ユーリのプレッシャー
翌日。
真琴は朝食後、レイルズと、昨日話す約束をしていた支援魔法の戦略について、詳細を詰めていた。ナエルから教わった組み合わせが、現在のセイブライフの構成で最も効果を発揮する手順を確認し合う。レイルズの真剣なまなざしは、真琴の意見に真摯に耳を傾けている証であり、彼女に確かな安心感を与えた。
その様子を、ユーリは少し離れた場所で見ていた。藍色の瞳の奥に、わずかな焦燥感が宿る。レイルズが真琴の知識と献身を評価していることは明白で、ユーリの心は穏やかではなかった。
「さあ、準備はできたな。今日は『嘆きの坑道』の比較的簡単な階層だ。素材集めと、新戦術の試運転も兼ねるぞ」
レイルズが号令をかける。
皆は、道々雑談をしながら歩いて行った。
ダンジョン内は、冷たく湿った空気に満ちていた。レイルズを先頭に、ダリーがその横を固め、真琴とユーリが後衛を務める。真琴は支援魔法の詠唱をいつでも行えるよう、神経を集中させていた。
通路を順調に進み、最初の広間を抜けたときだった。レイルズが次の角を曲がろうと指示を出そうとした、その寸前。
「レイさん、ちょっと奥に魔物の気配を探ってきますね!私が索敵しちゃった方が早いでしょう!」
ユーリは、レイルズの制止を待たずに、金色のショートカットを揺らしながら、独断で角を曲がり、先陣を切ってしまった。彼女の活発さが、今は規律を無視した独断専行という形で現れたのだ。
「ユーリ!戻れ!」
レイルズの声が通路に響くが、ユーリは足を止めない。
角の向こうから、複数体の魔物の唸り声が聞こえてきた。ダリーが構える。次の瞬間、ドオォン!という轟音とともに、閃光が通路の奥から迸った。ユーリの強力な攻撃魔法が炸裂した音だ。
ユーリはすぐに、何事もなかったかのように、得意げな顔で戻ってきた。
「ほら、簡単でしょう?もう片付きましたよ」
そして、ユーリは笑顔で真琴に向き直った。その笑顔の裏に隠された意図を悟り、真琴は身を硬くする。
「真琴さんは、後ろで安全に支援魔法の準備をしていてくれれば大丈夫ですよ。こういうのは、私に任せて」
真琴の耳には、その言葉が、
「臆病なあなたは前線には不要だ」「私の実力があればあなたの支援など不要だ」
という、遠回しな牽制として響いた。
レイルズの顔は、先ほどまでの穏やかさを失い、険しい表情になっていた。
「ユーリ」
レイルズの低い声が、ダンジョン内の空気を震わせた。
「二度と独断で動くな。パーティーの連携を乱すことは、命を軽んじることだ。セイブライフは、命を大事にするパーティーだぞ」
ユーリは唇を噛んだ。自分の実力を誇示したかったのに、レイルズが咎めたのは、その結果ではなく、規律だった。
「真琴が後ろで支援魔法を準備している間に、君が勝手に先走って被弾したら、真琴の治癒魔法を無駄に使わせることになる。それは、パーティーの命綱であるポーションや治癒魔法の浪費だ。君の行動は、セイブライフの目的と真逆だと理解しろ」
レイルズは、ユーリの実力ではなく、彼女の行動がパーティーの連携と、そして真琴の役割にどのような悪影響を及ぼすかを指摘した。それは、ユーリの自尊心を再び深く傷つけるものだった。
「…すみません、レイさん」
ユーリは、勝ち気な性格ゆえに、言い訳一つせず、怒りを奥底に押し込めて一言だけ謝罪した。
レイルズは、真琴に視線を向けた。その眼差しは「大丈夫か」と問いかけているようだった。真琴は、小さく頷き、レイルズが再び自分を守ってくれたことに、安堵と、そして感謝の念を抱いた。
しかし、ユーリの強いプレッシャーを肌で感じた真琴は、同時に、決意を新たにした。
(ユーリさんの実力は、本当にすごい。私よりもずっと、攻撃魔法に長けている。だからこそ、私は私にしかできないことを、完璧にやり遂げなければならない。そして、もう、レイさんに守られてばかりではいけない)
真琴は、アイテムボックスからポーションを取り出す速度、支援魔法の詠唱速度を心の中で繰り返しシミュレーションし、より一層の努力を誓うのであった。




