心臓の呼びかけ
レイルズは真琴の目を見た。そこには、以前の怯えや、ユーリに対する遠慮は微塵もなく、ただ仲間を繋ぎ止めたいという強い意志と、自分の役割への確信が宿っていた。レイルズは頷いた。
「わかった、真琴。だが、気をつけろ。ユーリは今、深く傷ついている」
「はい」
真琴は立ち上がり、ユーリが去った扉へと急いだ。ダリーとミリヤムは、真琴の背中を、祈るような眼差しで見送った。
宿のユーリの部屋には灯りが煌々と灯っていた。ユーリは、手早く荷物をアイテムボックスに仕舞い、すぐにでも発とうとしている様子だった。
真琴は、部屋の入口で立ち止まり、息を整えてから声をかけた。
「ユーリさん!」
ユーリは振り返りもせず、冷たい声で返した。
「何?レイさんに言われて、引き止めに来たの?もう決めたことよ。無駄な時間よ、真琴さん」
「レイさんには頼まれていません。私が、話したいんです」
真琴は一歩、部屋の中に踏み込んだ。
「私は、ユーリさんに感謝しています。そして、必要だと思っています」
ユーリは荷物から手を止め、ようやく真琴の方を向いた。その藍色の瞳には、戸惑いと、隠しきれない傷が浮かんでいた。
「感謝?必要?馬鹿にしないで。私があなたに負けたから、同情しに来たの?あなたは、私の推進力を、自分の心臓の優位性を保つための道具だと思っているんでしょう!」
ユーリの声は、普段の活発な調子を完全に失い、激情が滲み出ていた。
真琴は、感情的になっているユーリに対し、あえて冷静に、しかし心からの言葉を続けた。
「違います。私は、ユーリさんの推進力を、心臓を守るための壁だと思っています。そして、ユーリさんの推進力は、私の心臓の力なしでは、不完全なんです」
真琴は、アイテムボックスから、昨日完成させたばかりの新しいポーションを取り出した。それは、従来の治癒ポーションよりも淡く輝き、真琴の天恵がもたらす最高の品質を誇っていた。
「ユーリさん。あなたは、今日、崩落事故の時に集中力を乱しました。そして、私に防御支援とディレイを要求しました。それは、あなたの推進力が、私の支援を頼りにしている証拠です」
「あなたの戦闘は、早すぎて、誰にも追いつけません。もしあなたが一瞬でも怪我を負えば、普通のヒーラーの治癒魔法では間に合わない。ポーションも、間に合わないかもしれない」
真琴は、ポーションをそっとユーリの目の前に置いた。
「だから、私は、ユーリさんの推進力の速度に追いつけるように、この治癒ポーションを、飲むだけで五秒間だけ治癒効果が五割増しになるバフをかける、新しい薬剤を作りました」
「ユーリさんの推進力が最速であるなら、私の心臓も、最速で命を救う必要があります。私の力は、あなたを最速で支えるためにあります」
真琴は、ユーリの目を真っ直ぐに見つめ、「心臓」として、「真琴という個」として、初めてユーリの才能に真正面から対峙した。
「あなたは、私の心臓がなければ、立ち止まってしまう。私は、あなたの推進力がなければ、安全な場所に留まり続けることしかできない。レイさんは、私たちに『競争』を望んだのではありません。『最高の自分』を、『最高の相手』にぶつけ、『最高の連携』を望んだんです」
ユーリは、真琴の言葉と、目の前のポーションを見つめました。彼女は、真琴が自分の敗北の上に胡坐をかくのではなく、自分の才能を活かして、ユーリ自身の弱点と才能を補おうとしていることに気づきました。
ユーリは、「誰もが私の推進力に感謝しろ」と要求していましたが、真琴は「あなたの推進力には、私の心臓が必要だ」と、自分の命綱を差し出してきたのです。
ユーリの目から、一筋の涙が流れました。勝ち気でさっぱりとした彼女が、人前で感情を露わにするのは初めてでした。
「…真琴さん」
ユーリの声は震えていた。
「ずるいじゃない。私が、自分のプライドのためにパーティーを抜けようとしているのに、あなたは、パーティーのために、私を引き止めに来るなんて…」
ユーリは、力なく笑いました。
「私、レイさんに認めてほしかったのよ。あなたみたいに、特別に優しくされるんじゃなくて、実力で。でも、私には、あなたみたいな揺るぎない心臓が、足りなかったのね」
ユーリは、床に置いてあったアイテムボックスの蓋を閉じるのをやめました。そして、真琴が差し出したポーションを手に取り、その輝きをじっと見つめました。
「レイさんに理由を聞かれるのが怖かったの。私の集中力が途切れた理由なんて、言えるわけないでしょう……」
真琴は、静かにユーリのそばに座り、ただ寄り添いました。
翌朝。
セイブライフのメンバーが朝食のために集まると、ユーリがいつもの席に座っていました。彼女は、いつもの活発な笑顔を浮かべていましたが、その瞳の奥には、前日までの焦燥はありませんでした。
「おはよう、レイさん。真琴さん」
レイルズは、驚きと安堵の表情を浮かべました。
ユーリは、レイルズに向かって言いました。
「レイさん。昨日の件、すみませんでした。私の集中力が乱れたのは、真琴さんの心臓の音が聞こえなかったからです。これからは、真琴さんの心臓の音をよく聞いて、推進力をコントロールします」
そして、ユーリは、隣に座った真琴に新しいポーションの瓶を差し出しました。
「真琴さん。この超加速バフ付き治癒ポーションのテスト、付き合ってくれる?私の推進力を、さらに高められるか、やってみましょうよ!」
真琴は微笑んで、頷きました。
レイルズは、二人の間に生まれた、新しい信頼の絆を見て、心から安堵しました。
「ああ。よく言ってくれた、ユーリ。真琴、ユーリ。これからは、二人でセイブライフの未来を支えてくれ」
レイルズの瞳には、リーダーとしての安堵だけでなく、真琴の勇気ある行動への、深い尊敬と、そして愛情に似た感情が満ちていました。ユーリという最大のライバルとの対決を通じて、真琴の心は、異世界で最も強く、美しい光を放ち始めたのです。




