第16話 私は君に告白をした
インベントリの回収を終えたベアトリクスとイチカにミカが合流するまで暫くの時間を有した。
「遅くなった」
「全然平気ですよ!」
合流したミカの様子は、やはり変化はなかった。
ミカは今かなり精神的に来ているはずなのだが、顔に出ないというのは見ているこちらも不安になる。
「仲間の分の道具入れの回収と、盗賊に襲われた状況について説明を求められていた」
「そういえば、彼らはこの施設を経由せずにダンジョンへ入ってきたのでしょうか?」
冒険者狙いの盗賊が、中層で冒険者を狙っていた。
話だけ聞けばよくありそうだが、メタスギアのダンジョンは入り口をしっかりと管理していて不審者が入り込むにはやや手間が掛かりそうだ。
「それはわからないが、もしかしたら職員の中に盗賊団との内通者がいたのかもしれない。だからここの職員は血眼になって原因を探っているようだ」
「原因が何にしろ盗賊が入り込んだのは確かだから、責任追及はされるんだろうな」
「犠牲者も出てしまいましたしね……」
犠牲者というワードで空気が重くなる。
「積もる話はあると思うが、時間も時間だし一度街まで戻ろう」
空気に耐え切れなかった私の提案に、ふたりも同意した。
そして私達は夜の街道を、メタスギアに向けて歩き始めた。
来るときは短く感じたこの道も、心身共に疲弊した状態だと冗長に感じる。
「帰りだけでも馬車とか出てないんでしょうか」
「この距離だと利用者もそこまで伸びないだろうし、採算が取れないかもな」
私の推測を聞いてイチカが絶望の表情を浮かべている。
「悪いが私は無駄遣いをしている余裕がない」
その様子を見ていたミカが低い声で話始めた。
「次のダンジョンアタックは私達でボス戦に挑むつもりだ。だがそのためのアイテム代を稼ぎ直す必要がある」
「道具もタダじゃないからな」
私の無神経な発言にイチカの顔が曇る。
イチカの道具代は基本私の貯金から出しているのでそれを気にしているのだろう。
「わ、私も武器の手入れなどがあるからあまり無駄遣いはできないかもなぁ」
アハハと乾いた笑いを浮かべながら発言を取り繕うが、実際お金に関しては少し不安がある。
この1か月程ほぼ稼ぎがない状態で旅をしてきた。
そして今日私達はアイテムをほぼ使い切り私の武器も恐らくメンテナンス行きだ。
一年くらいは働かなくても大丈夫な貯蓄はあるが、今後のことを考えるとやはりどこかで金策を考えたい。
「仲間の道具は盗賊にほぼ取られていて、そのアイテムは仲間のアイテムだと証明することができないのですべて没収されてしまった」
「それは……酷いですね」
「冒険者は死んでも保険がない仕事だから多少の道具が帰ってきただけでも儲けものだがな」
「……確か君はあの男の他にもうひとり仲間がいたといっていたな。そいつの亡骸は回収できていたのか?」
中層で回収された男と罠師の仲間の3人でパーティを組んでいたと聞いている。
あまりミカの仲間のことに言及するのは気が引けるが、ミカのアイテム事情の把握はしておくべきだろう。
「残念だが見つかっていない。私を盗賊から逃がす際に殺されて、そのままモンスターの餌になったんだろう」
「……そうか」
「だがこの施設に残していった道具はは回収できた」
そういいながらミカは仲間のインベントリを懐から取り出した。
「だが、これらを私が使う気はない。私には奴らの家族にこれを返してやる義務がある」
「そうですね」
ミカの発言にイチカは頷いていた。
イチカとミカは優しいな。
私が同じ立場ならたぶん彼らの残したアイテムを使ってでも前に進もうとするだろう。
私の感覚は、ずれているのだろうか。
私は時折感じる心優しいイチカや聖職者のミカとの認識のずれに少しの不安を覚えていた。
「あの時勇み足でボスに挑もうとした私が提案するのもおかしな話だが、次の挑戦は1月ほど時間をもらってもいいか?」
私も武器の整備があるし、その提案を断る理由はなかった。
街に到着した私達は、明日ギルドで合流して今後の詳しい打ち合わせをすることを約束して解散することにした。
私もイチカも心身ともにクタクタだが、それよりもミカの精神状態が心配だ。
なので同じ宿へ泊まりに来ないか誘ったが、その誘いは断られた。
――私は人の死に慣れているからあんたらにあまり心配されても座りが悪い。
実際ひとりの方が気持ちの整理がしやすいかもしれないし、無理強いはしなかった。
だがイチカはそう断られた後もミカのことを気にしていた。
夜ご飯を済ませた後、我々は宿の部屋でのんびりしていた。
ひと仕事終えたあとの休息時間はいいものだ。
まあ今日の収支は大赤字なんだけど。
「こうやってベットで寝転んでいると、生還できたっていう実感が湧いてきますね」
イチカはベッドの上でゴロゴロしながらスマホを弄っている。
「相変わらず圏外だから何も出来なくて面白くないです」
イチカがスマホを手から枕元に落として仰向けになる。
「そんなに雑に扱って壊れたらどうする」
「そもそも壊れるかどうか怪しいですね。この前食堂に忘れた時は勝手に懐まで戻ってきてたし、ゲームのUIをスマホという形で出力しただけみたいなんですよね〜」
今日はかなり長時間走っていたので脚が張っているのだろう。
イチカはストレッチをしながら私と雑談をしていた。
「……脚が辛いなら揉んでやろうか?」
「ベアさんは私の事性的に見ているからいいです」
私の善意はにベもなく断られた。
だが性的に見ていることは否定は出来ない
「性的に見るのはしょうがないだろう。君の事がすきなんだから」
私も疲れていて自分が告白のようなセリフを吐いた事に気づくのに数秒かかった。
慌てて取り繕おうと口を開きかけたが、イチカの泣きそうな顔を見て声が出なかった。
嬉しいとも悲しいとも取れないその表情は、私の心を掻き乱した。
「ベアさんが私の事大好きな事は知ってますよ!」
少しの間の後、イチカがいつもの子犬のような人懐っこい顔で答えてくれた。
「私もベアさんの事好きですよ!」
それは仲間として、友としてということだろう。
私の求めているそれ以上の関係として……という訳ではない。
「……性的な目で見てるとか酷いこと言ってすみません!やっぱりマッサージお願いしようかな〜?」
イチカが気を使ってくれた。
私は今どんな顔をしていたのだろうか。
ゆっくりと関係が進んでいけばいい。そう思っていた私の進む足を切り落とされたような、そんな喪失感を私は感じていた。
明日に備えて、早めに灯りを消してベッドに横になる。
だが、今日の出来事が頭の中でぐるぐると回って中々眠りに付けない。
憧れであった仲間とのダンジョン攻略に挑んだ時の高揚感。
イチカが上層のボスを倒した時に感じたイチカの成長への喜び。
中層でイチカとはぐれた時の絶望感。
下層で再開した時の安堵感。
そして、私の想いに気づいていて、そして今以上の進展を望んでいないのであろうイチカの表情……。
落ち着かなくて暫く寝返りを繰り返していると、同じく眠れていない様子のイチカが、隣のベッドから声を掛けてきた。
「……ベアさん。少しいいですか?」
「ああ」
「あの……さっきの告白の事なんですけど」
「それはもう……いい。忘れてくれ」
傷口が塞がりきっていない今、その話題は私に取って劇物だ。
出来れは……もう忘れてしまいたい。
だが、イチカは話を止めてくれなかった。
「ベアさんが私のことが好きな事はずっと前から気づいていました。理由は未だに分からないですけど」
「……」
「でも私、その気持ちに気づいていてそれでも逃げていました。私はいつかこの世界から元の世界に戻りたいってそう思っているから」
「……そうだな」
私がイチカに対して感じていた不安な気持ちは、イチカも同じように心の重荷になっていたようだ。
それは……イチカに悪いことをしてしまった。
私が君にこんな感情を抱かなければ、君も私に負い目を感じる必要は無かったのに。
「でも……今日ベアさんとはぐれて、不安でしょうがない時に浮かんで来たのは家族の顔と、ベアさんでした。そしてベアさんに会いたいって強く思ったんです」
「危険な状況で守ってくれる存在を求めるのは普通の事じゃないか?」
「そうかもしれないです。でも、私の中でベアさんの存在はそのくらい大きくなっています」
イチカがベッドから起き上がり、隣のベッド。
つまり私のベッドに入り込んできた。
背中にイチカの熱が伝わる。
「私がどうしたいのか、ベアさんの気持ちに答えられるのか。それはまだわからないです。でも逃げずに答えを出すので、それまで私と一緒にいてくれますか?」
逃げずに答えを出してくれる。
好きとか嫌いとか、それだけじゃない複雑な状況の中でそう思ってくれている。
私はその言葉だけで救われた。
奈落の底から抜け出せない私に手を差し伸べられたように心の中が熱くなった。
「イチカ……うん」
私は涙が溢れてそれ以上言葉が出なかった。
泣き疲れていつの間にか眠りに落ちるまで、私は背中にイチカの温もりを感じていた。




