レイルズの焦燥
宿に戻った真琴は、すぐにレイルズの元へ向かいました。
「レイさん、ただいま戻りました」
レイルズは、真琴の無事な姿を見て安堵しつつも、すぐに真剣な表情に戻りました。
「真琴。おかえり。金井とは、どんな話をしたんだ。奴は、お前を口説こうとしただろう」
真琴は、柊平との間に交わした「同胞」の秘密や、ストーカーの懸念、そして攻撃魔法のレッスンのことは伏せ、事前に決めていた建前を伝えました。
「変なことはありませんでした。ただ、彼は本当に東方の国の人間で、私の持つポーション作りの知識が、この地方の薬草学の基礎と少し違うことに気づいたんです」
真琴は、言葉を選びながら説明しました。
「それで、金井さんは、私の持つ東方の薬草知識を、この地方の魔法にどう活かせるか、指導してくれることになりました。私のポーションの品質を、さらに安定させるために、彼の魔法の知識を借りようと思います」
真琴は、レイルズが重視する「品質の安定」という言葉を使って、柊平との接触を正当化しました。
しかし、レイルズの警戒心は解けませんでした。
「品質の安定なら、お前はすでに最高水準だ。それに、あんな馴れ馴れしい男が、ただで指導をするはずがない。真琴、俺は反対だ。奴の目的は、お前との接触を増やし、口説くことだろう」
レイルズは、強く反対の意思を示しました。彼は、ユーリとの競争は歓迎しましたが、真琴の秘密の領域にまで踏み込もうとする柊平の存在を、本能的に危険だと感じていたのです。
真琴は、このままでは自分の成長の機会を失ってしまうと考え、勇気を出してレイルズを見つめました。
「レイさん。ありがとうございます。でも、私は、彼の話を聞いて、自分の魔法の可能性を広げたいんです。ポーションだけでなく、私自身の力で、もっとレイさんたちを助けられるようになりたい。それに、彼は、私が想像していたほど、悪い人ではありませんでした。彼も、この地方で一人で頑張っている同郷の人です」
真琴が柊平を「悪い人ではない」と庇ったことに、レイルズは一瞬言葉を失いました。真琴が、自分の言葉を信じずに、ライバルの言葉を信じたという事実に、胸の奥でチクリとした痛みが走りました。
レイルズは、真琴の成長への意欲、そして柊平の言動に動かされた真琴の自立心を尊重せざるを得ませんでした。彼は渋々ながらも、重い口調で了承しました。
「…わかった。お前の意志を尊重しよう。だが、約束だ。金井と会うのは必ず街中だけにしろ。そして、奴が少しでも不穏な動きを取ったと感じたら、いつでも言え。俺は、お前の心臓を守ることを、最も重視している。いいな」
そのやり取りを見ていたユーリは、翌朝、真琴に近づき、ニヤリと笑いました。
「ふうん。金井さんと秘密の勉強会?頑張るわね、心臓さん」
ユーリは、真琴の肩を叩いて囁きました。
「でも、私ね、真琴さんが金井にかまけている間に、レイさんの隣をキープして、レイさんをもらっちゃうかもよ?」
ユーリの言葉は挑発的でしたが、真琴の心には以前ほど深く刺さりませんでした。真琴は微笑んで返しました。
「それは、ユーリさんの推進力次第ですね。私は、心臓として、どこにいてもレイさんを支えますから」
しかし、ダリーとミリヤムは、真琴とレイルズの様子を心配そうに見ていました。
「真琴ちゃん、無理しないでね。あんな派手な男、信用しちゃだめよ」
ミリヤムは優しく忠告し、ダリーも腕を組みながら、
「そうだぞ、レイの言いつけは守れよ」
と続けます。
真琴は、皆の心配を和らげようと努めました。
「大丈夫です。金井さんは、見た目ほど悪い人ではないですよ。とても面白いし、知識も豊富です」
その夜。レイルズは、暖炉の火のそばで一人、静かに炎を見つめていました。
(真琴は、俺が何を心配しているか、わかっているはずだ。それなのに、なぜ、あの金井という男を庇うような言い方をしたのだろうか)
レイルズは、真琴が自分を信頼していると信じていましたが、彼女の「東方からの同胞」に対する特別視は、レイルズが触れられない真琴の過去に繋がっているようで、強い焦燥感を覚えました。
そして、何より――真琴が、自分ではない別の男との時間を、「自分の成長のため」だと自立的に選択したという事実に、レイルズは、複雑な心境になる自分に気づきました。それは、リーダーとしての安心感と、一人の男性としての独占欲が、激しく矛盾する感覚でした。
「チッ…」
レイルズは小さく舌打ちをしました。彼の心は、真琴と金井柊平の秘密のレッスンによって、静かに波立ち始めていたのです。




