第11話 悪意
上層のボスを討伐し、私達は今回の目的地である中層に足を踏み入れた。
上層のモンスターはダンジョン外に生息しているモンスターと強さがあまり大差ないが、中層以降はダンジョン内の魔力の影響でより強い個体が増える。
ベアトリクスとイチカはメタスギアに暫く滞在する予定である。
なので上層と比べると比較的広い中層を数日掛けて探索し、イチカのレベルアップがひと段落ついたところで中層のボスに挑んでこの街を離れる計画だ。
「という訳で今日は私がモンスターを倒していく。イチカは魔法を当てて経験値を得る事に集中してくれ」
「パワーレベリングの再開ですね……」
イチカがコツンと蹴った小石が転がって壁に当たる。
ダンジョンの壁には魔力結晶が埋め込まれており、石の光が道を照らしているので自前の光源は必要無かった。
私はインベントリからダンジョンの地図を取り出した。
この地図は下層までの大まかなマップと現在地が地図に表記されている高級な魔法の地図だ。
昨日装備を整える際、魔道具屋の雑貨コーナーに並んでいたので購入して置いた。
「どうやら不良品では無さそうだ」
地図の上には現在地を示す点が表示されていた。
「結構いいお値段だったから不良品だったら大変でしたね」
「そうだな」
私は頷いて、地図の上に指を滑らせる。
「今日の目的地はここの安全エリアにしよう」
「ここからあまり遠くない所ですね」
「初日から焦る必要もないだろう」
「それもそうですね」
先程の戦闘でエーテルも数本使用してしまっている。
道具にも限りがあるので初日は無理せず様子見程度で帰る事にした。
「あまり深くまで潜り過ぎても帰れなくなるからな」
「上層は直ぐにボス部屋だったけど中層はかなり広そうですよね」
「ああ。今日はダンジョン内で夜を明かす準備をしていないからな」
私とイチカは話ながら歩を進めた。
片手に地図を持ち、ちょくちょく現在地を確認しながら前に進む。
数分程歩いたところで私達は違和感に気づいた。
「……思っていたよりモンスターがいないですね」
「元々中層は上層程モンスターが多くは無いが……」
強力なモンスターが産まれる場合、大気中の魔力を多く消費する。
なので中層の魔力濃度では強力なモンスターが群れをなして襲ってくる事はあまりない。
だが下層からは、中層よりも強いモンスターの大群が襲ってくる事もある。
今回私達が中層で探索を打ち切る予定なのは下層の危険度の高さ故だ。
私1人ならどうにでもなるが、イチカを連れている現状で足を踏み入れるにはリスクが高すぎる。
これはイチカが足手まといという訳ではなくソロで機動力のある剣士の自由度が高すぎるというだけだ。
だが、中層の特徴を加味してもモンスターと全く遭遇しないのはおかしい。
「もしかしたら、他の冒険者さんが倒した後なんでしょうか?」
「同業者……可能性は高いな」
運悪く、私達と目的が同じパーティとカチあってしまったのかもしれない。
しかも、ここまで徹底的なジェノサイドをしているパーティという事はかなりの上澄みの可能性もある。
「うーむ……これはイチカのレベル上げをこのダンジョンで行うのは難しいかもしれないな」
「レベリング目的のパーティがいるなら効率は悪そうですね」
一応、明日以降は野宿の準備をして侵入する時間をずらして挑むという手もあるが……。
だがそれも今日は無理な作戦だ。
それならば……。
「今日の目的地を近くの安全エリアからいくつかの安全エリアを巡回してみるにしてみないか?」
「といいますと?」
「先にダンジョンに入ったと思われるパーティと接触してみようと思う。彼らの目的次第ではダンジョン攻略を切り上げてギルドのクエスト攻略に戻って時間を潰そう」
上層のボスモンスターは復活していた。
ということは今いるパーティはかなり長いこと滞在しているパーティの可能性もある。
その場合必ず拠点となるエリアがある筈なので、それを少し探してみる事にしてみた。
私達は地図を確認しながら中層入口付近の安全エリアを真っ直ぐ目指して歩き始めた。
30分程歩いたが、やはりモンスターが出現することは無かった。
――――しかし……これは本当に戦闘によるモンスターの枯渇なのだろうか……?
ここまでモンスターが居なくなる程の蹂躙が行われたとしたら、いくつか妙な点がある。
まず、ダンジョン内に取りこぼしのドロップアイテムがあまりない。
インベントリに入れられるアイテムにも限りはある。
なので売れないアイテム屋不必要な素材はその場に捨てられている事が多い筈だ。
だがそれらのアイテムが残されている痕跡はない。
一応ダンジョン内では時間経過と共にアイテムが魔力に還る事もあるが、それは1日2日で起きることでは無い。
そして、そもそも戦闘の形跡がない。
強力なモンスターを蹂躙するならば、近接戦闘よりも魔法メインの戦闘になるはずだ。
だが床や壁に真新し傷や痕跡が一切ないのだ。
――――やはりなにかキナ臭い。早めに撤退するべきだろうか。
そう思いながら最初の安全地帯に入ると、そこには血まみれで今にも絶命しそうな冒険者の男性が壁に寄りかかっていた。
その姿をみたイチカがギョッとして近づく。
「ちょ!?大丈夫ですか!?」
私も驚いたが、観察すると直ぐにその男の怪我が妙な事に気がついた。
モンスターに襲われた怪我というよりも人間に人為的につけられたような傷……。
狭い安全エリア、目視できる範囲は我々だけ。
なのに人の気配がまだする。
「おいイチカ!!!その男から離れろ!!!」
「え!?」
イチカは男性の前で屈み、自身のポーションを男に与えようとしていた。
その気配に気づいた男が、呻き声のような声を上げる。
「に……げろ」
その瞬間、イチカの足元が光を放った。
イチカを囲うように魔法陣のような物が地面に浮かび上がる。
「っ!」
私はイチカに駆け寄り、その光の陣の中からイチカを引きづり出そうとした。
だが間に合わなかった。
イチカが魔法陣と共に姿を消した。
「あ〜らら。強そうなお姉ちゃんの方が残っちゃった」
パニックになりかけている私の耳に、不快な音が入ってくる。
「引率の上級者が残ったか」
「まあこっちの方がレアな武器を持ってるみたいだし結果オーライじゃないっすかあ?」
「違いねえな」
ゾロゾロと安全エリアの中に入ってきた盗賊のような見た目をした数人の男達は何かを話して、気持ちの悪い笑い声を上げだした。
怒りで目の前がチカチカしてきた。
今にも吐きだしそうな気持ちの悪さを我慢して言葉を絞り出す。
「イチカを何処へやった?」
「仲間のことか?そいつは多分今下層だな」
「そこで転がってるおっさんの仲間が罠師だったみたいでな!!!下層への転送トラップを持ち込んでたんだよ!!!」
「こいつらのお陰で楽に中層に侵入出来たし!モンスター避けの簡易結界まで持っててくれて助かったぜ!!!」
男達はまた笑い声のような鳴き声をあげている。
イチカ……下層……転送……?
思考が、できない。
茫然自失状態の私の背中に、盗賊の仲間が放った矢が刺さった。
「おい!この姉ちゃんは美人だから殺すなよ!!!」
「冒険者がこの程度で死ぬわけないじゃないですか!」
刺さった矢を無理やり引き抜く。
指先に違和感。
痺れ……毒?
意識は……大丈夫だ。
もぞりと、血まみれの男が蠢くのを感知した。
その男は涙を流しながら私に言った。
「すまない……」
そして、私の目の前は真っ赤に染まった。
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目の前が光ったと思ったら、先程の男性が居なくなっていた。
振り返るとベアトリクスもいない。
というか、ここはさっきとは違う場所のようだ。
イチカの横に生えている魔力結晶が、先程見たものよりも強い光を放っている。
そして、感知スキルを持っていなくてもわかる。モンスターの気配。
「私は……どこかにワープした?」
私がそう口に出すと、途端に身体が恐怖に支配された。
私は今ひとりで……ベアさんがいなくて……ひとり……?
また……?
「あっ……うっ」
恐怖で叫び出しそうになるのを何とか堪える。
この感覚は、私が異世界に来た時以来だ。
帰りたい ……お母さん……お父さん……ベアさん……。
恐怖で腰が抜けてしまい、その場に崩れ落ちてしまう。
「ぅ……」
私は床に手を起き、何とか立ち上がろうとする。
その手を、ぬるりとした液体が触れた。
「……血?」
その血の出処を辿ると、そこには私と同じくらいの年の、聖職者のような装備を身にまとった少女がいた。




