お買い物デート
護衛任務が終わり、セイブライフ一行が拠点となる街に戻った翌朝、真琴は意を決してレイルズに声をかけました。夜営でのギクシャクした雰囲気を修復し、自分がレイルズを裏切っているわけではない、という気持ちを伝えたい。そのためには、二人の時間が必要だと考えたのです。
「レイさん、少しよろしいでしょうか」
レイルズは、柊平とのレッスンをめぐることで、どこか距離を置かれていた真琴からの突然の声かけに、やや驚いた表情を浮かべました。
「どうした、真琴」
「あの…任務が終わったばかりで恐縮ですが、今日一日、街の買い出しに付き合っていただけませんか?」
真琴は、緊張で頬を赤らめながらも、言葉を選びました。
「最近、ポーションの素材だけでなく、新しい調理器具や、冬用の装備品を見ておきたくて。リーダーに意見を聞きたいんです」
真琴の真意は、明らかにデートでしたが、彼女はそれを「任務の延長」や「リーダーへの相談」という建前で包み込みました。
レイルズは、真琴の真意を測りかねました。いつもの「お買い物」ならダリーやミリヤムと行くはずです。しかし、真琴からの誘いを断る理由も、断る気持ちもありませんでした。
「わかった。午前中なら時間が取れる。リーダーとして、必要なものを見繕う手伝いをさせてもらおう」
レイルズは、戸惑いながらも了承しました。真琴は心の中で安堵し、すぐに柊平に「急な用事ができたので、今日のレッスンは休みます」とダリーに伝言を頼みました。
ぎこちない始まりと、人混みのアクシデント
二人は、まず冒険者向けの装備品店や、市場へと向かいました。最初のうちは、二人の間に、夜営で感じたのと同じぎこちなさが漂っていました。レイルズは終始、真面目なリーダーとして「この防具の耐久性は」「この素材の相場は」と実用的な話に徹し、真琴もそれに合わせて「新しいポーションの材料を」と、建前上の会話を崩しませんでした。
真琴は、「ただのお買い物」になってしまうことに焦りを感じていましたが、その時、二人は最も活気ある大通りへと差し掛かりました。
通行人でごった返す中、真琴は一瞬よそ見をした隙に、横から来た人物と軽くぶつかってしまいました。
「きゃっ!」
体勢を崩した真琴の手を、レイルズが反射的に掴みました。
「真琴、大丈夫か!」
レイルズは、真琴の細い手を、自分の大きな手のひらでしっかりと包み込みました。真琴の目線がレイルズに向けられます。レイルズの瞳には、真琴がぶつかったことへの純粋な心配が浮かんでいました。
レイルズは、真琴の手を掴んだまま、人混みを避けながら言いました。
「すまない。ここから先は、人混みがひどい。はぐれるといけない。このまま行くぞ」
その言葉は、リーダーとしての建前でしたが、レイルズは真琴の手を離しませんでした。真琴は、「はぐれないように」という名目の下、レイルズと手を繋いでいることに、胸の鼓動が速くなるのを感じました。真琴もまた、その手を離そうとはしませんでした。
人混みを抜けた後も、レイルズはなかなか真琴の手を離しませんでしたが、真琴が新しいハーブティーを試したいと提案し、二人は街角の静かなカフェに入りました。手を離した瞬間、真琴は少し寂しさを感じました。
カフェに入ると、二人の間の張り詰めた空気は、少しずつ溶けていきました。
レイルズは、真琴が注文した甘いケーキを見て、
「お前は、そういう可愛いものが好きだな」
と穏やかに微笑みました。
「レイさんは、甘いものはあまりお好きではないですか?」
「いや、嫌いじゃない。ただ、どうも一人では、こういう店に入る習慣がなくてな」
その言葉に、真琴は「私がいれば、一緒に入れる」という意味を読み取り、嬉しくなりました。
真琴は勇気を出して、最近の正直な気持ちを、遠回しに伝えました。
「レイさん、最近、私たちが少しギクシャクしているように感じていました。私が、レイさんにご相談せず、勝手に物事を決めてしまっているせいかと…」
レイルズは、ハーブティーのマグカップを両手で包み、真剣な眼差しを真琴に向けました。
「…真琴。俺は、お前が自立して成長しようとしていることは、リーダーとして誇りに思っている。だが、お前が俺に秘密を抱えていることが、不安なんだ。俺は、お前の心臓を守りたい。それだけだ」
「レイさん…」
真琴は、レイルズの正直な不安に触れ、胸が熱くなりました。
「でも、信じてください。私の秘密は、決してレイさんたちを裏切るものではありません。むしろ、レイさんたちを、もっとしっかり支えるためのものです」
真琴は、真実を言えない代わりに、自分の決意だけを、レイルズに伝えました。
その言葉に、レイルズはゆっくりと頷きました。真琴の瞳の真摯さに、レイルズの心の中にあった疑念の壁が、少しずつ崩れていくのを感じました。
「そうか。お前の決意、受け取った。…すまない。俺も、少し考えすぎたようだ」
レイルズはそう言って、初めてリーダーではない一人の男性として、真琴に心からの笑顔を向けました。
カフェを出る頃には、二人の間にあったぎこちなさは完全に消えていました。真琴が
「今日の買い出し、楽しかったです」
と言うと、レイルズは迷うことなく、自分から真琴の手を優しく掴みました。
「ああ、楽しかった。また、付き合ってくれるか、真琴」
「はい、レイさん」
二人の関係は、ギクシャクした時間を経て、より確かな親密さへと近づいたのでした。




