柊平の誘い
暫くして、柊平とのレッスンは、三度目を迎えました。真琴は、「オールラウンダー」としての魔法の切り替え技術を習得するために、集中力を極限まで高めて訓練に励んでいました。
レッスンが終わり、いつものように廃墟で休憩を取ることに。柊平は、事前に準備していた、この世界では貴重な「東方の故郷の料理」を真琴に差し出しました。それは、真琴にとっては涙が出るほど懐かしい、醤油と米の香りでした。
金井も最適化の天恵を受けているので、食材を手にすればどう調理すればいいのかわかるらしいと、真琴は知りました。
「どう?真琴さん。やっぱり、これがないと、魂が満たされないでしょう?」
真琴は、黙ってその料理を口に運びました。その瞬間、レイルズやセイブライフの仲間たちと築いた「異世界の居場所」という現実から、自分が「ストーカーに刺されて異世界に転移した」という、故郷の暗い記憶に一瞬引き戻される感覚を覚えました。
柊平は、真琴の表情の微妙な変化を見逃しませんでした。彼は、いつもの陽気な笑いを消し、真剣な、しかし優しい声で語り始めました。
「真琴さん。俺はね、あなたのストーカーの恐怖を知っている。そして、あなたが、その恐怖から逃れるために、必死でレイさんにしがみついていることも知っている」
真琴は、息を呑みました。自分の最も深い孤独と動機を、柊平にここまで見抜かれていることに、恐怖を覚えました。
「あなたは、レイさんを愛している。それはわかる。でも、本当に愛しているのは、彼が提供してくれる『安全な心臓(役割)』という場所ではないかな?」
柊平は、真琴の核心に切り込みました。
「彼らが守りたいのは、セイブライフというパーティの『心臓』であって、上沢真琴という一人の女性ではない。あなたは、その役割に自分を閉じ込めている。そうすることで、過去の恐怖から目を背けているんでしょう?」
真琴は、否定できませんでした。自分がレイルズを愛している気持ちは本物ですが、「心臓」という役割が、彼女の異世界での存在意義であり、最大の防衛線であることも事実でした。
柊平は、真琴の動揺を見て、静かに提案しました。
「真琴さん。俺たち、いっそ二人でパーティを組んで、自由に生きないか?俺は、あなたの過去(秘密)も、あなたの力(攻撃魔法)も、全て肯定できる」
「レイさんたちは、あなたがポーションと支援魔法の『枠』を超えることを、無意識に恐れている。でも、俺は違う。俺は、あなたがオールラウンダーとして、東方の才能を全て解放して、この世界で最も輝くことを望んでいる」
「俺となら、あなたはもう、『心臓』という役割に閉じこもる必要はない。上沢真琴という一人の女性として、心から笑えるんだ」
柊平の言葉は、真琴の心の弱い部分(レイルズが本当に自分自身を見てくれているのかという不安)を突き刺し、真琴は一瞬ぐらつきました。同胞からの心からの理解と、自由への誘惑は、非常に魅力的でした。
しかし、その瞬間、真琴の脳裏に浮かんだのは、先日の「お買い物」デートで、「お前の決意を受け取った」と言って、自分から手を繋いでくれたレイルズの笑顔でした。
真琴は、大きく息を吸い、顔を上げました。瞳には、迷いの色は消えていました。
「金井さん、それは違います」
真琴の声は、毅然としていました。
「私は、レイさんが『心臓』と呼んでくれたからこそ、過去の恐怖を乗り越え、今の私になれたんです。確かに、私の孤独を理解してくれるのは、金井さん、あなただけかもしれない」
真琴は、強い決意を込めて、初めて柊平に感情的な防衛線を引きました。
「でも、私はレイさんを愛している。そして、レイさんが私に役割を与えてくれたからこそ、私はこの世界で生きる意味を見つけられたんです。私の『心臓』は、レイさんとセイブライフに繋がっています。あなたの孤独の共感は嬉しいけれど、私はレイさんの隣を離れるつもりはありません」
柊平は、真琴の固い決意を見て、静かに目を閉じました。しかし、すぐにその顔には、いつもの三枚目の明るい笑顔が戻りました。
「参ったな。上沢真琴。俺、完全に振られちゃったみたいですね!」
彼は大げさに肩を落としました。
「まあいいや!振られてもへこたれないメンタリティが俺の取り柄なんでね!OK!今日のところは保留だね! 誰も、あなたがレイさんを愛していることを否定できないさ」
柊平はそう言うと、真剣な瞳を真琴に向けました。
「でもね、真琴さん。あなたは、レイさんを愛しているなら、もっと強くならないと。あなたが強くなればなるほど、レイさんはあなたを手放せなくなる。そして、あなたの隣にいるのが俺なのか、レイさんなのか、最終的にあなたが選べるように、俺はあなたのオールラウンダーとしての成長を、最後まで手伝いますよ」
柊平は、指導という名目で真琴に近づくことをやめない、という決意を改めて示しました。真琴は、柊平の底知れない執着に、再び不安を覚えながらも、彼とのレッスンの継続を承諾せざるを得ないのでした。




