスさんがいれば楽勝でしょうねぇ」
冷たい眼差しでミカを見つめながらアリスはそう言った。
「私はミカ、聖職者をしている。ベアトリクスとは縁あって仲良くさせてもらっている」
ミカはいつも通り低くて落ちつた喋り方でアリスに挨拶をした。
アリスはつまらなさそうに挨拶を聞き流している。
「私の誘いは2回も断ったのにぃ急に仲間をいっぱい作っててなんか嫌なきもちですぅ」
「それは悪かったな」
不貞腐れているアリスにミカが形式だけの謝罪を述べた。
そのタイミングで私達のテーブルのグラスと皿をお店の人が回収しに来た。
「すみません!!!エール3つお願いしますぅ!!!」
「おい!このパターン前にも見たぞ!」
「さっきお店に弁償した時この席の代金も払ったから今日は私のおごりですぅ!なのでぇジャンジャン飲んでくださいぃ!」
「そうか、今金回りで困っていたところだから助かる」
私はこの前潰れたイチカとアリスを抱えて帰った時の事を思い出して頭痛を感じていた。
そんな私とは対照的にミカは澄ました顔でグビグビとエールを飲み始める。
「聞いてくださいよぉ!!!」
アリスの話はとっちかっていていたので要約すると、『パーティ解散後に再就職先として入ったクランで揉めて、クランマスターをぶん殴った』という事らしい。
クランとは、複数の冒険者が寄り合うグループの事で、規模によっては1つの企業のようなものまである。
アリスの所属していたクランは『相克』という名前のクランで、クールル王国内のクランの中ではかなり大きい派閥のクランだ。
その名の通りクラン内の冒険者が互いに成果を競い合い、そしてそのサポートをするクランの運営もおいしい思いをするという運営方針らしい。
「でもぉ、私が『四賢者』討伐を目的にして活動していることを知ったクランマスターに考えを改めるようにいわれてぇ……ついカッなっちゃいましたぁ……」
「カッとなってかっ飛ばすのはついで済まされる行為じゃないな」
ミカがちょっとうまい事を言っていた。
「カッとなってかっ飛ばす!!!アハハハハハ!!!!!」
そこの酔っ払いはツボに入ったようで大爆笑していた。
私はチビチビと出されたエールを飲みながらその姿を冷ややかな目で見ていた。
「なんというか……アリスは問題児って感じだな」
「もう大人だから問題児じゃないですぅ!」
問題児じゃなくて問題人ってことか?
そっちの方が取り返しのつかなさそうだが。
「まあ一般的な視点で言わせてもらうと、四賢者討伐を目標にしているというのは夢物語といわれてもしょうがないような壮大な話ではある」
ミカはアリスよりも大量にエールを飲んでいるのに、顔色1つ変わらない様子でそういった。
ミカ……あんたマジでかっこいいよ。
「なんですかぁ?ミカさんも私とバトりたいんですかぁ?」
「勘弁してくれ。あんたの目標を否定するわけじゃないが、万人に受け入れられるような目標じゃないのも事実だといいたいんだ」
アリスとミカが喧嘩を始めたら流石に私はミカを守らなきゃいけない。
できればそんな状況になってほしくないので私は冷や冷やしながらふたりの様子を伺う。
「あんたが相当な実力者なのことは見ればわかる。そこまで鍛えているあんたが目標として四賢者討伐を掲げ続けているというのならそれは本気だということは皆にも伝わっているだろう。だが、本気だとわかるからこそ周りの人はあんたを止めたくなるんじゃないか?」
ミカは聖母のように優しい声でアリスに語り掛ける。
「あんたの事がどうでもいいのなら誰も止めたりしないはずだ。例えそこに打算があったとしてもな。あんたはあんたの事を想って止めてくれている仲間達にちゃんと筋を通していたのか?道をたがえたとしても背中を押してもらえるように誠意をもって接していたのか?」
捻くれた私からすると、話の内容は綺麗ごとに聞こえるが、ミカがいうとなんというか……全部その通りに聞こえてきてしまう。
ミカは本当に聖女の訓練が嫌で逃げたしてきたのか?
才能がありすぎて嫉妬した人達に無理やり追放されたとかじゃないのか?
と思いたくなるような神々しさだった。
アルコールに浸されている状態なのに。
「ぐっ……うぐぐ!!!」
アリスもミカの浄化力に押されて苦しんでいるようだ。
「月並みな意見で申し訳ないが、カッとなってしまうことはしょうがない、けど拳で対話を拒否する前に一度相手が自分の事を想って言ってくれていることかもしれないと考えてた方がいいと私は思う」
そういうとミカはエールをお代わりした。
「酒の席で説教をして悪いな。場をしらけさせてしまった」
「いえ……私も反省しますぅ……」
私やイチカが同じことを言ってもたぶんアリスはここまで反省しなかっただろう。
説教というのは何を言うかよりも誰がするかなんだなと、この光景をみて私は思った。
すっかり意気消沈といった具合のアリスに私は別の話題を振った。
「そういえば、アリスも祭り関係の仕事でここにきてるのか?」
アリスは項垂れていた首を気だるそうに持ち上げた。
「仕事もそうなんですけどぉ、どちらかといえば今年の闘技大会に私も参加するのでぇその参加登録の為に足を運んだ側面の方が大きいですぅ」
なんと、アリスの目的も私と全く同じだった。
「なんだ、アリスも闘技大会に出場するのか」
「アリスもって……ベアトリクスさんもですかぁ!?」
アリスがこの世の終わりを見たような声で叫んだ。
「私は今年来る劇団のファンでぇ!でもチケットが取れなくて闘技大会が最後のチャンスだったんですよぉ!」
「本当に私と全く同じ理由だったんだな」
私はその劇団のファンというわけではなくラブ♡ハンターなのだが。
「流石にベアトリクスさんには勝てないぃ……」
アリスが泣き始めた。
この前イチカとアリスが抱き合って泣いていたシーンがフラッシュバックしてきてまた頭痛が痛くなる。
「お互いに頑張ろうな!」
私が投げやりにそういうとアリスがワンワンと泣き始めた。
前回はこの状態で店員につかまってしまいアリスの引き取りをすることになったが、同じ轍を踏まないよう店員に見つかる前に私は店を出ることにした。
ジョッキを片手に追加のエールを注文しようとしているミカの腕をつかみそそくさと店から出ていく。
会計はアリスが先に済ませたといっていたから大丈夫だろう。
店に迷惑をかけてしまうことに関しては……本当に申し訳ない。
途中までは帰り道が同じなようなのでミカとふたりで春の夜風を浴びながら歩いていた。
町の散策もしたかったが、時間も遅くなってしまったしそれはもう諦めよう。
「私の知り合いが大騒ぎして悪かった」
「アリスは酒をおごってくれたからいい奴だ」
浴びるほどのエールを飲んでいた筈のミカの足取りはしっかりとしていて、逆に心配になる。
「ミカはアルコールに強いんだな」
「普通だ」
そういうとミカが私の手を握ってきた。
「ええ!?」
「ああ、悪い。そういうあれじゃなくて酔っぱらっているので話を切り出すのにボディランゲージになってしまっただけだ」
急に手を握られてドキドキしている私とは正反対に真顔の酔っ払い。
「最初に話した仲間の話、あれをあんたと共有出来て少し気分がよくなったんだ。それに今日は楽しかった。だから礼がいいたくてな」
ミカは私の手を握ったまま、私に今まで見せたことのない満面の笑顔を向けた。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
「おっおう」
ミカと出会ってからまだ日が浅いが、それでもらしくないと思えるその行動は、やっぱり酔っ払いの奇行だったのかもしれない。




