ヴァンパイアハンターは標的のはずのヴァンパイアの始祖(美女)の尻に敷かれる~~悔しいので狩れるまで帰りません~~
丸い月が照らし出す夜の森。その薄暗い雑木林の中に悠然とたたずむ巨大な館。その大きな扉の前に1人の少年が立っていた。
年のころは12歳ほど。黒髪色白。夜闇に溶け込む漆黒の衣服を纏う彼の表情には緊張が見て取れる。少年は素早く左右に目を走らせると、背後に視線を向けた。すると闇に閉ざされた森の中でキラリと光が反射する。
それを確認すると、少年は正面に向き直ると共に、両開きの巨大な扉に手を掛けた。グッと手に力を籠める。すると扉は「ギギギギ」と鈍い音を立てながら、ゆっくりとその口を開いた。
灯りのない館の中へ足を踏み入れる少年。警戒を怠ることなく、ゆっくりと進んでいく。と、その時だった。
「ははぁ。いらっしゃぁい」
「っ!?」
愉悦を含んだ男の声が響くと共に、館に光りが灯る。突然の光に目をしばたかせる少年。顔の前に翳していた腕をゆっくりと降ろすと、目の前に広がる光景に息を飲む。
外観から想像した通りの広々とした空間。
その中央。2階へと続く巨大な階段の前に、金髪の美青年が足を組んで座っていた。両脇に2つずつ、計4つの生首と共に。
その異様な光景に、少年は咄嗟に腰に携えた短刀に手を掛けた。青年は金色の瞳でその様子を見つめると、ニヤリと口角を上げ、4つの生首を掴んで立ち上がる。
「まあ落ち着けよ。おれはアニムスってんだ。おまえは?」
「レイン……」
「レインね。いい名前だ。ほんで、魔女の館になんの用だ? 略奪か? 殺しか?」
「あーん」と口を開け、生首からしたたる血を飲むアニムス。男の喉がごくごくと鳴る。
「……ミネルヴァ・メヴィウス……始祖のヴァンパイアを殺しに来た」
「ほーん。ボスをねぇ……とんだ命知らずがいたもんだ」
「ポォン!」と手に持った生首を上に放り投げるアムニス。かと思えば、慣れた手つきで4つの生首をお手玉のように弄ぶ。レインはそれを見ても眉一つ動かすことなく、始祖のヴァンパイアの場所を問いただした。
「それで彼女はどこにいる? 答えろ」
「ははぁっ! まさかおれが素直に答えるとでも?」
アニムスがニヤニヤと、まるで小馬鹿にするようにべっと舌を出す。その舌の上には人間の眼球がのっていた。飴のように長いこと舌の上で転がしていたのだろう。その眼球は唾液に塗れ、表面がヌラヌラと照り輝いている。
「そうか。なら死ね」
人間そのものをバカにするかのような男の一連の行動に、レインの眼が鋭く光る。そして小さな少年は男の狂気に物怖じすることなく腰の短刀を引き抜くと、目にも留まらぬ速さで敵に躍りかかった。狙うは心臓。
人間がヴァンパイアを殺す方法は1つ……銀製の武器でヴァンパイアの心臓を貫くしかない……!
しかしアニムスは自身の心臓を一突きにするその刃を、人差し指の爪一本で軽々と受け止める。ニヤニヤと楽しそうに口元を歪める美青年。
「銀製の短刀に、猿のように軽やかな身のこなし。いいねぇ。だが……」
次の瞬間、レインの小さな身体が宙を舞ったかと思うと、そのまま壁に叩きつけられる。
「ガハッ!?」
背中を襲う衝撃により、肺の中の空気を吐き出させられるレイン。すぐさま立ち上がると、アニムスの姿を探す。しかし彼の目の前に居たのは美青年ではなく、氷の鎧を纏い、サソリのような頭部と尾を持つヴァンパイアだった。
「ははぁ! かかってこい! 相手になってやる!」
「ヴァンパイアは全員殺す!」
一瞬の躊躇いもなく地を蹴る黒衣の少年。蒼い鎧と、漆黒の少年が再び宙で交錯する。
繰り出された拳を紙一重で避け、カウンターの蹴りを男の腹に入れるレイン。よろめくヴァンパイアの隙を見逃さず、短刀をその心の臓へと繰り出す。
しかしその刃は男の身体に届くことはなかった。アニムスが少年の細い手首をガッチリと捕まえる。
ニヤニヤと笑うアニムス。掴まれた手首からみるみるうちに霜が広がっていく。
「くっ!」
慌てて男の手を振りほどき、後ろに飛び退くレイン。感覚のなくなった右手を確認しながら、小さく呟く。
「ヴァンパイアの中には稀に、鬼術と呼ばれる固有能力を持つ奴がいると聞いたことあるが……お前の鬼術は氷か」
「んっんー! そう。おれの鬼術は氷だ。周囲の物質から熱を奪い、凍らせることができる。他には……」
あっさりとレインの言葉を認めるアニムス。その周囲に無数の氷の槍が形成されていく。そして、
「こんなこともできる」
吸血鬼が腕を振り下ろすと共に、それらが一斉に少年の身体を串刺しにせんと襲い掛かった。
「くっ……おおぉぉぉぉ!」
気合一声。四方八方から襲い来る無数の槍を死に物狂いで躱し、あるいは砕くレイン。しかし槍はあとからあとから降り注ぎ、少年の身体にはみるみるうちに無数の生傷が刻まれる。
しかしそれでも、なんとか全ての槍を捌き切ったレイン。短刀を下から上に振り上げ、最後の槍を砕く。しかし限界は近い。
少年は肩で息をしながら、床に膝をついた。
その様子をじっと見るめるアニムス。
「ははぁっ。もう終わりか? あ?」
レインはなにも答えない。ただ俯き、荒い息を吐くだけ。それを戦意喪失と受け取ったアニムス。
「そうか……ならとっとと尻尾を巻いて逃げ帰るんだな」
そう言って少年に背を向けようとする。
しかしそこで、ニヤリと口元を歪めるレイン。ゆっくりと腕を上げ、頭上を指差す。その動作を怪訝そうに見つめるヴァンパイア。「あ? 上になにが……」と言いかけて、
サクッ
次の瞬間、上を見上げたアニムスの額に短刀が突き刺さった。それはレインの銀の短刀。最後の氷槍を砕いた瞬間、彼は短刀を頭上に投げ上げていたのだ。アニムスの頭上から降ってくるよう調整して。
ゆっくりと背中から倒れるアニムス。ヴァンパイアと言えども生物。脳をやられれば、一瞬だが動きは止まる。倒れたまま動かないヴァンパイアに歩み寄る少年。
「尻尾を巻いて逃げ帰る? ありえない。すべてのヴァンパイアを狩り尽くすこと。それがおれの使命だ。そのためならなにもいらない……この命すら惜しくない」
そう言って短刀の柄を掴むと、一思いに引き抜く少年。そのまま流れるような動作でアニムスの心臓へ短刀を突き立てる。
灰になって崩壊していく青年の身体を背に、階段の方へと歩を進めるレイン。頭の中に何十、何百、何千回と言い聞かされた言葉が反響する。
『ヴァンパイアは悪だ』
『ヴァンパイアは人類の敵だ』
『ヴァンパイアを殲滅しろ』
『それがお前たちの使命だ』
『命を懸けて使命を遂行しろ』
「そうだ。これがおれの使命、覚悟だ……」
小さな呟きと共に、階段の1段目を踏みしめる。1段……2段……3段……
ゆっくり、足音を消して階段を上る少年。
そうして階段を半分ほど上ったときだった。
カツンッ……
頭上の足音にレインは顔を上げる。それと共に、階段の向こう側からは1人の女性が現れた。
足まである白のワンピースを纏い、悠然と佇む美しい女性。歳は17か18ほど。腰まである真っ白なストレートの髪に、背中には白いコウモリの羽。勝気そうな切れ長の赤い瞳と、口元に刻まれた自身に満ちた笑みが彼女の気の強さを窺わせる。
その女性を見たレインは大きく目を見開き、息を飲んだ。女性があまりにも美しかったから?
否
ヴァンパイアハンターとして長年培った経験が警鐘を鳴らしていた。いままで自分が狩ってきたどんなヴァンパイアとも違う。直前に狩ったアニムス……鬼術を扱うヴァンパイアすら比較にならない、圧倒的存在感。一目見て直感した。
彼女が『魔女』の異名を持つ始祖のヴァンパイア、ミネルヴァ・メヴィウスだ。
考えるよりも先に身体が動いた。銀の短刀を抜くと共に、一息に階段を駆け上がる。そして女の心臓目掛けて抜身の短刀を振り下ろす。
始祖の身体を捉えたかに見えた斬撃。しかしレインの渾身の一撃は、見えない壁によって音もなく防がれる。
当然、始祖ともなれば鬼術は使える。奥歯を噛みしめるレイン。そんな少年を、片手を腰に当てながら睥睨するミネルヴァ。口角を上げ、余裕すら感じさせる笑みを見せる。
「いきなり斬りかかってくるなんて、礼儀のなっていない子ね」
その次の瞬間、横から少年の身体を強い衝撃が襲った。まるで巨大な壁が突っ込んできたかのような衝撃。苦痛の声と共に吹き飛び、廊下を転がるレイン。すぐさま起き上がろうとするが、なぜか身体が動かない。まるで上から見えない何かに押さえつけられているかのようだ。
うつ伏せの状態で指一本まともに動かせず、歯を食いしばるレイン。その少年の背に、魔女が足を組みながら腰を下ろす。
目線を動かし、ミネルヴァを睨みつけるレイン。
「ぐっ……ど、け……!」
「あら、けっこう強く押さえつけてるのに、喋れるなんて凄いわね、あなた。さっきの動きも悪くなかったし」
そう言って少年の頭をポンポンと叩くミネルヴァ。「ま、人間にしてはだけど」と付け加えながら笑い声をあげる。
「さて、それはさて置くとして……あなた、わたしを殺しに来たんでしょう? どこの差し金?」
「……」
ミネルヴァの質問に、口を噤むレイン。ただ気丈に女の顔を睨みつける。その様子に愛好を崩す魔女。
「ふーん……嫌いじゃないわよ。そういう意思の強い人。ま、どこまで持つか見物ね」
そう言って「来なさい!」と階下に呼びかけるミネルヴァ。数秒後、現れた青い氷の鎧にレインは目を見開いた。
「な……おまえは殺したはず……」
「んっんー。残念だったな。おまえが頑張って殺したのは、おれが作った分身だ」
そう言って現れたのはアニムス。組み伏せられる少年をおちょくるように、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「く……そが……」
「えぇ? なんだって? 聞こえねぇなぁ?」
聞こえているだろうに、耳に手を当てて見せるアニムス。どう見てもレインをからかって遊んでいる。そんなアニムスを一喝するミネルヴァ。
「ちょっとあんたね。そうやって遊んでるから、さっきみたいに不意を突かれるのよ。反省なさい」
「はいよぉ。マイボス」
尾で器用にハートマークを作りながら、優雅に頭を下げるアニムス。ニヤけた口元から察するに、あまり反省はしていなさそう。
「でもそのガキが1パーセントでもボスを殺せる可能性があったなら、おれだってそいつを通したりしないぜ」
男のその言葉に、自身の無力感を感じる少年。自分は始祖どころか、その配下のヴァンパイアにすら歯牙にもかけられな存在なのだと痛感し、下唇を噛む。
一方、魔女は男の言い訳に小さく鼻を鳴らす。
「言い訳はいい。それで、もう一つの方は?」
「それは万事解決だぜ。ほら、周囲をうろついてたネズミどもだ」
そう言ってアニムスが小さな人影を2つ放り投げた。それは気絶した、レインと同年代の少年と少女。それを見たレインの表情が大きく歪む。
「や、めろ……そいつらに、手を出すな……!」
自身が尻に敷く少年へと視線を戻すミネルヴァ。彼女が妖しい笑みを浮かべると、口の隙間から鋭く尖った白い歯が覗く。
「あなたのお仲間ね?」
「そうだ……おれはどうなってもいい。だから2人は……」
「そうねぇ……」
廊下に転がる少年少女に視線を向ける魔女。つられてレインも2人に視線を向ける。
「わたしの質問に正直に答えてくれたら、考えてあげる」
2人の傍らにはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる氷の鎧の姿。レインの脳裏に先ほどの光景が甦る。
4つの生首を弄ぶ男。愉悦に歪んだ顔。ギラギラと光る目。イカれてる。
ヴァンパイアは狂暴な性格の者が多いが、それでもいま目の前にいる男は群を抜いてイカれてる。そしてその狂人がいま、仲間の生殺与奪を握っているのだ。
歯を食いしばりながら、目を瞑るレイン。
正直に答えたからと言って、魔女と男が本当に2人を見逃してくれる保証はない。むしろ答えたら3人とも殺される可能性が高いだろう。けれど……
目を開くと、レインはコクリと頷いた。
「分かった。おまえの質問に答える。代わりに2人を殺さないと約束しくれ」
「ええ。約束するわ」
聖女のような、柔らかな微笑みと共に頷くミネルヴァ。足を組み替えながら、レインに質問をする。
「答えて欲しいのは1つだけ。あなたはどこの差し金でここに来たの?」
「……教会」
小さくぼそっと、それだけ答えるレイン。アニムスが「ははぁ」と笑い、ミネルヴァが「ふーん」と、興味を失ったように明後日の方へ視線を投げる。
「あの頭の固い老害どもね。予想通りすぎて面白くもない」
「んっんー。今回の襲撃の目的は、ボスの力量を量りつつ様子見、偵察ってところかぁ? 殺せれば儲けもの……つまりこのガキどもは捨て駒ってこった」
「そんなところね。ついでに言えば、わたしと明確に敵対するのは怖いから、こんな子供3人で向かわせて、万が一バレても言い訳できるようにしてる……椅子にふんぞり返ってるだけのビビりどもらしい、姑息な方法ね」
そう言ってレインの背から腰を上げる魔女。同時に、自身を押さえつけていた力が消え、困惑するレイン。「うーん」と身体を伸ばす女の背に疑問をぶつける。
「おれたちを殺さないのか?」
「ん? 殺さないわよ。あんたたちみたいな子供を殺したら、後味が悪いじゃない」
肩越しに応えるミネルヴァ。「ほら、さっさと家に帰った帰った」と、しっしっと犬でも追いはらうような仕草を見せる。
その魔女の言葉に、レインはポカンと口を開けた。
彼女を殺しに来た自分たちを殺さないだけでも衝撃的なのに、おまけにあっさりと解放されてしまうとは。まったく予想外の出来事に言葉が出てこない。
しかし同時に、腹の底からふつふつ湧いてくる怒りにも似た感情。
レインは物心ついた時からずっとヴァンパイアハンターとして生きてきた。厳しい訓練に耐え、死線を幾度も潜り抜け、卑怯な手であろうとなんだろうと、ヴァンパイアを殺すために全てを捧げてきた。文字通り自身の命を懸けて、世界中のヴァンパイアを殲滅するために生きてきた。もはやヴァンパイアハンターそのものがレインと言っても過言ではない。だから……
だからヴァンパイアに敗れながら温情で見逃され、あまつさえ子ども扱いされることは幼い少年にとって、何よりも屈辱だった。自分自身の歩みを、覚悟を軽んじらているようで。
立ち去る魔女の背に、ポツリと呟くレイン。
「おまえを狩るまで、おれは帰らない」
「……はぁ?」
呆れた声と共に振り返るミネルヴァ。その目を真っすぐ見つめながら、レインはもう一度、今度ははっきりと言葉を紡ぐ。
「おまえを狩るまで、おれは帰らない」
「…………いいわよ。好きにしなさい」
少年の黒い目をじっとのぞき込む魔女だったが、その目に宿る強い意志の炎を見て取り、小さな笑みを浮かべるのだった。
続けてミネルヴァは、横でニヤニヤとしている氷の兵士に命令をする。
「アニムス。その子を空いてる部屋に案内してあげて。ついでに館の中も」
「りょーかい、ボス」
レインの方へ向き直ると共に、もとの人型へ戻ったアニムス。
「じゃあ行こうぜ───」
「触るな、ゲスが」
頭に触れようとした男の手を払いのけるレイン。アニムスは「ははぁ。嫌われちったか」と肩を竦める。
とそこで、館の奥に消えようとしていたミネルヴァが「あ!」と言いながらレインの方を振り返った。
「そう言えば、あなた名前は?」
「……レイン」
「ふーん、レインか。よろしくね、レイン。わたしはミネルヴァ。テキトーにミナとでも呼んで」
レインがコクリと頷く。
「ああ。おまえを狩るまでの短い間だが、よろしく。ミナ」
「はいはい。精々頑張りなさい。まあいまのあなたじゃ、逆立ちしたって無理だろうけどね」
そんな捨てゼリフとともに、今度こそ屋敷の奥へと消えていくミナ。
そんなこんなで狩人と獲物───ヴァンパイアハンターと始祖のヴァンパイアによる、奇妙な共同生活が幕を開けるのだった。
果たしてレインは魔女を狩ることができるのか? それとも───
ご高覧いただきありがとうございます。
美女の尻に敷かれる(物理)。以上、タイトル回収でした。
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もちろん、面白いと思われ方もブクマと☆評価をよろしくお願いします。
また1週間後くらいに、こちらの小説の連載版を投稿しようと思っています。今回のようなネタ小説ではなく、ちゃんとストーリーもので全13話、40000文字程度の中編です。「続きが気になる!」という方はぜひ首を長くしてお待ちください。




