レイルズの決断
翌日も、セイブライフはダンジョンに潜ることになった。真琴は、ナエルに会いたいと思いながらも、今はパーティーの仕事が優先だと、諦めて出立した。
ダンジョンへの道中、ユーリは昨日と変わらずレイルズに話しかけ、積極的に会話の中心を占めた。
「レイさん、昨日のフロアの魔物の特性について、私、少し調べてみたの。私たちの炎魔術なら、もっと効率的に……」
自然とレイルズとユーリの距離が近くなるため、真琴は必然的にダリーの隣を歩くことになった。
「真琴、今日もよろしくな!」
ダリーは豪快に笑いかける。
ダリーは、生まれてくる赤ちゃんの話で頭がいっぱいだ。
「なぁ、真琴。お前、女だからわかるだろ? ベビーベッドは木製がいいか、それとも頑丈な鉄がいいか?俺はな、赤ん坊がハイハイするようになったら、まず『小さなダリー専用の盾』を作ってやるんだ!」
「ふふ、ダリーさんらしいですね。赤ちゃんには、優しい木のベッドが良いと思いますよ。防御魔法は、後でミリヤムさんが教えてくれますから」
真琴は、ダリーの無邪気な喜びを聞いているうちに、自然と心が和んだ。ダリーは、レイルズへのアプローチの件など、一切気にせず、ただ真琴を仲間として信頼している。その温かさが、真琴の心を落ち着かせた。
ダンジョンに入ると、ユーリは完璧な働きを見せた。攻撃魔法は強力で正確であり、真琴は、自分の治癒や支援に集中することができた。真琴自身も、ユーリに負けまいと、与えられたポーションの供給や支援魔法を、寸分違わず完璧にこなした。
討伐を終え、真琴が魔石をアイテムボックスにしまう作業をしていると、レイルズが近づいてきた。
「真琴、今日の君の動きは完璧だった。支援魔法のタイミングも、ポーションの供給も、一点の隙もなかった。ユーリにも負けていないぞ」
レイルズの真っ直ぐな褒め言葉に、真琴の顔はぱあっと明るくなり、心から喜びが湧き上がった。
(レイさんが、私の働きを認めてくれた……!)
真琴が、何か言葉を返そうとした、まさにその瞬間だった。
「レイさん! 見て! この魔物の角、珍しいわよ。私が手に入れたんだから、レイさんの新しい剣の素材にできないかしら?」
ユーリが、獲物の一つである魔物の角をレイルズに見せながら、再び会話に割って入ってきた。ユーリは、真琴の喜びなど全く見ていない。彼女の視線は、ただレイルズに注がれている。
真琴は、胸の中に湧いた喜びの光が、あっという間に消えていくのを感じた。そして、反射的に一歩下がり、ユーリとレイルズの背後に引っ込んでしまった。
レイルズは、ユーリに応じながらも、背後の真琴の気配が遠ざかったことに気づいた。その瞬間、レイルズの心には、強い焦燥感が生まれた。
(いけない。真琴がまた、怯えている。せっかく褒めて、自信を取り戻しかけたのに、ユーリが来るだけで、また壁を作ってしまう)
レイルズは、ユーリの仕事ぶりは評価できるが、このままでは真琴の居場所が失われてしまうと確信した。ミリヤムの代わりを探す前に、真琴という「守るべき仲間」を失っては本末転倒だ。
レイルズは、この問題を解決しなければならないと、決意した。
その夜、打ち上げの席でも真琴は大人しかった。食後、レイルズは意を決して真琴を呼び出した。
「真琴、少し、外で話さないか」
二人は、静かな宿の裏庭へと出た。
「あの……何か、ご迷惑をかけましたか?」
真琴は緊張して尋ねる。
レイルズは、真琴の顔をしっかりと見た。
「違う。迷惑なんてかけていない。むしろ、君は今日の討伐で、完璧な仕事をしてくれた。だからこそ、聞きたいんだ」
レイルズは、真琴が再び引っ込み思案になっていることに触れた。
「真琴。君は、なぜユーリと話す時や、誰かと話す時に、一歩下がるんだ? 君は、もう十分に実力がある。俺たちの命を守る、重要な魔術師だ。引っ込む必要なんて、どこにもないだろう?」
真琴は、レイルズの優しくも真剣な問いに、涙が滲むのを感じた。
「すみません……私、ユーリさんみたいに、明るく振る舞えなくて。私は、つい、自分が目立つと、誰かの邪魔になるんじゃないかって思ってしまって……」
真琴は、自己嫌悪の感情を吐き出した。
「昨日も、ミリヤムさんに体調が悪いのに気を遣わせてしまいました。私、ユーリさんのように完璧じゃないのに、ここにいていいのかって……。自分が、劣っているように感じてしまうんです」
レイルズは、真琴の手をそっと握りしめた。
「真琴、よく聞いてくれ。君は、誰の邪魔にもなっていない。君のポーション、君の治癒、君の存在そのものが、このセイブライフの土台だ。ユーリは優秀だが、君の代わりにはなれない。君の持つ、俺たちを心から気遣う優しさは、誰にも真似できない」
「レイさん……」
レイルズが真琴を励まし、二人の距離が再び縮まりかけた、その時だった。
「レイさん? ここにいたのね。あなたに渡したい資料があるんだけど」
ユーリが、二人の親密な空間に、遠慮なく入ってきた。
真琴は、咄嗟にレイルズの手を離し、再び後ろに下がろうとした。
「真琴、動くな」
レイルズが真琴の手を再び握りしめ、その場に留まらせた。
レイルズは、真琴を自分の背後に庇うように立ち、ユーリをまっすぐ見据えた。
「ユーリ、悪いが、今、真琴と大事な話をしている。仕事の資料なら、明日にしてくれ」
レイルズは、穏やかながら、強いリーダーとしての威厳を込めて言った。
「ユーリ。君の仕事の能力は認めているが、パーティーの人間関係を乱すような行為は控えてくれ。真琴は、このパーティーにとって、かけがえのない、守るべき仲間だ。彼女に、余計な不安を与えることは、俺が許さない」
レイルズは、真琴の前で、ユーリに明確な「釘」を刺した。それは、真琴の居場所を「公的」に守るという、リーダーとしての意思表示だった。
ユーリは、レイルズの真剣な表情と、彼が真琴の手を握っていることに気づき、一瞬、目を見開いたが、すぐに表情を取り繕った。
「……わかったわ、レイさん。ごめんなさい。邪魔をするつもりじゃなかったの」
ユーリはそう言って、憮然とした表情でその場を去っていった。
レイルズは、ユーリが去るのを確認してから、真琴に向き直った。真琴の目には、再び涙が溢れていたが、それはもう、自己嫌悪の涙ではなかった。
「真琴。遠慮する必要はない。この場所は、君が戦う場所だ。俺が、君の居場所を守る」
レイルズの言葉と、その温かい手の感触が、真琴の心を深い安堵と喜びで満たした。真琴は、レイルズへの恋心だけでなく、彼への絶対的な信頼と感謝を改めて噛みしめた。




