第12話 イチカの戦い
|sideイチカ
桐谷一花ことイチカはひょんな事から異世界に飛ばされた日本人である。
異世界で出会った冒険者ベアトリクスとパーティを組み 、私達は今日初めてのダンジョン攻略に来ていた。
しかしそのダンジョンでトラブル?に巻き込まれてしまい危険な下層の通路に私ひとりでワープしてしまう!
強力なモンスターの蔓延る下層で生き残る事は出来るのか!!!
と脳内で現状を整理してみたが、状況は相当切迫したものだった。
中層の安全エリアからワープしてすぐに見つけた聖職者の少女。
黒い修道女のような服装をしており、赤毛の髪をフードで隠している。
儚げな聖職者の少女という印象だった。
彼女も先程の男性と同じく酷い怪我をしていた。
少女が傷だだけで倒れている様は、現代人のは非常に重たい精神へのダメージを受けた。
私は少女に恐る恐る近づき声を掛ける。
「あの……生きていますか?」
「……」
返事は無いが、息はあるようだ。
私はさっき男性に使おうと思っていたポーションを少女に使用する。
半分は傷の酷いところにかけて、残りは飲み干してもらう。
1度ポーションを傷口にかけてから飲むと、修復したい場所の誘導が出来るとベアトリクスから聞いた。
ベアトリクス……私の異世界で出来た仲間。
私の彼女に対する感情は保護者に対する親愛に近いものだ。
もちろん私は彼女の気持ちには気づいている。
私の察しがいい方というよりもベアトリクスがわかり易すぎる。
あんだけしゅきしゅきアピールをされたら、誰だって気づく。
それに気づかず未だに先輩キャラを貫こうとしているその姿に私も愛おしさを感じている。
だが、恋愛として好きなのかどうかが……分からない。
私はこの世界に馴染み始めてもなお、元の世界に帰りたい気持ちが消えていない。
そんな私が、彼女の気持ちに答える事なんて酷いことは……出来ない。
でも。
――――ベアさんに会いたい。
私は負傷者を連れてモンスターから息を潜めて隠れながら、なおベアトリクスとの1ヶ月の思い出に想いを馳せていた。
助けて貰ったこと 、ふたりで巡った街のこと。
ふたりで笑いあったこと。
私を好いてくれているベアトリクスをいいように使って、私は酷い女だと苦笑する。
そのこぼれた苦笑いに反応したのか、負傷していた聖職者の少女が目を覚ました。
「……うぅ……ここは?」
「目が覚めましたか?」
まだ焦点の定まっていない虚ろな目で少女がこちらを見た。
「あんたは……?」
「私はイチカ、冒険者です」
「冒険者……そうか……ここはダンジョンだったか」
記憶が混濁しているのか、少女は暫し自身の記憶を探っているようだった。
「あんたは……救助に来たっていう雰囲気ではないな」
「安全エリアからここにワープしてきました」
「ワープ……転送トラップを踏んだのか」
「トラップ?」
「うちの仲間が罠師でな。ボスをスキップして下層に行ける転送トラップを自作していたんだ」
「仲間……あなたの仲間もここの階層にいるんですか?」
「恐らくもう死んでいるだろう。私達は冒険者狙いの盗賊集団に襲われたんだ」
だんだん意識がはっきりしてきたのか、少女の顔に怒りがに満ちてきていた。
そして仲間が盗賊に襲われて死んだ。という少女の発言に、私は嫌な考えが登ってくる。
ベアトリクス……彼女ならば大丈夫だとは思うが、万が一のことがあったら……。
「ふざけやがってあの下衆共……次会ったら絶対にぶち殺してやる……」
「……」
少女は先程までの儚げな印象が消し飛ぶほど口が悪かった。
「私の仲間から奪ったトラップをイチカは踏んでここに飛ばされたってわけだ」
「あなたもトラップでワープしてきたんですね」
「ミカでいい。トラップは仲間が私を逃がすために使ってくれたんだ。奴も飛ばすならもっと安全な場所を指定してくれればいいのにな」
「あはは……」
確かにこんな危険な下層に飛ばすよりももっといい場所がありそうだが、恐らく何かしらの制約でもあったのだろう。
私は現代で漫画やゲームをそこそこ嗜んでいたので、おおよそこの世界の魔法などのルールも理解しつつある。
攻撃魔法は単純だが、補助魔法や生活魔法、移動魔法などには発動に際して縛りがついていたりする。
簡単にご都合的な魔法を作らせない何かしらの意志を感じる。
ここがゲームの中の世界なのか、別の世界なのか。
そのどちらとも断定できていない原因の一端がそれである。
異世界から恐らく帰る手段はない。
魔法を鍛えて行けばあるいは……と言ったところか。
だがゲームの中の世界なら、ゲームクリアという希望がある。
――そうだ、私はこの世界の……まだ見ぬ謎をクリアするんだ!だからまだ諦めるわけには行かない!
「ミカさんはもう動けそうですか?」
「どうかな」
ミカはぶっきらぼうにそういうと手足を動かして身体の具合を確かめている。
「……イチカ、悪いがエーテルを分けて貰えるか?」
「どうぞ」
ミカの頼みを聞いた私はインベントリからエーテルを数本取り出して渡す。
「悪いな。私のエーテルはもう残ってなかったんだ。この場所の安全を確保するのに魔力を使いすぎてしまった」
「ミカさんのお陰でモンスターが近寄って来なかったんですね」
聖職者の奇跡、『退魔の結界』の効果でモンスターがこの場所に近寄ってこれないらしい。
「だがそれにも限度がある。早くここから……せめて中層まで戻らなくては……」
そういうとミカが聖鈴を鳴らして奇跡を発動した。
「『継続する即時の回復』」
ミカが奇跡を発動すると、彼女の怪我がみるみる治っていった。
「私の回復奇跡はこれしかなくてな。燃費が悪くて身体の回復に回す余裕が無かったんだ」
「でもこんなに綺麗に治るなんて奇跡って便利ですね!」
「そうでもない」
そういうとミカは腰に下げていた本を取り出した。
「奇跡の媒介は聖鈴とこの本だ。そして奇跡を使えば使うほど本のページが減っていく。魔力以外のリソースも求められる厄介な職業だよ」
パラパラと捲った本の中のページがいくつか空白になっていた。
「さっきの回復でもううちの回復奇跡は底をついた。結界のページももうない。ここから先はもう戦闘用の奇跡しか残っていない」
つまり、この場所で助けが来るのを待つことは出来ないということだ。
「進むしかないってことですね」
「ああ。……中層に戻るか、ボス部屋前まで辿り着くしかない。下層には安全エリアがないから。メタスギアのダンジョンは大通りまで出れればどちらかには辿り着ける筈だ」
その大通りの場所が分からない以上山勘で動く事には違いないが、わかりやすい目印があるのは大きい。
目的地が定まった事で少しだけ心が軽くなった気がした。
「結界が切れる前にいくつか聞きたいことがある。イチカは魔術師でいいのか?」
「魔術師です」
「腰に剣を挿しているが魔法剣士ではないのか?」
「エンチャント魔法を使うための護身用の剣です」
腰のサーベルをぽんぽんと叩いてミカに事情を説明する。
「私はちょっと魔法の使用に制約みたいなのがありまして……」
「制約あり……それで中層まで潜ってきたのか」
「仲間が強かったんです」
「なるほど、育成目的のダンジョン挑戦だったか」
ミカが口元に手を当てる。
「ならイチカのことを戦力として期待するべきではないか?」
ミカの発言に少しムッと来たが、すぐに冷静になる。
これから命掛けで戦うのだから、戦力として期待できるかどうか、それをなあなあで済ますのはダメだ。
「……上層のボスは私がほぼひとりで倒しました。下層の敵とは戦ったことはないですが、ある程度は戦力になると思います」
「……そうか」
少し考えた後、ミカが頷いた。
私自身の戦闘経験があまりないので、ミカを満足させられる答えは恐らく提示できていないだろう。
だが、それでも私の言葉を信じてくれたミカの期待に応えられるように頑張らねば。
「イチカの剣、暫く私が借りていてもいいか?」
「剣ですか?」
「私が聖国の修道女をやめて冒険者になった当初は剣士の真似事をしていた。君が剣の腕がからっきしならば、私に前衛を任せてもらえないか?」
私は明らかに近接戦闘をする装備ではない見た目をしていると思うが、それを加味しても武器の譲渡を要求されるほど頼りなく見えているようだ。
実際私は近接戦闘はダメダメなので、その見立ては当たっている。
私は腰に帯刀していたサーベルと、いくつかの持ち合わせのアイテムをミカに託す。
それらを受け取る際、私の腕をミカは強く掴んだ。
「イチカ。あんたには感謝している。あんただけでも生きて帰れるように善処するよ」
「……そんな悲しいこと言わないでください。一緒に生きて帰る。そう言ってくれた方が私はうれしいです」
ミカは本当に私に感謝してそう言ってくれたのだろう。
だが彼女のその自己犠牲のような発言が、ベアトリクスと重なり胸が痛くなった。
「……そうだな。もうすぐ結界も切れる。戦闘の準備をしてくれ」
「了解です!」
私が杖を現在いる細道の出口に向け、事前に魔法と『チャージ』の準備をする。
ミカも右手にサーベル、左手に聖鈴を構えて私の射線に入らないように私の隣に立った。
そして、恐らく結界が切れた。
通路の外で様子をうかがっていたモンスターが数体こちらに向かってきた。
アンデッド、ウルフ、リザードマンが群れなして襲い掛かる。
モンスターの分類的にはそこまで強力なモンスターではない彼らは、下層の魔力を帯びて強力な個体となっていた。
「っ!浮遊する魔法の剣!!!」
だが、私の放った魔法は、いとも簡単にモンスターの身体を引き裂いた。
その威力は、上層のボスに使用した大技よりも強力だったかもしれない。
「ええ!?」
私が自身の魔法の威力に驚いていると、隣にいたミカに後頭部を聖鈴で叩かれた。
「おい、あんたこの状況で自身の戦力を偽装してんじゃねえ!!!」
「違うんです!いつもはもっと魔法が弱くて……」
いつもとは違う。その自身の言葉でこの強力な魔法の要因にたどり着いた。
「そうか!『仲間がピンチの時に魔法攻撃力が+120%』のスキルが発動してるんだ」
「スキル?」
「特殊な加護みたいなものです。普段発動していなかったそれが今、発動しているみたいで」
恐らくベアトリクスとの行動を共にして以来ほぼ初となる私自身のピンチ。
そして現在、守るべき対象ともいえるミカを同伴していることによって秘めたる力が覚醒した。
といえば聞こえはいいが、私はこのスキルが発動する条件がまだわかっていない。
ピンチという曖昧な書き方、そして今まで発動した回数不足。
しかし、それでもこの絶望的な状況に希望が見えた。
「あんたが戦力になるなら作戦変更だ!私はサポートに徹する!」
「わかりました!!!いきます!!!!」
私の掛け声でふたりは通路から飛び出した。
飛び出した先には大量のモンスターがいた。
「『浮遊する魔法の剣』!!!」
杖を向けて魔力の刃を射出する。
先程と同じように敵が両断される。
「よし!効果が持続している!」
「走れ!」
モンスターを蹴散らしながら私達は走った。
撃ち漏らした敵は事前にエンチャントしておいたサーベルでミカが処理してくれている。
「あんた相当魔力があるな!私の腕力でも下層の敵に太刀打ちできている!!!」
「恐縮です!」
入り組んだダンジョンをガムシャラに走っていると、運がいい事に30分ほどで大通りまで辿り着く事が出来た。
だが……。
「すみません。もうすぐエーテルの在庫が無くなります!」
「クソ!私が無駄に使わなければ!」
ミカはそういうが、これから倒していかなくちゃいけない敵の数を考えたらどの道厳しいだろう。
「イチカは魔力を温存しろ!私が前を張る!」
今までは私の射線を邪魔しないようにしていたミカが前に出た。
「方向はわからんがとりあえず右に行こう!」
「はい!」
「『光輪』!」
ミカが聖鈴を鳴らすと、刃のついている光の円盤が現れた。
ミカが光輪を操りリザードマンを攻撃する。
だが、私の魔法とは違い一撃では敵を倒せていない。
攻撃を喰らって怯んだリザードマンにサーベルで追い打ちをかけてとどめを刺す。
「攻撃奇跡はアンデッド系や悪魔系以外への火力をどうにかしてくれ!!!」
「次が来ます!」
奇跡の攻撃性能を嘆くミカのフォローをする間もなく次の敵が群れ
シャリンと聖鈴を鳴らして光輪を発動する。
光の刃が回転しながらヘルハウンドの群れを引き裂いていく。
リザードマンの時とは違い、ヘルハウンドには致命的なダメージが入っているようだ。
だがまだ巨大蝙蝠の大群が残っている。
「『光の流星!』」
ミカの背後に光の礫が現れ、それらが一斉に巨大蝙蝠に発射される。
その攻撃が蝙蝠に致命傷をあたえ、致命傷にいたらなかった蝙蝠も羽をもがれて地に落ちる。
私たちは、ヘルハウンドと巨大蝙蝠の死体を踏みながら走る。
「光の流星って奇跡は強そうですね!」
「一応大技だからな!!!だが連発はできない!!!」
今、この瞬間敵の姿が見えなくなった。
このタイミングで私はスマホを開く。
ステータスの確認。
――レベルが5あがっている!
私は急いでスキルポイントを魔力に振り、僅かでも魔力を回復しようとする。
すると、スキル欄に新たなスキルが発現したことが確認できた。
「スキル『集中』?意識を集中させることで内包魔力を微回復……!」
鉄火場で都合のいいスキルが発現した。
今後のことを思えばアイテムで代用できるスキルを得てしまったことは少しもったいないが、今は生き残ることが先決だ。
「ミカさん!私はすこし魔力回復に集中します!モンスターの処理はお願いします!」
「まかれた!!!」
意識を集中という相変わらずアバウトな説明欄に少しイラっと来たが、その怒りを抑えて意識を集中する。
――回復しろ回復しろ回復しろ!!!
集中というよりも脳内で言葉を念じるだけの行動だったが、魔力が枯渇してきて疲労していた身体が少し軽くなる。
スキル『集中』の使い方はこれで正しいようだ。
1分ほどの集中で、私の魔力はかなり回復した。
「たぶんこのスキル、かなり当たりだ!」
私はインベントリから手持ちのエーテル2本をすべて取り出し、ミカに渡した。
「ミカさん!私の新しい能力で魔力が回復できるようになりました!なのでこれを使ってください!!!」
「新しい能力!?この土壇場でか!」
奇跡の連発で苦しそうな顔をしていたミカの表情が少し明るくなる。
メイン砲台である私の魔力を回復する手段が生まれた。
希望への道筋が見えた気がした。
だがこれはミスだった。
「『浮遊する魔法の剣』!」
前回と同じように無属性の剣の魔法を敵に放った。
だが、その攻撃は今までとは違い、致命傷にはならなかった。
「噓でしょ!?」
原因はわからないが、さっきまで発動していた強化スキル、そのボーナスタイムが終了していた。
「おいイチカ!?」
「くっ!『強い魔法の剣』プラス『チャージ』!」
通常魔法では攻撃力が足りず、切り札である強力な魔法を繰り出す。
「あんたがさっき言ってた制約はこれか!」
「すみません!」
原因は、恐らくさっきのレベルアップだ。
レベルが上がり、ピンチの判定が厳しくなったのか。
それとも新たなスキルの獲得で精神的な余裕が生まれたせいか。
「一応高火力なら攻撃が通るので!後2回攻撃したら一度回復に入ります!」
「っ!了解!」
しかし、そんな私をあざ笑うように今まで以上のモンスターの大群が押し寄せてくる。
「マジかよ……」
ミカが青い顔をしている。
私も自身に近づいている死を感じて絶望しそうになる。
「なにがピンチの時だ!!!今がピンチじゃないならなんなんですか!」
私は大群に杖を向けて、攻撃が持続する炎の渦を発動した。
ベアトリクスには洞窟で炎をあまり使うなと言われていたが、背に腹は代えられない。
だが、抵抗も虚しく、私の炎の壁はモンスターの足止めにすらならなかった。
ミカが奇跡で光の壁を形成するがそれもすでにひびが入っている。
「……ベアさん……」
私は魔法の剣を発動しながら、目の前のモンスターのことではなくベアトリクスのことを考えていた。
「なんだあれは!?」
死を目前にして現実逃避をしていた私とは対照的に、ミカはモンスターよりも恐ろしいものを見たような顔をしていた。
「正面で何が戦っている!?」
私達へ突撃してきたモンスター達。その最後尾で何者かがモンスターを蹂躙している。
「っ!!!来るぞ!!!」
ミカは眼前の光景を警戒していたが、私は目の前の存在の正体を直観で理解していた。
「ベアさん!!!」
私がベアトリクスの名前を叫ぶと、恐ろしい獣のような生き物が、モンスターをなぎ倒しながらこちらに走ってきた。
「イチカ……!」
全身血まみれで、シルバープレートの鎧を真っ赤に染めたベアトリクスが、固い鎧のまま私を抱きしめた。
「すまない!!!イチカ!!!!」
固くて、血の匂いがする胸に抱きしめられた私は、涙があふれてきた。
「助けに来てくれてありがとうございます!」
「私がダンジョンに誘ったから!!!生きていて本当によかった!」
ベアトリクスも涙を流していた。
その様子を、ミカは驚愕の表情で見つめていた。
「この女、盗賊を全員倒して中層からここまで一人で駆け抜けてきたのか!?」
現在地が下層のどのあたりかわからないため、入り口近くという可能性はある。
だが今正面から襲ってきたモンスターが、ベアトリクスから逃げてきたことは間違いない。
イチカとベアトリクス。二人のバケモノによって命を救われたことに感謝の気持ちはあるが、その気持ちに勝るベアトリクスへの畏怖をミカは感じていた。




