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第5話 ゴブリンと落とし穴と天才と

囁き草(ウィスパーブルーム)】の依頼は少し目立ちすぎた。

 あれ以来、ギルドへ行くとどうにも周囲の視線が痛い。「ありえない鮮度の薬草を納品した新人」として、僕は新たな噂の的になっているらしかった。

 まずい。このままでは僕の望む静かな生活が遠のいてしまう。


 もっと地味な依頼にしなければ。

 僕はそう決意し、再びギルドの依頼掲示板の前に立っていた。

 討伐依頼は目立つ。だが、ゴブリン程度ならどうだろうか。

 Eランク冒険者の基本中の基本。誰もが一度は通る道だ。

 これほどありふれた依頼もないだろう。


【依頼内容:ゴブリンの群れの討伐】

【ランク:E】

【詳細:街の西の森に棲みついたゴブリンの群れ(十体前後)の討伐。討伐の証としてゴブリンの左耳を必要数持ち帰ること】


 これだ。これなら怪しまれることはないはずだ。

 僕はその依頼書を剥がし、受付へと提出した。


 ◇ ◇ ◇


 西の森は、すぐにゴブリンの縄張りだと分かった。

 不快な臭気と無残に食い散らかされた動物の骨が転がっている。

 木の陰から様子を窺うと、焚き火を囲んで十数匹のゴブリンが棍棒を手に騒いでいた。


 さて、どうするか。

 真正面から戦うのは面倒だ。一体一体相手にするのも時間がかかるし、何より返り血で服が汚れるのはごめんだった。


 僕は自分のスキルについて考える。

【アイテムボックス】は、空間ごと対象を収納する。薬草の採取では、その応用で擬似的な足場を作った。

 ならば。

 ゴブリンたちが立っている、その地面そのものを収納したら、どうなるだろうか。


 よし、やってみよう。

 僕は彼らから少し離れた位置、巣の入り口へと続く道に狙いを定めた。

 そこに意識を集中し、スキルを発動する。

 ――【アイテムボックス】。


 僕の目の前の地面が、音もなく消失した。

 直径十メートル、深さ五メートルほどの巨大な円柱状の空間が、そこにあったはずの土や石ごと僕のスキルの中に「保管」されたのだ。

 完璧な落とし穴の完成だった。


 あとは、ゴブリンたちをそこへ誘導するだけだ。

 僕は近くの石を拾い、巣とは反対側の茂みに向かって思いきり投げつけた。

 ガサリ、と大きな音がして、ゴブリンたちが一斉にそちらを向く。

 獲物がいると勘違いしたのだろう。彼らは雄叫びを上げながら、僕が音を立てた場所へ向かって走り出した。

 そして、その進路上にある僕の作った「罠」に、何の疑いもなく殺到する。


 一匹、また一匹と、ゴブリンたちが悲鳴を上げる間もなく穴の底へと姿を消していく。

 あっという間だった。

 群れの最後の一匹が穴に落ちたのを確認すると、僕は穴の真上まで移動した。

 そして、先ほど収納した地面を今度は「取り出す」イメージで解放する。


 ズドォォォン、という凄まじい轟音と地響きが森に響き渡った。


 穴は一瞬にして埋め戻され、その下で何が起きたかは考えるまでもない。

 これで討伐は完了だ。

 念のため、証拠として数匹分の左耳だけはスキルで穴の底から回収しておく。便利なものだ。


「さて、帰るか」


 僕は土埃ひとつ付いていない服のままギルドへの帰路についた。


 ◇ ◇ ◇


「……討伐完了です」

「は、はい……。ゴブリンの耳、確かに確認しました……」


 受付の女性が、僕の顔と討伐の証拠を何度も見比べて引きつった笑みを浮かべている。

 それもそうだろう。僕が依頼を受けてから、まだ一時間も経っていないのだから。

 周囲の冒険者たちも遠巻きに僕を見てひそひそと何かを囁き合っていた。


「おい、またあの新人だぞ」

「ゴブリン十数匹を、無傷で、しかもこの短時間で……? ありえねえだろ」


 しまった。やはり、これも目立ちすぎたか。

 どうやら僕は「静かに暮らす」ということの才能が、致命的に欠けているらしい。

 僕は報酬を受け取ると、逃げるようにギルドを後にした。


 その翌日のことだった。

 ギルドに依頼を探しに来た僕の目の前に一人の女性が立ちはだったのは。


「少し、よろしいでしょうか」


 鈴を転がすような、しかし有無を言わせない響きを持つ声。

 長く、銀色に輝く髪。尖った耳。彼女はエルフだった。

 歳は僕と同じくらいに見えるが、その翠色の瞳は、まるで世界の真理でも見通しているかのように理知的で、そして底知れない探究心に満ちている。


「あなたがレオさんですね。私の名前はエリスと申します。この街で小さな【魔道具工房】を営んでおります」


 エリスと名乗った彼女は、僕を頭のてっぺんから爪先までまるで鑑定でもするかのようにじっくりと観察した。


「あなたのそのスキル、とても興味深い。ぜひ一度私の工房で詳しく見せてはいただけませんか」

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