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第1話 魔石と洞窟と裏切りと

 僕のスキル【アイテムボックス】は、この世界ではハズレの代名詞らしい。


 スキルは十歳の時に行われる「天啓の儀」で神から授かる。そこでどんなスキルを得るかによって、その人間の一生は決まってしまうのだ。

 強力なスキルを授かった者は騎士や魔術師としてエリートの道を歩む。だが、僕のような戦闘に向かないスキル、それも魔道具で代用が利くものを授かってしまった者は、日陰者として生きるしかない。


 まったく、誰が「マジックバッグ」なんて便利なものを開発したのだろうか。あれのおかげで、【アイテムボックス】スキルの価値は暴落したのだ。

 今では好き好んでこのスキル持ちを雇うパーティなど、ほとんど存在しない。


「レオ、遅れるな。お前の【アイテムボックス】があるからこそ、このパーティの輸送は万全なのだから」


 パーティリーダーであり、Aランク冒険者パーティ『深紅の(クリムゾン)グリフォン』を率いるマルスさんが、振り返って僕に声をかけた。

 僕は慌てて駆け寄る。


「は、はい。すみません」

「気にするな。お前は俺たちの仲間だからな」


 マルスさんはそう言って、力強く僕の肩を叩いた。彼の言葉はいつも温かい。

 世間から「時代遅れのスキル持ち」と蔑まれる僕を、一流パーティの一員として受け入れてくれた彼らには、感謝してもしきれないのだ。


「マルス、またあいつに甘い顔をして。ただの荷物持ちでしょうに」


 パーティの魔術師であるエララさんが、冷たく言い放つ。彼女はいつも僕に厳しい。


「そう言うな、エララ。レオの真面目さは評価している。それにマジックバッグと違って容量が無尽蔵なのは、長期探索では大きな利点になる」

「ふん。どうだか」


 エララさんは興味なさそうにそっぽを向くと、ダンジョンの奥へと視線を戻した。

 この洞窟は未踏破エリアが多く、どんなお宝が眠っているか分からない。僕たちはその富を求めてここまでやってきたというわけだ。


 しばらく進むと、壁に埋まった魔力鉱石の鉱脈を見つけた。


「よし、今日の稼ぎは上々だな」


 パーティの盗賊であるカインさんが、手慣れた様子で鉱石を採掘していく。彼は口数が少ないが、仕事は常に完璧だった。

 マルスさんは採掘された中で一際大きい【魔石】を手に取ると、僕の方へ差し出す。


「レオ、これを頼む」

「はい。それでは【アイテムボックス】に……」


 僕がスキルを使おうとすると、マルスさんはそれを手で制した。


「いや、そっちじゃない。背中のリュックに入れろ」

「え……。ですが、これほど高価なものはスキルで保管した方が安全では」

「新しく手に入れたものは、まず物理的に管理するのが俺たちのやり方だ。いいから黙って従え」


 彼の口調は穏やかだったが、その瞳には逆らうことを許さない光が宿っていた。

 まぁ、AランクパーティにはAランクなりの流儀があるのだろう。僕が口を挟むことじゃない。

 僕は言われた通り、ずしりと重い【魔石】を背中の大きなリュックにしまい込んだ。


 ◇ ◇ ◇


 ダンジョンの探索は順調に進んでいた。

 だが、ある通路に足を踏み入れた瞬間だった。


 うわっ。

 嫌な予感がして顔を上げると、天井の岩盤がミシミシと音を立てていた。

 トラップだ。


「全員伏せろ」


 マルスさんの鋭い声が響く。

 だが、間に合わない。巨大な岩石群が、僕たちの頭上めがけて降り注いでくる。


 もうダメだ、と思った瞬間。

 気づけば、僕の右手は自らの意志とは関係なく、眼前の空間にかざされていた。

【アイテムボックス】。

 スキルを発動した、ただそれだけ。次の瞬間、僕の視界から轟音と共になだれ落ちてきた岩石が、忽然と姿を消したのだ。

 一体何が起きたのか分からない。ただ僕のスキルがこじ開けたゲートの先に、全てが吸い込まれていったような……。

 スキルを使った胸の奥が、奇妙な熱を帯びている。


「……チッ。運だけはいいやつめ」


 マルスさんが悪態をつくのが聞こえた。他のメンバーも一瞬だけ僕を奇妙な目で見たが、すぐに興味を失ったようだった。

 一体、今の現象は何だったのだろうか。僕のスキルは、ただ物を収納するだけの力のはずだ。動いているものを、それもあれほどの質量を収納できるなんて聞いたことがない。

 まぁいいか。結果的に助かったのだから、深く考えるのはやめよう。


 ◇ ◇ ◇


 僕たちはダンジョンの最深部と思われる巨大な空洞にたどり着いた。

 中央には祭壇のようなものがあり、そこには古びた宝箱が鎮座している。


「ついに見つけたぞ」


 マルスさんが歓喜の声を上げる。だが、その時だった。

 空洞の奥の暗闇が、まるで生きているかのように蠢いた。

 そして二つの巨大な、燃えるような瞳が僕たちを捉える。


「……まずいな。こいつは噂に聞く災害級だぞ」


 暗闇から現れたのは、巨大な体躯を持つ異形の魔物だった。

 その名は深淵を覗く者(アビス・ウォッチャー)。Aランクパーティですら、対峙した者は生きて帰れないと言われる伝説の魔獣。


「総員、戦闘準備」


 マルスさんの号令一下、パーティは即座に陣形を組む。


「くらえ、【エクスプロージョン】」


 エララさんの放った最大火力の爆裂魔法が魔獣に直撃する。

 しかし、もうもうと立ち上る黒煙が晴れると、そこには傷一つない深淵を覗く者(アビス・ウォッチャー)の姿があった。


「馬鹿な……」


 エララさんが絶望の声を漏らす。

 その後の攻防は、一方的としか言いようがなかった。

 マルスさんの剣戟は硬い皮膚に弾かれ、カインさんの奇襲は影にすら届かない。パーティの守りの要である神官セラフィナさんの【聖なる障壁ホーリー・ウォール】も、巨大な爪の一撃であっさりと砕け散った。


 これは、勝てない。

 誰もがそう悟った時、マルスさんが叫んだ。


「撤退する」


 その声に、僕は少しだけ安堵した。そうだ、生きて帰ることこそが一番大事なのだ。

 マルスさんが僕の方を振り返る。

 その瞳に僕は一瞬だけ、仲間を思いやるのとは違う、冷たい光を見た気がした。


「レオ、お前はここで時間を稼げ。それがお前の最後の役目だ」

「え……?」


 僕がその言葉の意味を理解するより早く、神官のセラフィナさんが僕に向かって祈りを捧げていた。


「レオさん、お許しください。あなたの魂が主の御許で安らかにあらんことを」


 彼女がそう詠唱すると、僕の右足に激痛が走った。

 聖なる光が鎖のように絡みつき、骨が砕ける嫌な音が響く。動けない。


「ああ、そうだ。そのリュックはもらっていくぞ」


 マルスさんが僕に近づき、背負っていたお宝の入ったリュックを乱暴にひったくった。カインさんは、その様子をただ無言で見ている。


「お前は最後の最後まで役に立ったな。このお宝は、お前の“弔慰金”として有効に使わせてもらう」


 そういうことか。

 お宝をわざわざリュックで運ばせたのも。僕を仲間だと呼んだのも。全ては、僕を捨て駒にして逃げるためだったのか。

 彼らが僕に見せていた優しさも、仲間という言葉も、全てはこの時のための……。


 彼らは一度も振り返ることなく、洞窟の入り口に向かって全力で走っていく。

 僕は砕かれた足の痛みと心の絶望に喘ぎながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる深淵を覗く者(アビス・ウォッチャー)の巨大な影を見上げていた。

 僕の意識はそこで一度、闇に飲まれた。

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