東方の香りと現れた「同胞」
ユーリの離脱危機という嵐を乗り越え、真琴の「心臓」としての地位が確立されたセイブライフは、再び安定を取り戻しつつありました。真琴は、ユーリに感謝の意を込めて、この日の夕食に、以前ナエルから教わったこの世界の魚を使いながらも、秘蔵の「東方の調味料」を隠し味として加えた煮込み料理を用意していました。
「うむ!真琴の料理はいつも美味いが、今日は一味違うな!」
ドワーフのダリーが豪快に煮込みを頬張り、顔を輝かせます。
「ええ、本当に!この深い、優しい味。まるで故郷の味がするわね、ダリー」
ミリヤムも目を細めて微笑みます。この頃ミリヤムのお腹はふっくらと丸みを帯び、食欲も戻って来ていました。
「真琴、この風味は初めてだ。この国の香草とは違う、不思議な深みがあるな」
レイルズも煙ったような緑の瞳を細めて微笑みました。その視線は、真琴の料理の腕だけでなく、彼女自身に向けられた、心からの賞賛でした。
真琴は照れながらも、内心で安堵していました。ポーションの件といい、料理の件といい、自分の居場所が確固たるものになっていることを実感していました。
その時、宿屋の食堂の扉が開き、一人の青年が入ってきました。黒い髪に、この世界では珍しい黒い瞳。顔立ちは整っていましたが、周囲を顧みない明るい雰囲気を纏っていました。
彼の視線は、すぐにセイブライフのテーブル、特に真琴と、彼女のテーブルから立ち上る料理の匂いに引きつけられました。
青年は、陽気で馴れ馴れしい足取りで、真琴たちのテーブルに近づいてきます。
「おや、これはこれは!賑やかですねえ!盛り上がってますねえ!」
彼は真琴の皿を覗き込み、一瞬、その整った顔に驚愕の色を浮かべた後、すぐに満面の笑みへと切り替えました。
「って、ん?この匂い…まさか!味噌の匂いじゃねえか!」
真琴は、彼の言葉を聞いた瞬間、心臓が跳ね上がりました。レイルズたちが不思議そうな顔をする中、青年はさらに言葉を重ねます。
「この煮込み、もしかして出汁使ってます?この世界にはないはずの、あの昆布出汁の香りがする。いやあ、懐かしい!」
真琴の顔は青ざめました。彼は、真琴が必死に隠してきた秘密の調味料を、たった一嗅ぎで完璧に言い当てたのです。真琴は咄嗟に「あ、あの、これは、東方の国から輸入された…」と、過去と同じ苦しい言い訳をしようとしました。
青年は聞きました。
「君、名前は?」
真琴は上擦りながら、
「上沢真琴です…」
と答えました。
青年は真琴の動揺を見抜き、ニヤリと笑いました。そして、周囲には聞こえないよう、真琴だけに届くように日本語で囁きます。
「上沢真琴さん。その名前、そしてその味……。同胞でしょう? 初めまして。日本の飯は美味いでしょう?」
と言いつつ、真琴の皿を人さじすくい味わいました。
真琴は、耳に入ってきた母国語に、全身の血の気が引くのを感じました。異世界に来て初めて聞く、この世界では絶対に出会うはずのない言葉。それは、喜びであると同時に、秘密を暴かれた極度の恐怖でした。
青年はすぐに陽気な笑顔に戻り、周りに向かって手を振ります。
「いや、このお嬢さんの腕は最高だね!俺の舌を唸らせた!ぜひお近づきになりたいもんだ!」
レイルズは、真琴が彼の登場以来、不自然なほど動揺していること、そして、彼が真琴に何か秘密めいた言葉を囁いたことに気づき、すぐに警戒心を高めました。レイルズは真琴を庇うように、静かに、一歩前に出ました。
「失礼。貴方は?」
青年は、レイルズの警戒心を意に介しません。明るく面白い三枚目の顔で、馴れ馴れしく手を差し出し、握手を求めます。
「いやいや、失礼。俺は金井柊平。パーティー『流星の雫』所属の魔術師です。真琴さんの、魂を理解できる、数少ない人間の一人ですよ!」
柊平はレイルズの視線を真っ向から受け止めると、そのまま真琴にウィンクしました。
「レイさん、彼女、俺が貰っちゃってもいいですか?奥さんじゃないんでしょう?魔術師の彼女、ちょうど欲しかったんだよね!ははは!」
柊平は、レイルズの心中を見透かしたかのように軽くいなしました。その図太く、人懐っこい態度は、レイルズの静かな警戒心をさらに強く刺激しました。
真琴は、レイルズの背中に隠れるように立ち尽くし、柊平の出現が、セイブライフにもたらす波紋の大きさに、ただ慄然とするしかなかったのです。




