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第8話 廃坑と鉱石と初めての共同作業と

「で、その特別な依頼というのは?」


 翌日、僕は再びあの工房を訪れていた。

 昨日あれだけ散らかっていた空間が驚くべきことに少しだけ片付いている。

 どうやら僕が帰った後、エリスが夜なべで作業スペースを確保したらしかった。


「よくぞ聞いてくれたわ」


 エリスは工房の奥から一枚の古びた地図を引っ張り出してきた。

 彼女はそれを机に広げ、一つの地点をとんと指で叩く。


「街の南にある古いドワーフの廃坑。ここの最深部にしか存在しない、ある特殊な鉱石を採取してきてもらいたいの」

「鉱石、ですか」

「ただの鉱石じゃないわ。【響鳴鉱石(エコー・クリスタル)】。特定の魔力振動にだけ共鳴して、そのエネルギーを増幅させる性質を持つ非常に希少で繊細な鉱物よ」


 エリスは続ける。


「この鉱石は物理的な衝撃に極めて弱いの。ピッケルで叩けば粉々に砕け散り、振動を与えれば内部構造が崩れてただの石ころになってしまう。だから通常の採掘方法ではほぼ採取不可能な代物なのよ」


 なるほど。

 僕のスキルなら鉱石が埋まっている岩盤ごと「収納」することで、傷一つつけずに持ち帰れるというわけか。僕の力を試すには確かにもってこいの依頼だ。


「もちろん私も同行するわ。あなたの力の詳細なデータを取る絶好の機会だもの。それに鉱脈を探すには私の特製の【魔力探知機】が必要になる」

「分かった。やりましょう」


 僕が頷くとエリスは満足そうに笑った。

 僕の知らないところで僕のスキルを試すための準備は、全て整えられていたらしい。


 ◇ ◇ ◇


 僕とエリスは二人でドワーフの廃坑へと向かった。

 道中、エリスは僕に色々なことを教えてくれた。

 この世界の魔法の成り立ちや魔道具がどのようにして魔法現象を再現しているのか。

 彼女の話は専門的で難しい部分もあったが、不思議と退屈はしなかった。

 僕が今まで全く知らなかった世界の側面に、少しだけ触れられた気がした。


 廃坑の入り口は巨大な岩壁にぽっかりと口を開けていた。

 中から吹き出す空気はひんやりと冷たく湿っている。


「ここからは魔物が出る可能性もあるわ。気をつけて進みましょう」


 エリスはそう言うとカンテラの灯りを頼りに、躊躇なく暗闇の中へと足を踏み入れた。

 廃坑の中は蜘蛛の巣のように複雑な坑道が広がっていた。

 エリスは時折、手のひらサイズの羅針盤のような機械――彼女の言う【魔力探知機】を取り出しては進むべき道を確認している。


 しばらく進んだ、その時だった。

 前方の暗闇からガリガリ、ゴリゴリと、何か硬いものを咀嚼するような不快な音が聞こえてきた。


「……いるわね」


 エリスが静かに呟く。

 音のする方へ慎重に近づくと広い空間に出た。そしてそこにいたのは巨大なアルマジロのような姿をした魔物だった。

 体長は三メートルほど。その体は岩そのものでできており、巨大な顎で坑道の壁をかじり鉱石を喰らっている。


岩喰らい(ロックイーター)ね。ちょうどいいわ。実戦データも取らせてもらうわよ」


 エリスは僕の隣で冷静に魔物を分析している。

 肝が据わっているのか、それともただ研究対象としか見ていないのか。

 そんなことを考えていると。


「あっ」


 岩喰らい(ロックイーター)がこちらの存在に気づいたようだ。

 低い唸り声を上げ、その巨大な体をゆっくりとこちらに向ける。


 どうする?


 一番手っ取り早いのは、こいつ自体を【アイテムボックス】に収納してしまうことだ。災害級の魔獣の攻撃すら収納できたんだ。本体だっていけるんじゃないか?


 僕は覚悟を決め、岩喰らい(ロックイーター)本体に意識を集中してスキルを発動した。

 【アイテムボックス】。

 ぐっ……!

 スキルは発動した。だが魔物を包む空間がぐにゃりと歪むだけで、収納には至らない。

 まるで巨大な磁石の同極同士を反発させたような強烈な抵抗が、僕の精神を圧迫する。これは無理だ。


「やはり。強固な自我と魔力を持つ生物そのものを直接収納するのは今のあなたには無理みたいね。面白いわ。スキルに対する一種の対抗呪文(カウンター・スペル)のような現象かしら」


 エリスは僕の隣で冷静に観測結果を口にしている。

 直接がダメならやり方を変えるまでだ。

 僕は即座に思考を切り替え、狙いを魔物の足元へと定める。

 【アイテムボックス】。

 今度は抵抗なく、岩喰らい(ロックイーター)が立っていた地面が音もなく消失した。

 バランスを崩した巨体がもんどりうって地面に倒れ込む。動きが止まった。

 今だ。



 僕はすぐさまダンジョンで収納しておいた、あの忌々しい崩落の岩石の残りを一体分だけ身動きが取れなくなった魔物の頭上めがけて解放した。


 ゴッという鈍い音と共に岩塊が魔物の頭部を直撃する。

 だがさすがに頑丈な岩喰らい(ロックイーター)には致命傷にはならなかったようで、怒りの咆哮を上げ、体を揺すって起き上がろうともがいている。


「一度目の直接干渉の試みと、二度目の間接的な空間操作。あなたの精神負荷の質も消費魔力量も全く違う。素晴らしいデータが取れたわ」


 エリスは感心したように呟いている。呑気なものだ。

 僕はもう一度、今度は先ほどよりも巨大な岩塊を同じ場所へ叩きつけ、それを手持ちの岩塊がなくなるまで繰り返した。


 ガガガ――


 数度の攻撃の後、岩喰らい(ロックイーター)はついに動きを止め、その巨体を完全に沈黙させた。


「……ふぅ」


 僕は思わず息をついた。


「いい戦闘データが取れたわ」


 エリスは僕の戦いぶりと観測機器に記録されたデータを交互に見比べ、満足そうに頷いていた。


「さあ、邪魔者はいなくなったし目的のものをいただきましょう。あのあたりね」


 彼女の【魔力探知機】が指し示す壁面を僕はスキルで慎重に、そして大胆にくり抜いていく。

 岩盤ごと収納しエリスの足元に取り出す。

 彼女がそれを鑑定し、違うと分かればまた別の場所を収納する。

 その作業を数回繰り返した後、ついに目的の鉱石が見つかった。

 岩盤の中に埋まったそれは淡い光を放ち、まるで呼吸するかのように明滅している。これが【響鳴鉱石(エコー・クリスタル)】か。


「素晴らしい……。傷一つない完璧な状態だわ」


 エリスは恍惚とした表情で鉱石を撫でている。

 僕は自分の力の可能性とエリスという協力者の頼もしさを改めて認識した。

 この力と彼女の知識があれば僕はもっと強くなれるかもしれない。


「これであなた専用の【魔道具】開発、その第一歩が踏み出せるわ。ありがとう、レオ」


 エリスは心から嬉しそうに僕にそう言った。


「どういたしまして」


 僕はそう応えながら倒した岩喰らい(ロックイーター)の亡骸に近づく。

 これも何かの役に立つかもしれない。


「これも持っていきますね」


 僕はそう言うと巨大な岩の体を【アイテムボックス】へと収納した。

 スキル空間にずしりと重い質量が加わるのを感じる。


 僕の望んだ静かな生活とは違う。けれどこれも悪くないかもしれない。

 僕はそんなことを考えていた。

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