交錯する思い
秘密の特訓の翌日、セイブライフは隣町までの商隊護衛の任務を受けていました。道中、何度か野盗の襲撃や魔獣の群れに遭遇しましたが、ユーリの推進力と、真琴の緻密な支援、ダリーの防御、そしてレイルズの剣が相まって、すべて撃退しました。
夜。商隊のメンバーが静かに眠りについた中、セイブライフのメンバーは交代で寝ずの番にあたります。深夜になり、レイルズが一人で焚き火の番をしている時間帯、真琴はそっとテントを抜け出しました。
真琴は、先日柊平と秘密のレッスンを行ったこと、そしてレイルズに嘘をついていることへの後ろめたさから、どうにも寝付けませんでした。レイルズに、あの時と同じように優しく声をかけてもらいたい。ただそれだけを求めて、彼女は焚き火へと近づきました。
焚き火のそばに座るレイルズは、真琴の姿に気づくと、薄く微笑みました。
「真琴か。どうした、眠れないのか」
レイルズは、以前と同じように、商隊からもらった珍しいハーブを使って、手際よく温かいハーブティーを淹れてくれました。その慣れた手つきと、ハーブの優しい香りが、真琴の心を少しだけ落ち着かせます。
「ありがとうございます、レイさん。…はい、少し」
真琴はマグカップを受け取り、以前と同じようにレイルズの隣に座りました。しかし、以前のような自然な親密さが、そこにはありませんでした。
レイルズは、真琴が自分の隣に座っているにもかかわらず、どこか遠い存在になったように感じていました。彼女の表情には、レッスンで新しい力を得たことによる自立心が宿っていましたが、それは同時に、レイルズの知らない領域に足を踏み入れたことの距離感でもありました。
(真琴は、俺に言えない秘密を抱えている。あの金井という男と何を話したのか。あの男の「東方の国」という言葉が、真琴にとってどれほど重要なのか。俺は、真琴の過去と成長の、どちらにも立ち入れない。あの日、俺が「いつでも話を聞く」と約束したのに、真琴は金井を選んだ)
レイルズは、真琴の成長を喜びたいはずなのに、柊平の手によってそれがもたらされているという事実に、リーダーとしての安心感と、一人の男性としての独占欲が激しく衝突していました。
彼は、その複雑な感情を隠すため、言葉を選ぶことができず、口を開けば柊平のことに触れてしまいそうで、あえて静寂を選びました。
「…今日の魔獣の群れは、いつもより厄介だったな。真琴の支援魔法のタイミングが良くて助かった」
その言葉は、「金井に負けない、真琴の実力」を認めたいという、レイルズなりの精一杯の褒め言葉でした。
真琴は、レイルズの静かな態度と、ハーブティーを飲むレイルズの横顔を見て、胸が締め付けられるように悲しく思いました。
(レイさんは、怒っているわけではない。でも、どこかギクシャクしている。私が、レイさんに嘘をついているせいだ。私は、レイさんに言えない秘密のレッスンで、レイさんを支える力を得ようとしているのに、その嘘が、私たちを遠ざけている)
真琴は、レイルズに柊平とのレッスンで「攻撃魔法の才能」が開花したことを打ち明け、自分の成長を共有したいと強く願いました。しかし、秘密の理由(一度死んだ件や、同胞の存在)を話せない以上、正直になることはできません。
彼女は、レイルズが自分を信頼してくれているからこそ、その信頼を裏切っていることへの罪悪感で、俯くしかありませんでした。
(レイさんは、私が嘘をついていることに気づいているかもしれない。それでも、追及しないでいてくれる。でも、このままでは、私たち、以前のようには戻れない…)
真琴は、マグカップを両手で包み込み、温かいハーブティーの湯気に、自分の孤独な感情を溶かし込ませようとしました。
静寂の中、焚き火のパチパチという音だけが響きます。二人は隣り合って座っていましたが、秘密の壁によって、その心の距離は、以前よりも遥かに遠く離れてしまっていることを、互いに感じていたのです。




