第22話 ベアトリクス、下見に行く
イチカがエーデルの講義を受けるようになってから3日が経った。
イチカはエーデルの講義が楽しいようで、毎日楽しそうに宿を出て行く。
そしてその様子を見届けた後、私はひとりでギルドへ仕事を探しに出かけるという日々を過ごしていた。
イチカがいなくてモチベーションが上がらないが、それでも仕事はしなくちゃいけない。
重い足取りでクエストボードを眺めて、仕事を選んで、受付に持っていく。
一月前の日常と変わらない生活だが、今はあの頃よりも寂しく感じた。
当時の私はその寂しさを埋めるために高難易度のクエストを受注して、命からがら帰ってくるという無茶もよくしていたが、生活の水準が上がってしまった今の私にはその元気すら湧いてこない。
私は今日もクエストボードを眺めていた。
討伐依頼や素材調達の依頼、イチカと楽しく過ごした巡回の依頼など、今日も色々なクエストが張り出されていた。
その中でふと、一件のクエストが目についた。
『護衛依頼。ファムの町へ祭りの資材を運ぶため、その護衛を頼みたい』という内容だった。
「ファムの町……そうだ!」
私はこの張り紙をクエストボードから剥がして受付へもっていく。
募集時間ギリギリだったが、何とか提出が間に合った。
依頼内容がメタスギアからファムの町の間を往復するというもので一度ファムの町で一泊する必要があるらしい。
なので私は1度宿に戻ってイチカに今日はクエストで帰れないという書き置きを残してから、指定された集合場所へ向かった。
「おはようございます。ギルドから派遣されて来ました。ベアトリクスです。」
馬車へ積荷を詰め込んでいた青年の1人が、こちらに気づいて手を止めた。
「ああ冒険者さんか!当日まで人が集まらなかったから助かるよ!」
「本日はよろしくお願いします」
雇い主と思われる青年と挨拶を交わし、積み荷を運ぶ手伝いをする。
どうやら今年の祭りは例年よりも規模を大きくするらしく、町を行き来する業者を護衛する冒険者の数が足りていないらしい。
メタスギアからファムの町までは比較的モンスターが出にくい地域ではあるが、それでも全く出現しないわけじゃない。
なので依頼を受けてくれる冒険者が来るまで、積み荷を詰め込む作業を中断していたそうだ。
私が持ち前の筋肉でササっと積み荷を馬車に乗せて、我々はテンポよくファムの町を目指して街道を移動し始めた。
「姉ちゃんは力持ちだ!作業が一瞬で終わって助かったよ」
「Bランクの剣士なので」
「Bランクなのか!なら姉ちゃんはこんな護衛の仕事じゃなくて金回りのいい討伐の仕事がしたかったんじゃない?」
「仲間が私用でクエストを受けられないので、私ひとりで受けられる仕事を探してました」
青年達と雑談をしながらのどかな道を歩いている。
むさ苦しい男達に囲まれていると、この前イチカとこの道を警備していた時のことが恋しくなってくる。
やっぱりイチカに会いたいから日帰りできる仕事にすればよかった。
「それと、今年のお祭りを私達のパーティも見学に行きたいので、その下見もしたいなと思って依頼を受けました」
「なるほど!つまりデートプランを組み立てに来たと!」
そういうと青年たちはガハハハと声高々に笑い始めた。
この前ジルの町では、全く下見をせずにイチカをデートに誘って失敗した。
今回はその経験を踏まえてちゃんと準備をしようと思った、というわけである。
「ファムの春を祝う祭りは、飲めや喰えやで歌って踊るのがメインの宴みたいなものだったけど、最近は出店が増えたりイベントも多くなってきてるね」
「イベントですか。それはどういう内容なんですか?」
「酒の飲み比べ大会や演劇のプロのショーとかかな?」
ふむふむ。
酒の飲み比べ大会はともかく演劇を鑑賞するというのは中々ロマンチックでいいかもしれない。
「それと……冒険者達の闘技大会とか」
「闘技大会……?」
私が活躍できそうなワードが飛び出して食い気味で聞き返した。
「冒険者さん達に模擬戦をしてもらって、それをみんなで見て楽しもうっていうイベントだね」
「それは……私も参加できるでしょうか?」
「まだ大丈夫だと思うよ!町に着いたら役所が祭りの運営本部になっているからそこに顔を出してみて」
演劇と闘技大会……事前に聞き込みをしておいて正解だったかもしれない。
私はイチカとの楽しいひと時を妄想しながらニヤニヤと笑みを浮かべて仕事を続けた。
そして我々は道中にちょくちょくモンスターから襲われたが、誰も怪我をすることもなくファムの町に到着した。
サイクロプスの上位種であるギーガスが森から飛び出してきた時は流石に驚いたが、私が一撃で脳天をカチ割ると、それを見ていた青年達の顔も血の気が引いていた。
「ベアトリクスさん今日は助かりました!帰りもよろしくお願い致します!!!」
私の戦闘を見た青年達は、まるで私の方がモンスターよりも恐ろしい怪物に見えるといわんばかりにカチカチの敬語で話すようになったが、特に気にせず解散した。
今回のクエストは泊まり込みが確定しているクエストなので、ファムの町に建てられたギルド内の宿泊スペースをタダで借りれる。
なので一旦ファムの町のギルドに向かい部屋の貸し出し手続きを済ませてから、私はお祭りの運営本部に向かった。
「まだ日が暮れる前だから人がいればいいが……」
ギルドから近い場所に建てられた運営本部には、まだ灯りがついていた。
早めに用事を済ませて町の散策をしたい。
運営本部のドアを数回ノックすると、少しの間の後中から運営スタッフが対応しに来てくれた。
「お待たせしました……えっ」
中から出てきたのはミカだった。
ミカはいつもの修道女の服装ではなく、長い髪を三つ編みにして、可愛い色の細いリボンを首に巻いた長袖のシャツと丈の長いスカートという可愛らしい町娘のような姿だったので一瞬誰か分からなかった。
「そのネクタイ可愛な」
「だろ?」
私が突然訪問したことに一瞬驚いていたミカだったが、すぐにいつもの調子に戻った。
「ミカのバイトというのは本部のスタッフだったのか?」
「それだけじゃないがな。ベアトリクスこそどうしてファムの町に?」
「護衛の仕事だよ。それと冒険者の闘技大会があると聞いて参加出来るか確認しに来た」
私が闘技大会にでようとしていることを伝えるとミカは意外そうな顔をしていた。
「そんなイベント事に興味があるようには見えなかったが」
「イチカにいい所を見せたいんだ」
隠す必要もないので私の目的を素直に伝えた。
「あはは!ベアトリクスは素直で面白いな!」
ミカは口元に手を当てながら楽しそうに笑っていた。
「じゃあ今日はイチカはいないのか」
「メタスギアで魔術師の師匠とお勉強中だよ」
「イチカは修行中か。私はイチカの魔力の扱い方が雑だったから気になっていたんだよ」
「ミカがイチカにエーデルを紹介してくれたんだったな。イチカも感謝していたよ」
「それは良かった。ここで話してると中に虫が入って来るし、そろそろ中に入ろうか」
本部の中に通された私はミカとベンチに並んで座った。
「悪いな、今奥の部屋でミーティングをしていてテーブルが足りないんだ」
「問題ないよ」
ミカが淹れてくれた紅茶のマグカップを受け取り、それに口をつける。
「それで、要件は闘技大会への申し込みだったか」
「あと演劇もあると聞いたからチケットが必要ならそれも購入したいな」
「金策で働いている最中に仲間から演劇のチケットを購入しようとしている相談をされるのはちょっと面白いな」
それはちょっと申し訳ない気分になるが、私にとっては必要な事だ。
私はイチカと楽しい思い出を沢山作りたい。
「悪いが演劇のチケットはもう売り切れてる」
「なんだと……」
「今年は王都の有名な演劇団が来るらしくて、割と早いうちに売り切れてしまった」
「それは残念だ……」
演劇鑑賞デートは雰囲気があって良さそうだったが、行動が遅すぎたか。
「まあ当日に空席が出来たら追加でチケットが販売される事もあるかもな」
「イチカと近い席じゃなきゃ嫌だ〜」
私が手を額に当てて大袈裟に嘆くと、ミカが肩に手を置いた。
「まあ待て、一応チャンスはある」
「チャンス?」
「あんたが出場しようとしている闘技大会で優勝すれば特典のひとつとして次の日の演劇の優待券が授与される筈だ」
「冒険者って演劇に興味があるのか?」
闘技大会に出るような武闘派の冒険者は酒とかの方が喜びそうだが。
「今まさにそのチケットを買いに来た冒険者がいるらしくてな」
「あっ……」
確かに私のような愛を追い求める冒険者。つまりラブ♡ハンターがいる可能性はある。
「受付に必要な書類を渡すから今書いてくれ」
「わかった。忙しいのにすまなかったな」
「もう帰るところだったからいいさ。ただ拘束時間が伸びたからご飯を奢ってくれ」
ミカが清楚に笑いながら対価を求めてきた。
そのくらいだったら全然構わないし、むしろ大歓迎だ。
「夜ご飯に誘ってもらえて嬉しいよ。君といると落ち着くしひとりでご飯を食べるのはちょっと寂しかった」
最近はイチカと一緒にご飯を食べていたから、余計にそう感じる。
「……私は今口説かれているのか?」
「なんでだよ」
ミカがジトっとした目でこちらを見てきた。
「イチカと次に会うとき気まずいから発言には気をつけな」
「よくわからないが……すまなかった」
この町で唯一の友であるミカの機嫌を損ねるのは都合が悪い。
その後ミカから渡された書類に必要事項を記入して、私達は近くの酒場にやってきた。
歴史を感じるようなこじんまりとした酒場は、その様相に反して多くの若者で賑わっていた。
「ちょっと騒がしくて落ち着かないかもしれないが我慢してくれ」
他のお店は祭りの準備で忙しくて営業していないお店や、予約のみの営業に切り替えているお店が多いそうだ。
今から入れる静かなお店を探す手間を考えたら騒がしくてもここで我慢するしかない。
店員に案内された場所は店の角の席で、中央側よりは静かだったのでむしろ運がいいかもしれない。
「ベアトリクスは酒を飲むのか?」
「明日も早いし遠慮したいかな」
それにこの後町の散策もしたい。
私はアルコールに弱いわけではないが疲れるからあまり好きではなかった。
「そうか、じゃあオレンジジュースとエールで」
ミカが店員へ飲み物と食べ物をスマートに注文をする。
次にイチカと食事に行くときはミカのマネをしてみようと心のメモ帳に記録しつつ、疑問に感じたことを聞いてみた。
「……聖職者って酒を飲んでいいのか?」
「私は本来の意味の聖職者ではないから問題ない」
ミカはそういいながらお冷を口につけた。
「せっかくだからミカの話を聞いてもいいか?」
「楽しい話じゃないぞ?」
話しにくいことなら無理に話す必要はないが、せっかく仲良くなれたのだから私はもっとミカの事を知りたかった。
「話せる範囲でいいよ」
「そうだな……私が聖国で聖女になるための修行をしていた話は聞いているか?」
「確かイチカがそんな話をしていた気がする」
イチカが確かミカは聖国で修道女をしていたとかなんとかって言っていた筈だ。
「だが私はこんな性格だから聖女になる修行が苦痛でな、だから訓練から逃げてこのクールル王国で冒険者になった」
「それは……ちょっと意外だ」
ミカから逃げた、という発言が出たことが私は意外だった。
私の中のミカのイメージは責任から逃げない強い女性だ。
だから……正直びっくりした。
「君から逃げたなんて言葉が出るとは思ってなくてちょっと意外だったよ」
「あんたにとっての私のイメージがどうなっているのかは分からないが、私はすぐに逃げる弱い人間だ」
自嘲気味に、ミカが笑った。
「今回この町に来た理由の1つだった仲間の家族への報告。それすらも私はすべてを報告出来ずに逃げてしまった」
「……」
私はミカの話を黙って聞くことにした。
「私の仲間、アベルとキケはこの町で育った幼馴染だった。ふたりで冒険者を夢見て町を飛び出し、そして憧れだった冒険者になった。よくある話だな」
私が冒険者になった理由も似たようなものだから、よくある話なんだろう。
ただ私の場合はひとりで冒険者になって、そしてずっとひとりぼっちだったというだけで。
「同じタイミングで冒険者になった私をパーティに誘い、ふたりの目標のひとつであるメタスギアのダンジョン攻略に挑むようになったんだ」
ミカは、仲間のことを話すときはいつも遠い目をしている。
その目を見ると、私もなんだか悲しい気持ちになってくる。
「この町にはメタスギアからくる冒険者が多いからダンジョンの話もよく聞いていたのだろう。自分たちが冒険者になったら個人パーティの限界といわれている下層攻略に挑み、それを達成してから次の目標に移るんだとよく言っていた。だがその夢は叶わず奴らは死んだ。私を庇って」
「……盗賊に襲われたのだからしょうがないだろう」
私は思わずフォローを入れてしまった。
ミカがそんな言葉を望んでいないことはなんとなくわかっていたのに。
ミカは聖者のように優しい顔で微笑んだ。
「そうかもな。だが私を庇ったから死んだというのも事実だ。そして私は、奴らの家族にそのことを伝えられなかった。盗賊に襲われた。ただそれだけ伝えて」
「ミカ……」
「私は逃げたんだよ。義務だなんだとかっこをつけたのに、彼らの家族の顔をみたら……腰が引けてしまった」
ミカが目を伏せる。
「私はベアトリクスとイチカに本当に感謝しているんだ。命を救ってくれたことも、奴らの目標を私が叶えてやるチャンスをくれたことも」
ミカが真っすぐに私を見据えてそういった。
「感謝はイチカにだけしてくれ。私はイチカを助けたくてあそこまで行ったし、君の仲間の遺言を聞いていたのに、それを無視してイチカだけを探していた」
あの時は必死だった。
次に似たようなことが起きても私はイチカだけを助けに行くだろう。
それでも、私はあの男には酷い事をしてしまった。
「過程と結果、都合のいい方で考えればいいんだ。過程はどうあれベアトリクスは私を助けてくれた。そういうことだ」
ミカが優しい笑みを浮かべて私を励ます。
「そうか……じゃああの時毒を治してくれたミカも私の恩人だな」
「それはそうだ」
「……君はいい性格をしているな」
そして私達は笑った。
酒場の喧騒にかき消されてしまうようなか弱い笑い声だったが、私の胸には確かに響いた気がした。




