半年の日々
真琴は、街から少し離れた森の洞窟を隠れ家にした。
最初に直面したのは言語の壁だったが、神殿で目覚めた際に、真琴の頭には基本的な言語ルールと単語のいくつかが刻み込まれていた。街で人の話を盗み聞きし、露店に並ぶ商品の名や数字を学ぶうちに、半年で簡単な会話ができるまでになった。
そして、ポーション作り。真琴の体内に流れる魔力は、調合において驚くほどの親和性を示した。レシピの知識は頭に入っていなかったが、薬草を手に取ると、どう組み合わせれば何ができるかという「感覚」が溢れてくるのだ。
試行錯誤はしたが、他の魔法使いが一週間かけて作るポーションを、真琴は一晩で、しかも高い純度で仕上げることができた。彼女は、その品質の高さから、『精製』に特化した稀有な魔法使いであることを自覚した。
ポーションを裏路地の露店で売ることで、真琴は生活費を稼ぎ、目立たない存在として街に溶け込んだ。
しかし、彼女は自分の身くらい守れるようになりたい。前世であんな事があったんだから、と感じていた。
「何かの時の為に支援魔法と攻撃魔法も、訓練しなきゃ……」
真琴の潜在的な魔力量は大きい。だが、彼女の魔法の才能は「精製」に偏っているため、戦闘系の魔法は、まるで初心者レベルだった。
真琴は、ポーション作りの合間に、森の奥で、戦闘の助けになる『身体能力強化』などの支援魔法や、小さな『火球』を放つ攻撃魔法の練習を続けた。魔力は容易く集まるのに、それを効果的な形にするためのイメージの具現化が、ひどく難しかった。
手を緑色に光らせても、自分の足が速くなる感覚はわずかだ。火球も、すぐに霧散してしまう。これは才能がないのではなく、単に「経験値」が不足しているのだ、と真琴は己に言い聞かせた。それでも、地道な訓練は、彼女の魔力の安定には貢献していた。
異世界に来て、半年が経った頃。
今日も真琴が、慣れた手つきでポーションを陳列していた、薄暗い路地裏に、一人の男が現れた。
短く切り揃えられた金髪。煙ったような緑の瞳は、真琴の瞳と同じく色素が薄いが、その奥には強い意志と、深い思慮深さが宿っているのが感じられた。
(あの人……)
真琴の心臓が、微かに跳ねた。彼の顔立ちは、黒髪黒目だった高校時代の初恋の相手と、骨格や目元の雰囲気が驚くほど似ていたのだ。
男は、真琴の露店の前で立ち止まり、その緑の瞳で、フードの奥の真琴をじっと見つめた。彼は、名を馳せる冒険者パーティーのリーダーの一人、レイルズ・カリマンといった。
「噂通りだな、ポーション屋。君が作る回復薬は、この街で一番だ。そして、君自身が、かなりの魔力を隠し持っている」
レイルズは、真琴の商売の腕前だけでなく、真琴自身の魔法の才能と、目立たないように振る舞う真琴の意図を見抜いていた。
行動力のある彼は、噂と観察力だけを頼りに、ひっそりと生きる真琴を探し当てたのだ。
彼は、真琴の前に立ち、まっすぐに視線を合わせて、言った。その声は静かだが、真琴の心を揺さぶるものがあった。
「どうか、俺たちのパーティーに入ってくれないか、上沢真琴。君の力、特にその精製魔術と、いずれ戦闘で開花するであろう支援魔法と攻撃魔法の才能が必要だ」




