第13話 ダンジョンにてリベンジを誓う
時は少し遡り、イチカが罠に掛かり、下層に転送された後、中層入り口の安全エリアである。
罵声をあげながら地を這い蹲る最後の1人となった盗賊にトドメをさし、ベアトリクスは顔を上げた。
血の臭いでむせかえりそうな安全エリアの中で、私以外の唯一の生き残り。
盗賊に襲われたと思わしき男。
まだ意識のあるその男に近づき、敵の毒により痺れている手で私はポーションを飲ませた。
男の怪我ではポーションを飲ませても延命措置にしかならないと思うが、それでも彼からイチカの転送先の情報を聞き出したかった。
「苦しいと思うが、イチカの転送先の心当たりを話せるか?」
「か……かそう……ぼすえ、エリアふきんのわきみち……」
「……随分深いところだな」
舌打ちをして、私は立ち上がろうとする。
その腕を、男が掴んだ。
「……」
「すまない……だがミカを……だの……」
男は遺言を残して力尽きた。
――ミカを頼む。
男の仲間だろうか?だがその遺言を聞いている余裕はなかった。
インベントリから解毒薬を取り出して服用する。
だがあまり効果は感じられなかった。
解毒薬はモンスター由来の毒、つまり体内に取り込まれた有害な魔力を中和するアイテムだ。
なのでモンスター由来ではない通常の毒には効果がなかった。
手足がしびれて、最高のパフォーマンスを引き出せない状態だが、それでも私は構わず走りだした。
私は街で購入した地図を片手にボス部屋へ向かう。
外は盗賊の何かしらの仕掛けでまだモンスターが湧いていない。
今出せる全速力でダンジョンを駆け抜けていると、ボス部屋までの最後の一本道にすぐにたどり着いた。
だが、そこには盗賊の使っていたモンスター避けの結界で押しやられた中層のモンスター達が、道を塞いでいた。
「どけ!!!」
私はモンスターの群れに真っすぐ突き進んだ。
目の前の敵、中層ボス、下層の通路。
そのすべてを直線で駆け抜ける。
その最中私は自身の意識を失っていた。
夢の中にいるような浮遊感。
血に飢えた獣になったように、ただ目の前の敵を倒し続けた。
次に私の意識が戻ったのは、イチカの声を聞いた時である。
「ベアさん!!!」
イチカの叫び声で我に返る。
「イチカ……!」
もう誰の血かわからないぐらい汚れた身体で、イチカに近づいた。
「すまない!!!イチカ!!!」
目の前の存在を確かめるようにイチカを抱きしめる。
「助けに来てくれてありがとうございます!」
「私がダンジョンに誘ったから!生きていて本当に良かった!」
私は安堵感と自己嫌悪で頭がどうにかなりそうだった。
涙が止まらない。
「ダンジョンに誘ったからとか、そんな悲しいこと言わないでください!」
イチカが私に回してる腕の力が強くなった。
「危険なときは助けてくれるって約束!守ってくれたんですから!」
「イ……イチカぁ」
私はイチカを抱きしめながら顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。
「取り込み中すまないが、そろそろいいか?」
イチカとは違う低くて落ち着いた声の女性の声が耳に入り私は我に返った。
「邪魔して悪いが、現状まだここは危険だ」
その落ち着いた大人のような女性の声とは対照的な儚げな聖職者の少女のギャップに私は驚いた。
そして私とイチカふたりきりではないことに気づいて、私の顔が熱くなった。
「っ!」
「驚かしたようで悪い。私はミカ、イチカと同じ場所に転送されてここまで共に行動してきた」
ミカは私に自己紹介をして手を差し伸べてきた。
私もイチカを離して左手で顔を乱暴にぬぐい、右手を伸ばしてミカに握手をしようとする。
だが、興奮状態で走り回ったせいか盗賊から受けた毒がだいぶ回ってしまったようだ。
私は立っていられなくなり地面に膝をついた。
「ベアさん!?」
「おい!大丈夫か!?」
イチカとミカが明らかに体調不良な私に声をかけた。
「盗賊から毒を受けて」
「毒!?ちょっとまってろ」
ミカが聖鈴を鳴らして奇跡を唱える。
「『解毒する光の波』」
ミカの放った光が、私の体内の毒を弾き出した。
「ぐっ!ゴォエ!」
登ってきた毒が、私の食道を通って胃液と共に口から排出される。
顔中汁まみれで本当にめちゃくちゃだ。
いや、身体も血まみれだから全身か。
「この奇跡は解毒薬で解毒できない毒を無理やり排出する奇跡だ。これで立てるか?」
ミカの差し伸べてきた手を取り私は立ち上がる。
「奇跡、聖職者の使用する術だな。本当に奇跡のようだ」
先ほどまで感じていた倦怠感が嘘のように軽くなった身体を軽く動かしながら私は感動していた。
「このくらい出来ないと聖職者が魔術師と張り合うことはできない」
ミカが特に顔色を変えずにそういった。
術師は職業の特色を生かせば活躍の場があるので、前衛のように腕っぷしで明確な優劣をつけられない分パーティに誘われやすくて羨ましいと思ったことがある。
実際はそのクラスの特色を活かした上で技量も求められるからどの職業でも地力が求められることには変わりないが。
「とにかく、助かったよ。私はベアトリクス、イチカのパーティメンバーだ」
「ベアトリクス……あの変人のソロ冒険者か!」
ミカは納得がいったという顔で手をポンと叩いた。
いきなり変人呼ばわりは失礼じゃないか?
「命の恩人にいうことじゃなかったな」
「ほんとだよ」
特に悪びれた様子もなくそういうミカに私は鼻白んだ。
その様子を見ていたイチカが少しムッとした顔をしてくれたので、私の心の平穏は保たれた。
こんな変人にも優しくしてくれるイチカは天使だ……。
と、いつものイチカ信仰モードに入っている余裕はない。
先ほど大量にモンスターを蹴散らしてきたはずなのに、もう私の危機感知スキルがモンスターの接近を感知している。
「積もる話はあると思うが、一度この場所を移動しよう」
私は血で汚れたダンジョンの地図を取り出して目的地を指さす。
「現在我々は下層の出口よりもボス部屋からかなり近い位置にいる。なので一度ボス部屋手前の安全エリアまで移動して体制を立て直し、改めて脱出しよう」
私達はダンジョン内で一夜を明かすような長期戦の準備をしてきていなかった。だが私を含めて全員かなり消耗している状態で中層まで戻っていくのは至難の業だ。
イチカとミカは私の提案に賛同し、行動を始めた。
私がすべての敵を蹴散らしながら進むと、すぐに私達はボス部屋前まで到着した。
ボス部屋前は中層の安全エリアよりも広々としており、快適に休憩ができそうな空間だった。
ただ、部屋の最奥に魔力で出来た扉があり、その奥のボスが放つ威圧感であまり落ち着かないことだけが欠点か。
「……中層から突き抜けてきたと聞いたときは驚いたが、実際の動きを間近で見ると本当にバケモノのような強さだ」
「ある程度は動けないとソロで剣士はやっていけないんだ」
ミカが私を見る目が本当に怪物を見ているような目で少し悲しいが、戦士として褒められていると無理やり解釈することにした。
私はインベントリから食料を取り出して、イチカとミカに配る。
「とりあえず栄養補給だ。魔法職の二人はしっかり食べて身体を休めろ」
魔法職はエーテルの使用で無理やり魔力を回復することが多い。
だが使用しすぎると身体をおかしくすると聞いたことがある。
その対策としてしっかりと栄養を取って寝る。
自然に魔力を回復させるのがベストらしい。
「ありがとうございます!」
「すまないな」
ふたりは私から食料を受け取り、すぐに食べ始めた。
よっぽど疲れていたのだろう。
食料を食べながら、ミカが話し出した。
「ベアトリクス、中層にいた私の仲間の安否を聞きたい」
「仲間?」
ミカに言われたことを少し考えて、中層にいたあの男を思い出した。
――ミカを頼む。
彼が言っていたミカというのはこの少女のことだったか。
気が動転していてだいぶ記憶が飛んでいたせいであるが、すぐに彼のことを思い出せなったことが申し訳なく感じた。
「あの男は、恐らく死亡した」
「あんたが見たのはひとりだけだったか?」
「それ以外は恐らく全員盗賊だった。そいつらももうこの世にはいない」
「やっぱり殺してきたんですね」
私が盗賊を倒してきたという発言に、イチカが悲しそうな表情を浮かべる。
「人殺しって、この世界ではどのくらい重い罪になるんですか?」
イチカが不安げに訪ねてきた。
だが私はその質問の意図にあまりピンとこなかった。
「奴らは悪意を持って襲ってきた。ならば私が罪に問われることはない」
「死体は残してきたのか?」
ミカの問に首を縦に振る。
「探ればすぐに埃の出る奴らだ。他の冒険者に現場を見られても問題ないが、それよりもあの場でアンデッドになられる方が困るかもしれん」
「確かに、次に来る冒険者が襲われる可能性がある」
私とミカの会話にイチカは何か言いたげな表情を浮かべたが、特に言及をされることはなかった。
「私が後で仇討しようと思っていたんだが、先を越されてしまったというわけだ」
苦々しい顔でミカが呟く。
その後ふたりは無言で食料を食べていた。
私も携帯食料の残りをつまみながらこの後のことを考える。
体力は回復できるが、武器が傷んでいる。
手入れ道具は持ってきているが、これは本格的な修理をしないといずれ壊れるかもしれない。
私の長剣は、ソロ時代に王都付近を襲撃しに来たドラゴン討伐のレイドクエストに参加した際拾った竜の鱗の素材が使用されている。
魔力を流し込むことによって発動する強化モードが売りの武器なのだが、耐久力にも自信があった。
だがその剣がここまで傷んでいるということは、無意識状態の私は相当無茶をしたようだ。
背中の大剣はボスや大型の敵以外に使用するには取り扱いが難しい。
この剣とは別れを告げる気持ちで帰りの道を進まないといけないな。
などと、私が思考を巡らせていると、食事の終わったミカが立ち上がって頭を下げてきた。
「イチカ、ベアトリクス。私達でこのまま下層のボスに挑ませてくれないか?」
ミカの突然の爆弾発言に私は言葉を失った。
――こいつは何を言っているんだ?
疲弊した身体、心もとない物資。
帰りの運賃すら怪しい状況で先に進もうとミカはそう言っている。
「いきなりどうしたんですか?ミカさん」
イチカが声を震わせてミカに発言の意図を尋ねた。
「私達のパーティはダンジョン攻略専門のパーティを目指していた。結成一年で準備を整え、最初に挑んだのがこのメタスギアダンジョンだ。何度かこのダンジョンに挑戦して、一時期私が離脱していた時期もあった。それでも今回ようやく3人で下層に挑もうと思いダンジョンに潜った。だが私の仲間はボスにたどり着くことなく死んでしまった。」
つまり、弔い合戦がしたい。ということか。
「それは私達には関係のない話だ」
私は冷たく切り捨てる。
『新しくパーティを組み直してまたくればいい』なんて心無い事をいうつもりはないが、付き合ってやるギリがないのも事実だ。
――ミカを頼む。
あの男の声が脳裏をよぎる。
自分が死の淵に瀕してなお、イチカに危険を知らせようとして、イチカが罠に掛かった後涙を流してわびたあの男の顔を思い出す。
「無理を承知で言っているのはわかっている。だがこの機会を逃したら次がいつになるかわからない!だから頼む……」
深く頭を下げるミカを、イチカが優しい顔で見つめていた。
「気持ちはわかります。今この瞬間を逃したら、気持ちが風化しちゃうんじゃないか。そんな不安を感じているんですよね」
それはどうなのだろうか?
イチカ自身は同じ立場ならそう感じるのかもしれないが、ミカがそうとは限らない。
単純に気が急いているだけのように私には感じた。
「でも今無茶をして、それでミカさんが傷ついたら、それこそ仲間が悲しむんじゃないですか?」
「……」
頭ごなしの否定ではなく相手に寄り添った諭し。
修道女の装備を纏っているミカよりも、イチカの方が聖者のようだ。
「だから、もう一度来ましょう!」
イチカがグッと拳を突き上げた。
「え!?」
「私達3人で!もう一度ここまで来ましょう!それならすぐにまたここまで来れますよ!」
「イチカさん!?」
ちょっと待て、そもそも私はイチカを下層に連れてくる気はなかった。
偶々ひど過ぎるトラブルに巻き込まれて今ここにいるが、もう暫くはここまで来る気にはなれなかった。
というか今回の件で私はだいぶダンジョンにトラウマを植え付けられていて、正直この街をすぐに離れたいと思っている。
しかしイチカのその甘い勧誘に、ミカは救われたような顔をしていた。
「イチカ……いいのか?」
「もちろんですよ!ここまで生死を共にしてきた仲間じゃないですか!いいですよねベアさん!」
太陽の光を直で浴びるような煌きの中、私はその提案を断ることができなかった。
「ありがとう……二人とも……」
気丈な印象のミカが瞳に涙を浮かべている。
その姿を見て、私も渋々イチカの提案に乗ることにした。
「まあ今一人で突撃されても後味が悪いし、しょうがないか」
私は腹を括ってつぶやいた




