深層の危機
訓練の成果を見定めるため、レイルズは比較的安全なダンジョン『苔生す洞窟』を選んだ。
「今日の目標は素材集めだ。真琴の練度に合わせて、深入りはしない。せいぜい十階層までで帰還する」
レイルズが冷静に指示を出すと、真琴は緊張で少し息苦しくなった。高校時代の初恋の彼は、いつも落ち着いた声で真琴の不安を静めてくれた。レイルズの声は、あの時の彼を思い出させ、真琴の緊張をわずかに和らげた。
ダンジョン内は、湿った土の匂いと、微かに腐敗したような臭いが混ざり合っていた。
編成は、最前列にダリー、その後ろにレイルズ、そして後衛に真琴、ミリヤム、ナエルの順だ。
――一層、二層……
戦闘が始まると、セイブライフの連携は完璧だった。
ダリーが巨大な盾で敵の攻撃をすべて受け止め、レイルズが鋭い剣で敵の隙を突き、ミリヤムはダリーの傷を瞬時に癒し、ナエルが強力な攻撃魔法で敵を焼き払う。
真琴は、隙を見てダリーに支援魔法をかけ、戦闘で傷ついた仲間に、すぐにポーションを飲ませた。彼女のポーションは即効性があり、皆から絶賛された。
「真琴のポーションは最高だぜ! 飲むと力が湧いてくる!」
とダリーが叫ぶ。
「ダリーがすぐに回復するから、私がお説教するヒマもないわ」
とミリヤムが優雅に愚痴る。
「バカップルは戦闘中に話すんじゃない」
とナエルが冷ややかな目で突っ込む。
真琴は、戦闘の最中でも楽しそうな彼らを見て、控えめながらもチームに貢献できていることに、小さな喜びを感じた。
――十階層へ
十階層への階段を降りた途端、空気が一変した。熱く重い、威圧的な魔力の塊が、真琴の全身にのしかかる。
「目標の十階層だ。素材を少し集めてすぐに戻るぞ」
レイルズは慎重に言った。
しかし、部屋の中央で、彼らを待っていたのは、この階層の主、『大地のゴーレム』だった。その巨体は、真琴の視界を埋め尽くすほど大きく、岩石の塊のような腕がゆっくりと持ち上げられた。
「ボスだ! レイ、目標は十階層までじゃ……」
ダリーが叫ぶ。
「ああ、だが、奴がそこにいる。引き返すには、危険すぎる。やるぞ!」
レイルズは冷静に指示した。
「真琴、ダリーに最大強化! ナエル、攻撃準備! ミリヤム、治癒はダリー優先だ!」
真琴は、あまりの威圧感に、全身が凍り付いた。半年間の穏やかな生活で、すっかり忘れていた、命の危機に晒される恐怖。その巨大さに、体が動かない。
(怖い……。死にたくない……!)
初恋の彼を思い出したときと同じ、言いようのない不安が真琴を襲った。動けない。魔法の言葉を思い出すこともできない。
ゴーレムの巨大な腕が、ダリーめがけて振り下ろされる。ダリーは渾身の力で盾を構えたが、衝撃で体勢を崩した。
その隙に、ゴーレムのもう片方の腕が、後衛の真琴をめがけて、まるで蠅を叩き潰すように迫ってきた。
「真琴!」
レイルズの鋭い声が響いた。彼は迷いなく、ダリーの防御をナエルに任せ、真琴の前に躍り出た。
ガキンッ!
レイルズは、ゴーレムの岩石の腕を、愛剣で受け止めた。剣が軋む激しい音と共に、彼の体が吹き飛ばされそうになる。
「真琴! 集中しろ! 『火球』だ!」
その危機一髪の状況に、真琴は一気に現実に引き戻された。レイルズが、自分を守ってくれている。
真琴は、全身の魔力をかき集め、今までにないほど強く『燃やせ!』と念じた。
真琴の手から放たれた火球は、訓練とは比べ物にならないほど巨大で、青い炎を帯びた業火の玉となった。ゴーレムの側頭部に激突すると、岩石の体から火花と爆炎が噴き出し、巨体が一瞬ぐらついた。
その一瞬の隙に、レイルズ、ダリー、ナエルが猛攻を仕掛け、ゴーレムは崩れ去った。
戦闘後、真琴は座り込んで、全身から汗を噴き出していた。
拠点に戻った夜、レイルズは、真琴を呼び出した。
「真琴、ゴーレム戦では、すまなかった」
レイルズは真琴の前に立ち、素直に頭を下げた。
「俺は、君を危険に晒した。素材集めと訓練が目的だったのに、不用意に階層ボスと戦う判断をしたのは、リーダーとして失格だ。特に、君がパニックになった時、俺の指示が遅れた」
レイルズは、思慮深い人だ。真琴の安全を考え、スローライフを掲げている彼が、リスクを冒したことを深く後悔しているのが伝わってきた。
真琴は顔を上げた。あの時、恐怖で動けなかった自分こそが問題だった。
「いえ、謝るのは私のほうです、レイルズさん」
真琴は立ち上がり、控えめながらも、しっかりとレイルズを見つめた。
「レイルズさんは、私を信用してパーティーに入れてくれたのに、私は、肝心な時に体が動かなかった。あのゴーレムに挑むのは、素材集めのダンジョンでは当然のことだったと思います。階層ボスを倒さなければ、10階層の素材は手に入りませんでした。私が、戦闘のレベルが足りなかっただけです」
真琴は深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい。次の戦闘までには、必ず、自分の足で立てるよう、訓練を続けます」
レイルズは、真琴が頭を下げたまま動かないのを見て、静かに微笑んだ。彼は真琴の真面目さと、責任感の強さを改めて感じた。
「……ありがとう、真琴。君のその真面目さこそ、俺たちが評価しているものだ」
レイルズは真琴の肩にそっと手を置いた。
「君の魔力は、今日、爆発的に開花した。あの火球の威力は、ナエルも舌を巻いていた。君の不安は、俺が取り除く。これからは、より慎重に、君の訓練に合わせていく。安心しろ、セイブライフはスローライフが目標だ」
レイルズの温かい手が、真琴の不安を溶かしていく。それは、高校時代、そっと隣にいてくれた、あの初恋の彼の手の温もりに、酷似していた。
真琴は、小さく頷き、二人の間に、新たな信頼の絆が結ばれたのを感じた。




