1話 タイムリープ
過去で後悔してることってない?」
「いきなり何?」
「いいから質問に答えてよ」
「そりゃあるけど」
「じゃあ過去に戻ってやり直ししよ」
「過去に戻るってそんなのできるわけないじゃない」
「それができるって言ったらどうする?」
「はあ? さっきから何言ってんのあんた」
「いやー、私も最初は驚いたわけよ。 日々のストレスが引き起こした幻覚だと思ったわ」
「……聞くだけ聞くけどどうやって過去に戻るのよ」
「よくぞ聞いてくれました。 やり方はとても簡単。 ある呪文を唱えるだけです」
「あー、もういいや。 真面目に聞いた私がバカだった」
「ちょっとちょっと、私の話を最後まで聞いてよ。 月並みな言い方だけど騙されたと思ってさ」
「はあ……勝手にして」
「まず目を瞑って戻りたい過去を思い浮かべます。 そんでもって魔法の呪文を唱えます。『◯◯◯◯』」
「……何も起きないじゃない」
「……あれ? おかしいな昨日まではちゃんとできたのに」
「はあ、もういいわ。 由美も明日からまた仕事でしょ。 今日は帰るわよ」
「むむむ、おっかしいなあ」
呪文を唱えてもタイムリープできなかったことに由美は納得がいかないようだ。
まったく、冗談もここまで長引くと白けてしまう。
半ば強引にタクシーを捕まえ由美を自宅へと帰した。
きっと由美は酔っ払っているんだろう。
だからあんな訳の分からないことを言ったのだ。
そしてそんな私もきっと酔っ払っているのだろう。
家に帰りベッドに横になり、気付けば例の呪文を口にしていた。
そして案の定、タイムリープなどしていない。
私は小さくため息をつき暫くして眠りについた。
❇︎
「おい、佐々木。 起きろ」
誰かが私を呼んでいる。
聞き覚えのある男の声。
この声は誰の声だっけ。
その声はだんだんと私の元へと近づいていく。
そしてかなり近づいたと思った矢先、後頭部に痛みが走った。
それと同時に目を開ける。
するとそこには見覚えのある男の顔が映った。
一見ヤクザ映画に出てきそうなチンピラ顔の男。
ヤクザの頭とかじゃなくて下っ端のチンピラっぽいのが特徴だ。
思い出した。
この人は高校の時の担任の上本先生だ。
「お前最近たるんでるんじゃないか。 進路希望調査票出してないのお前だけだぞ」
クラスの皆が私の方を見て笑みを浮かべる。
あー、私って高校の頃こういう立ち位置だったな。
なんていうか悪く言えば問題児。
よく言えばムードメーカーみたいな。
それにしてもよくできた夢だな。妙にリアルというか。
「おい聞いてるのか佐々木」
ドスの効いた声で上本先生は怒鳴る。
こういう感じも懐かしい。
高校生なんて何年ぶりだろうか。今年24歳になったから7年ぶりとかになるのか。
私も歳をとったな。
「すみません先生。今月中には提出します」
「バーカ、今月はまだ始まったばかりじゃねえか。 今週いっぱいに出さなかったら退学だからな」
「えーん、先生厳しい」
教室が笑いに包まれる。
そうそう私はこんな感じだった。
夢とはいえリアルだな。
教室内を見渡すとそこには懐かしい顔が並んでいる。
成人式の日の打ち上げで見た以来だろう、2年B組の面々がそこにはいた。
どうやら今は朝のホームルームの時間のようでホームルームが終わると上本先生は他の教室へ向かっていった。
「ねえ奈津子、あんたもしかしてタイムリープしてない」
隣を見るとそこには高校時代の由美の姿があった。
「……はあ、夢だと思ってたけどもしかして本当にタイムリープしてるわけ」
「やっぱりそうだ。 さっきの様子なんだか不自然だったからもしかしてと思ったんだ。 奈津子、結局あの呪文唱えたんだね」
「相当酔ってたからね。 それよりこれってどうやったら戻るわけ」
「うーん、どうやら後悔してる過去を変えることによって元の世界に戻れるみたい」
「みたいってどういうことよ」
「私も2回しか戻ってないからね。 2回分の考察の賜物だよ」
由美は何故か得意げに胸を張る。
「後悔してることってなんなのよ」
「それは奈津子しかわからないよ」
由美は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
どうやら簡単には元の世界に戻れそうになさそうだ。
それでも何故か少しばかりワクワクしている自分がいた。