工房の訪問
スライムロードとの戦闘の次の日。ダリーとレイルズの装備は、酸液で部分的に腐食し、補強が急務となっていた。二人はナエルの夫、アルベルトの工房へ向かうことになった。
「ダリーと俺の装備を見てくる。真琴はゆっくり休んでいてくれ」
レイルズが真琴に告げた。
真琴はここぞとばかりに食いついた。
「私も、行ってもいいですか? ナエルさんに、ハイポーションを渡したいんです」
真琴の言葉に、レイは少し驚いた表情を見せた。
「真琴、一人で留守番は心細いか? 無理に付き合う必要はないぞ」
レイルズは、真琴がナエルが抜けたことで、まだ不安を感じているのだろうと慮った。真琴は首を振る。
「いえ、心細いわけじゃないんです。ナエルさんに、直接、お礼が言いたいので」
真琴の真摯な態度に、レイルズは微笑んで了承した。
「わかった。では、一緒に行こう」
その様子を見ていたダリーが、真琴とレイルズの間に割って入った。
「なんだとレイ! 真琴だけ連れて行くつもりか!俺だって、女連れで行きたいわ! ミリヤム、お前も来い! 予算の管理もできるだろ!」
「あら、ダリー。私を『予算管理のための召使い』とでも言いたいのかしら?」
ミリヤムが優雅に眉を吊り上げる。
「違う! お前がいないと、俺が工房の美人のお姉さんたちにデレデレしないか、心配なんだろ! 素直じゃねぇな、チビエルフ!」
ダリーがニヤニヤしながらミリヤムをからかう。
「誰が心配よ! あなたの浮気防止に目を光らせておくだけよ! 真琴さん、行きましょう。このドワーフは放っておくと、すぐに変な剣を衝動買いするから」
こうして、装備の補強という名目にもかかわらず、『セイブライフ』は全員でアルベルトの工房を訪れることになった。
アルベルトの工房は、街でも一、二を争う規模で、熱気と金属の匂いに満ちていた。アルベルトは、ナエルが作ったハイポーションを真琴から受け取り、心から感謝してくれた。
酸液で傷んだ鎧を検分したアルベルトの見立てでは、新調すると高額になるため、予算重視のスローライフには不向きだという。
「レイさん、ダリーさん。この鎧は、一度酸で侵食された部分を削り、別の素材を重ねて熱を加え貼り合わせ、その上から強化魔法をかけるのが最善です。数日預からせてください」
アルベルトが真面目な顔で提案した。
「助かる。流石、ナエルの選んだ男だな」
レイルズが頷く。
一方、剣については、レイの愛剣もダリーのブロードソードも、酸液の侵食により微細な歪みが出ており、このまま使用すると強度が弱くなることが判明した。
「剣は、打ち直すより新調したほうが、強度の安心があります」
アルベルトが言うと、ダリーは目を輝かせた。
「よし! 新しい剣だ! レイルズ! 最高に派手でデカい剣を買うぞ!」
「待てダリー。予算と、お前の体格に合ったものを探すんだ」
男性陣が、壁にかけられた剣を物色する横で、女性陣は話に花を咲かせていた。
真琴、ミリヤム、ナエルの三人は、工房の隅でお茶を飲みながら、積もる話をしていた。
「新婚生活はどうですか、ナエルさん? 一緒に住んでみて、何か『違う』と感じたことはなかったですか?」
真琴が遠慮がちに尋ねた。
ナエルは幸せそうに笑った。
「うふふ、もちろんあるわよ。アルベルトは、工房では頼もしいのに、家だとお茶すら自分で淹れないの。でも、私が淹れるとすごく美味しいって褒めてくれるから、許しちゃう」
「あら、ダリーと同じだわ。あのドワーフ、私がいなければ一日中水とエールだけで過ごすわよ!」
ミリヤムは口では文句を言いながら、ナエルと顔を見合わせて笑う。
「でも、ナエルさん。アルベルトさんは、夜空のランプを飾ってくれましたか?」
真琴は、レイルズの贈り物のその後が気になっていた。
ナエルは、嬉しそうに頷いた。
「ええ。毎晩、寝室で使っているわ。あの星空と香りが、本当に安らぎをくれるの。レイらしい、思慮深くて優しい贈り物だわ」
ナエルとミリヤムは、真琴の顔を見て、意味ありげな視線を交わした。
ミリヤムは、ふと思い出したように真琴に尋ねた。
「そういえば真琴さん、スライムロードの時、一瞬怯んだけど、すぐに魔法を打てたってレイが話していたわ。何があったの?」
真琴は、素直に打ち明けた。
「あの時、確かにまた体が固まりかけました。でも、レイさんの『魔法を止めないで』という声を聞いて、レイさんが私を守ってくれること、そして、私もレイさんを守りたいと思ったことを思い出して……すぐに気持ちを立て直せました」
ナエルは、深く頷いた。
「素晴らしいわ、真琴。あなたが恐怖を乗り越えるトリガーは、『誰かを守りたいという意志』になったのよ。そして、あなた自身が、レイにとって守りたい存在だと、心から信じられるようになったからよ」
真琴は、ナエルの言葉に胸が熱くなった。
話がひと段落した頃、レイルズとダリーが新しい剣を携えて戻ってきた。
ダリーは、予算を大幅にオーバーしかけたものの、ミリヤムの厳重な監視のおかげで、性能と予算のバランスが取れた剣を選べたようだ。
「くそっ、ミリヤムがうるせぇから、これにしたぜ! でも、まぁ、この剣も俺に相応しい切れ味だ!」
ダリーは、新しいブロードソードを自慢げに肩に担いだ。
レイは、落ち着いたデザインで、長年の相棒にふさわしい頑丈そうなロングソードを選んでいた。
「アルベルト。色々と世話になった。代金だ」
レイルズが代金を支払おうとすると、アルベルトは苦笑した。
「いえ、レイさん。ナエルと私に、皆さんから色々と温かいお祝いをいただいたので。この剣の代金は、少しですが値引きさせていただきます。これからも、妻をよろしくお願いします」
アルベルトの心遣いに、一同は感謝した。
「また、すぐに遊びに来ますね、ナエルさん」
「ええ、いつでも歓迎するわ、真琴」
全員で別れを告げ、真琴たちは、新たな武器と、友情の温かさを胸に、街へと帰っていった。




