ナエルの助言
階層ボス戦から数日後。真琴の訓練は、ナエルの指導のもと、さらに熱を帯びていた。一度魔力のコントロールに成功してからは、真琴の成長速度は目覚ましかった。しかし、真琴の心には、ダンジョンで感じた恐怖と、動けなくなった自分への悔いが残っていた。
ある日の訓練後、ナエルが真琴のために淹れてくれたハーブティーを飲みながら、真琴は意を決した。
「ナエルさん、少し、ご相談したいことがあります」
ナエルは、穏やかな緑色の瞳で真琴を見た。
「なあに? 遠慮しないで」
「あの……この前のゴーレム戦で、私がパニックになって動けなくなった時のことです。あの後、レイルズさんに謝りましたけど……実は、以前にも、命の危険を感じるような出来事があって」
真琴は、ストーカーに刺された過去を直接話すことはできなかった。異世界に転移したことも、もちろん秘密だ。しかし、この問題を乗り越えるためには、誰かの助けが必要だと悟っていた。
「その時も、私は体が動かなくなって、誰かに助けてもらうしかありませんでした。死ぬかと思うほどの恐怖で、体が石みたいに固まってしまって。今回も同じでした。危険を感じると、頭では動かなきゃってわかっていても、本当に動けなくなるんです」
真琴は、湯気の立つハーブティーのカップを両手で包み込み、俯きがちに言った。
「ポーション作りは得意だけど、戦闘では……私はきっと、また皆さんの足を引っ張ってしまう。このままじゃ、セイブライフのスローライフにも影響します」
ナエルは真琴の言葉を遮らず、静かに全てを聞いていた。真琴の、目立たないことを好む性格からすれば、このような弱みを打ち明けることが、どれほどの勇気を必要としたか、ナエルには察することができた。
「なるほどね……真琴、まず、話してくれてありがとう。それは、とても辛いトラウマね」
ナエルは、真琴の隣に座り直すと、優しく真琴の背中を撫でた。
「でも、真琴。それはあなたの弱さじゃないわ。それは、あなたが『死』を本当に怖がっている、命を大切にする証拠よ。誰だって、死の危機に直面すればパニックになるわ。ただ、あなたは過去の経験で、その反応が強く出てしまうだけ」
ナエルは、自身も経験豊かな魔法使いとして、冷静に分析した。
「克服するのは、訓練でできるわ。パニックを完全に消すのは難しいけど、その『固まる時間』を短くすることはできる。魔法使いにとって、生死を分けるのは、ほんの一瞬の反応速度だから」
ナエルは、真琴の手に触れ、具体的なアドバイスを与えた。
「訓練中に、私があらゆる方向から、不意打ちで魔法を放つわ。ダリーにも協力してもらって、戦闘中にいきなり大きな音を立ててもらったりもする。不意打ちに慣れること。そして、体が固まる前に、まず『自動的に魔力を放出するトリガー』を作ることよ」
「トリガー、ですか?」
「そう。たとえば、恐怖を感じたら、まず考えるより早く、誰かに『身体強化』をかける、とか。あるいは、自分の足元に防御用の『小さな風の壁』を展開するとか。シンプルな魔法を、反射的に打てるように、身体に覚え込ませるの」
真琴は、ナエルの言葉に希望を見出した。自分は、この問題を一人で抱え込む必要はないのだ。
「ナエルさん……ありがとうございます。私、頑張ります」
「ええ。あなたは私たちの命綱でもあるポーション担当なのよ。あなたが立っている限り、セイブライフの命は救われる。だから、私たちも、全力であなたを守る。遠慮しないで、私たちに頼ってね」
ナエルはそう言って微笑んだ。この一件で、真琴はナエルに対して、単なる教育係以上の信頼と親愛の情を抱くようになった。




