魔術師として独り立ちの第一歩
ナエルの結婚式から二日後、『セイブライフ』は新たな体制でダンジョン『苔生す洞窟』に潜ることになった。目標は、前回よりも深い二十階層までの素材集めだ。
集合した四人を前に、レイルズが落ち着いた声で口を開いた。
「ナエルが抜けた。彼女が担っていた攻撃とサポートの役割を、これからは真琴が一人で担うことになる」
レイルズは皆の顔を順に見つめ、最後に真琴を見た。
「気を引き締めて行こう。真琴、君の精製魔術は、俺たちの命綱だ。そして、戦闘では、無理をする必要はない。皆で君を守る。だから、安心して後衛としての役目を果たしてほしい」
真琴は、緊張しながらも力強く頷いた。
「はい、レイさん。頑張ります」
レイルズの指示通り、隊列は変わらず、前衛にダリーとレイルズ、後衛にミリヤムと真琴だ。
十階層までは、真琴の訓練の成果もあり、順調に進んだ。真琴は、支援魔法と攻撃魔法を使い分け、パーティーの動きを止めないように常に意識した。特に『魔力障壁』の発動は反射レベルになり、不安で固まる間を与えずに済んだ。
――十六階層、十七階層……
深く潜るにつれて、魔物の強度は増すが、目標はあくまで「無理せず稼げるスローライフ」だ。危険な魔物との遭遇を避けて、素材の量が多い場所を選び、地道に集めていく。
「真琴のポーションのおかげで、回復時間が短くて済むぜ! ナエルの分まで頑張れよ!」
ダリーが、豪快な笑顔で真琴に声をかける。
「真琴さん、疲れてない? 治癒が必要な時は言ってね」
ミリヤムも優しく気遣う。
仲間たちの信頼と温かさが、真琴の心を支えていた。
ついに、目的地の二十階層に到達した。そこは、濃い霧に包まれた広大なフロアだった。
「フロアボスがいるぞ。準備しろ」
レイルズが剣を構える。
フロアボスの名は『酸液の粘獣』。全身が強酸の液体でできた、巨大な魔物だ。
戦闘が始まると、粘獣が放つ酸液が、ダリーの盾やレイの剣を容赦なく侵食していく。
ダリーが粘獣の攻撃を受け止めるたびに、ジュッという不快な音と共に、鎧が溶けていく。ミリヤムの治癒魔法も、体表の酸液を中和するのに手一杯だ。
(酸液が溶かしていく……怖い。このままじゃ、ダリーさんの鎧が!)
真琴の心に、再び恐怖が顔を出した。この魔物は、以前のゴーレムとは違う、陰湿な怖さがある。攻撃を躊躇すれば、ダリーの防御が破られ、全員が危機に晒される。
一瞬、手が止まった。魔力を練る指先に、力が籠もらない。
「真琴! 魔法を止めるな!」
レイルズの鋭い声が飛ぶ。
その声と共に、真琴は思い出した。「皆で君を守る」というレイルズの言葉を。そして、「レイさんを守りたい」と誓った自分の決意を。
(大丈夫。私は、守られている。だから、私は、前衛を守る!)
真琴は、深く息を吸い込んだ。
「硬化!」
真琴は、ダリーの盾めがけて、支援魔法を放った。これは、対象の硬度を瞬間的に高める魔法だ。酸液で侵食されていた盾が、一瞬、鈍い金属光沢を取り戻す。
その隙を見逃さず、レイルズが指示を出した。
「今だ、真琴! 攻撃! ダリー、側面へ!」
「火球!」
真琴は、酸液で燃え尽きそうだった粘獣の核めがけて、渾身の火球を叩き込んだ。水と炎は相性が悪いが、真琴の巨大な魔力と、炎の熱量が、粘液の一部を瞬時に蒸発させた。
その直後、側面へ回ったダリーが盾で粘獣のバランスを崩し、レイルズの剣が、真琴が露出させた核を正確に突き刺した。
ズビュッという音と共に、粘獣は液体の塊となって床に崩れ落ちた。
「やったな!」
ダリーが雄たけびを上げる。
勝利の余韻が残る中、パーティーはフロアの安全な隅にあるセーフポイントで休憩を取った。
真琴は、アイテムボックスからお弁当を広げた。今日のメニューは、真琴とミリヤムが一緒に作ったものだ。
「さあ、休憩よ。今日のランチは特別よ」
ミリヤムが優雅に声をかける。
中身は、ライ麦パンのサンドイッチと、具材たっぷりの香草スープ。
「うおっ! このスープ、香りがいいな!」
ダリーが目を輝かせる。
ダリーもレイルズも、スープを一口飲むと、声を上げた。
「美味い! この香草の使い方が絶妙だ。温まるし、力が湧いてくるようだ」
レイルズが目を細める。
「ああ、体にしみわたるぜ! ミリヤム、お前、料理の腕を上げたな!」
ダリーがミリヤムの頭を撫でる。
「ちょっと! 違うわ!」
ミリヤムはダリーを制した。
「このスープに香草を使おうと言い出したのは、真琴さんよ。私が基本を作って、真琴さんが香草の配合を決めたの」
真琴は、皆に褒められて、顔が熱くなるのを感じた。
「い、いえ、東の国の故郷の配合を、少し試しただけで……」
「故郷の味は、常に最高だな」
レイルズがサンドイッチを頬張りながら、真琴に微笑んだ。
素材集めは無事に完了し、パーティーは帰還した。集めた素材をギルドで売却し、代金を山分けした。
宿屋でいつもの打ち上げを終えた後、真琴は自分の部屋に戻り、静かに息をついた。
(ナエルさんがいなくても……何とかなった)
安堵と共に、真琴の胸には小さな寂しさが残った。ナエルがいた時の賑やかさは、もう戻らない。
しかし、自分の魔法で、レイルズやダリーの背中を守り抜いたという充実感が、その寂しさを上回った。
(次の休みには、ナエルさんの新居へ、ハイポーションを持って訪ねて行こう)
真琴は、ナエルの祝福と、レイルズの優しさ、そして仲間との絆を胸に、セイブライフの魔術師としての新たな一歩を踏み出したのだった。




