トラウマとの闘い
ナエルに相談した後、真琴の訓練内容は一変した。レイルズも事情を把握し、パーティー全体で真琴のトラウマ克服をサポートすることになった。
訓練場。真琴は、緊張した面持ちで中央に立っている。ナエルは少し離れた位置から、ダリーは部屋の隅の資材の陰から、それぞれ真琴を見据えていた。
「真琴、いい? あなたの反射的なトリガーは、恐怖を感じた瞬間に、まず『防御魔法』を発動することよ。今は、一番シンプルな『魔力障壁』に集中して」
ナエルが指示を出す。
「はい……」
魔力障壁は、魔力を薄い膜状にして体表に展開する、初歩的な防御魔法だ。その効果は限定的だが、発動が速く、真琴がパニックで固まる一瞬の猶予を作るには最適だった。
「行くわよ」
ナエルの声と共に、真琴めがけて小さな風の刃が放たれた。
カッ!
真琴は、風の刃が飛んでくるのを目視した瞬間、体が固まりかけた。動けない。あのゴーレムの巨大な拳が迫ってきた時の恐怖が、脳裏をよぎる。
――ダメだ。動け!
ナエルの魔法は、真琴の肩をかすめ、ローブの生地をわずかに裂いた。
「真琴、固まらない! 頭で考える前に、魔力を上げるの!」
ナエルが焦らず叫ぶ。
「もう一回!」
真琴は悔しさに唇を噛んだ。
訓練は繰り返された。ナエルは魔法の種類や速度、角度を変え、真琴の反応を試す。
「次はダリーに協力してもらうわ!」
ダリーは資材の陰から顔を出し、真琴に向かってにっこり笑う。
「真琴! 集中しろよ! 俺が守ってやるからな!」
次の瞬間、ナエルが真琴に魔法を放ったのと同時に、ダリーが巨大な金属製の板を床に叩きつけた。
ドォォン!!
訓練場全体に響き渡る、鼓膜を震わせるような衝撃音。真琴の体が、再びビクリと硬直した。音の衝撃は、真琴のトラウマ的な記憶を呼び覚ます。
「あ……」
真琴の視界が歪む。
ナエルの魔法が迫る中、ダリーが大きな声で叫んだ。
「お前は強いんだ! 俺の嫁さんのミリヤムだって、いつも俺の突進に文句言いながらもきっちり治癒してくれる! 真琴、お前だってやれる!」
「ちょっとダリー! なんで私の名前を出すのよ! 真琴さんに変なプレッシャーかけないで!」
ミリヤムが訓練場に入ってきて、ダリーの背中を平手で叩く。
「なんだとミリヤム! お前だって真琴に期待してるくせに!」
その「バカップルの喧嘩」が、真琴の硬直をわずかに緩めた。極度の緊張状態から、一瞬、日常の「賑やかさ」に引き戻されたのだ。
(ミリヤムさんとダリーさん……)
その瞬間の意識の揺らぎが、真琴の魔力回路を再起動させた。
「……マナ・バリア!」
淡い緑色の光が、真琴の全身の皮膚を覆った。薄い、光の膜。そのバリアが、ナエルの放った魔法を、わずかに弾いた。
カキン!
「やった! 真琴、今のよ!」
ナエルが歓声を上げる。
真琴は、自分が意識して魔法を発動できたことに、驚きと安堵の息を吐いた。
「すごいぞ真琴! お前の魔法は綺麗だ! でも、俺とミリヤムの愛の結晶には敵わないぜ!」
ダリーが親指を立てる。
「ダリー、私が嫉妬深くなるようなこと言わないでって言ってるでしょう!」
ミリヤムがダリーの肘を引っ張る。
彼らのやり取りに、真琴は思わず笑みがこぼれた。彼らの存在が、真琴にとっての「安全地帯」なのだと感じた。
訓練を見守っていたレイルズが、静かに真琴に近づいた。
「よくやった、真琴。重要なのは、パニックを乗り越えた後の反応時間だ。訓練を続ければ、その一瞬が、必ず短くなる」
レイルズは、真琴の頭を撫でることはしなかったが、彼の声には、深い信頼と期待が込められていた。彼の落ち着いた存在こそが、真琴の心の支えだった。
真琴は頷き、新たな訓練へと臨む決意を固めた。レイルズという初恋の面影を追う存在、そして、ナエル、ダリー、ミリヤムという温かい仲間たちと共に、真琴は、自身のトラウマを乗り越えようとしていた。




