宿屋にて
商隊護衛を終えた夜。女性陣である真琴、ミリヤム、そしてナエルは、宿屋の同じ部屋で休むことになっていた。男性陣は別の部屋だ。
寝台に横になり、松明の明かりが揺れる中、ナエルが真琴に話しかけた。
「ねぇ、真琴。さっきレイと二人で何を話していたの?」ナエルがにこりと笑う。その瞳は、すべてを見透かしているかのようだ。
真琴は、顔が熱くなるのを感じた。
「えっ、あ、別に……。パーティーのこととか、レイさんが冒険者になった時の話とか、です……」
「ふうん。呼び方変わったのね。」
ウインクしながら、茶目っ気たっぷりに言う。
「二人とも、なんだかいい雰囲気だったわよ。」
ミリヤムが優雅に髪を整えながら、面白そうに口を挟んでくる。
「真琴さん、レイのこと、結構気に入ってるんじゃない?」
「そ、そんなこと……」
真琴は否定する言葉を探したが、すぐに諦めた。嘘はつけない。
「まあ、レイは良い男よ。思慮深くて、強いし、顔も整ってる。それに、真琴の初恋の相手に似ているんでしょ?」
ナエルがクスッと笑った。
真琴は照れながらも頷いた。
「はい……学生時代の、淡い思い出の人に、雰囲気が……特に、あの思慮深い瞳が」
「ふふ、わかるわ。ああいうタイプに惹かれる気持ち。ねぇ、ミリヤムは?」
ナエルが話をミリヤムに振った。
「ダリーのどこに惹かれたのかしら? あれだけ脳筋だと、毎日退屈しないでしょうけど」
ミリヤムは、口元に手を当てて上品に笑ったが、その瞳は、たちまち愛情に満ちたものに変わった。
真琴も、この機会を逃すまいと尋ねた。
「私も聞きたかったです。ダリーさんとミリヤムさんって、いつもああやって言い合いしているのに、すごく仲が良いのが伝わってきます。どうやって知り合って、どうしてお付き合いすることになったんですか?」
ミリヤムは、遠い目をして、出会いのエピソードを語り始めた。
「私たちが出会ったのは、もうずいぶん昔、私がまだ駆け出しのヒーラーだった頃よ。当時、私は治癒魔法の腕を磨くために、危険な採掘場で働くドワーフたちを巡回して回っていたの」
「それで、ダリーと出会ったと?」
「ええ。ある日、落盤事故があって、ダリーが岩の下敷きになったの。彼の自慢の髭が、岩に挟まれて動けなくなっていた」
真琴は、思わず想像してしまった。頑丈なドワーフが、髭一束で身動きが取れない姿を。
「ダリーは、岩で体はほとんど無事なのに、『この髭はドワーフの命だ! 切れねぇ! 誰かこの岩をどかせ!』って、顔を真っ赤にして叫んでいたわ」
ナエルが、声を殺して笑った。
「髭のプライドね」
「そう。でも、私も一人じゃ岩をどかせなくて。ダリーは、私に治癒を求めてくるんだけど、私は、『その前に岩をどけましょう!』って譲らない。それで、ダリーが痺れを切らして言ったのよ」
ミリヤムは、少し照れくさそうに、でも誇らしげに続けた。
「『くそっ、わかった! いいかチビエルフ! この岩をどかしたら、その優雅な手で俺の髭を撫でさせてやる!そしたら一生、お前の言うことを聞いてやる!』って」
真琴は、その男らしい(ドワーフらしい?)宣言に、思わず吹き出してしまった。
「それで、ミリヤムは、どうしたんですか?」
真琴が目を輝かせて尋ねた。
「ふふ。あの時は、私もムキになってね。『その言葉、嘘だったら治癒を一生拒否するわよ!』って言って、全魔力を込めて岩を粉砕したわ。そして、ダリーを救って、彼の自慢の髭を優雅に撫でてあげたの」
「それが、きっかけで?」
「ええ。彼は本当に約束を守って、それ以来、私の治癒の腕に心酔して、私を『チビエルフ』と呼びながら、ずっと追いかけてくるようになったのよ。お付き合い? あんな脳筋、逃がすわけないでしょう」
ミリヤムは、ダリーとの出会いを思い出し、本当に幸せそうだった。
ナエルは、楽しそうに笑いながら、真琴に言った。
「あなたも、真琴。レイに、何か交換条件を出してみたら? 例えば、『私があなたのために最高のポーションを常に供給するから、私を一生守って』とか」
真琴は、頬を真っ赤にした。
「そんな、恥ずかしくて言えません!」
「そうね、真琴はそういうのは苦手そう。でも、レイはね、誰かに『頼られる』ことに、責任と喜びを感じる人よ。あなたを救うのは、彼自身を守るのと同じくらい、彼にとって重要なことなの。だから、遠慮せず、もっとレイに頼りなさい。それが、彼への最高の贈り物よ」
ナエルは、真剣な眼差しで真琴に助言した。
真琴は、ナエルの言葉を噛みしめた。レイルズが抱える親友を失った過去。彼にとって「命を守る」ことが、どれほどの重みを持つか。そして、自分が彼に「命を救われている」と伝えることが、彼にとってどれほど救いになるか。
(頼ること……。それが、レイさんへの贈り物になるなら)
真琴の心の中で、レイルズへの特別な想いと、ナエルの助言が、静かに結びついた。




