新たな決意
レイルズ・カリマンは、真琴のフードの奥、薄茶色の瞳をまっすぐに見据えていた。彼の煙ったような緑の瞳には、一切の迷いがない。
「どうか、俺たちのパーティーに入ってくれないか、上沢真琴。君の力、特にその精製魔術と、いずれ戦闘で開花するであろう支援魔法と攻撃魔法の才能が必要だ」
真琴は言葉を失った。目立たないように、誰とも深く関わらないように、ひっそりと生きてきた半年間。それなのに、この男は、自分の最も隠したい「魔法」の潜在能力を見抜いている。
「……なぜ、そこまで、私を知っているんですか?」
真琴の問いに、レイルズは薄く笑った。
「君が裏路地の露店にいることは噂で知っていた。だが、君の力を見抜いたのは、偶然だ」
レイルズは話を続けた。数日前、真琴の隠れ家近くの森で魔物の討伐をしていた際、彼は偶然、真琴が魔法の訓練をしている場面を目撃したという。
「君は、小さな火球を放っていたな。すぐに霧散して、地面に焦げ跡一つ残らなかった」
真琴は羞恥に顔を赤くした。まさにその通りだ。あれは、戦闘魔法の訓練の成果がほとんど出ない、失敗に近い練習だった。
「あれを見て、どうして私に才能があるなんて言えるんですか……?」
「威力じゃない。込められた魔力量だ」
レイルズは一歩踏み出した。
「君が放ったあの火球には、並みの魔術師の十倍以上の魔力が込められていた。それが、君の意志とは裏腹に、制御できずに霧散しただけだ。効率は最悪だが、裏を返せば、君の魔力生成能力は異常に高い。もしその力を制御できれば、君は、この世界でも指折りの後衛になれる」
彼は、真琴の精製魔術の天才性だけでなく、戦闘魔法における圧倒的な潜在能力を見抜いていたのだ。そして、何より、目立たないことを信条とする真琴が、危機に時に備えて地道な訓練を続けている思慮深さと行動力も評価していた。
レイルズの言葉は、真琴の心を揺さぶった。彼の瞳の奥には、真琴が高校時代に淡い恋心を抱いた、あの思慮深い少年と同じ真摯さがあった。
(似ている……。本当に、彼に似ている)
真琴の初恋の相手は、卒業を境に、自然と連絡が途絶えてしまった。勇気を出して繋ぎとめることができなかったのは、大人しい真琴の性分だった。後悔はなかったが、いつか再会して、あの続きを話したいという淡い願いだけは、消えていなかった。
(この人に、もう少し会ってみたい。彼のことを、もっと知りたい。このままで終わりたくない。)
もし、この世界で、もう一度、初恋の彼に似た人と関われる機会があるのなら。
真琴は、フードの縁をぎゅっと握りしめた。目立つこと、危険なことに身を投じるのは、本意ではない。だが、今の自分は、生きていくだけで精一杯だ。強力な冒険者パーティーの庇護を受けられれば、安全が確保できる上に、苦手な戦闘魔法の訓練を積むこともできる。
そして何より、レイルズという人物への興味が、彼女の消極的な性格に打ち勝った。
真琴は意を決し、フードの奥から、はっきりと答えた。
「わかりました、レイルズさん。私でよければ、パーティーに入ります」
レイルズの口元に、満足そうな笑みが浮かんだ。彼の金色の髪が、路地裏のわずかな光を反射して輝く。
「ありがとう、真琴。歓迎する。俺のパーティーは、君を戦力として扱う。さあ、まずは拠点へ行こう。改めて、君の能力と、俺たちの目標を話す必要がある」
真琴の、異世界での「目立たない」生活は、今、終わりを告げた。彼女は、初恋の面影を追って、危険と未知に満ちた冒険者の道へと、一歩を踏み出したのだった。




