ヤカン、アカン、オカン
暗闇にぽつんと光る35×56センチの薄い板。
その両わきに鎮座する手のひらサイズの黒いかたまりは銃声をはきだし、物があふれかえる6畳部屋ふるわせながら目の前の少年を見上げる。
耳がこそばゆくなるからと首からひっかけたヘッドセットからは今日何回目かの戦友の悲痛の雄叫びが聞こえた。
「おいー。またヨコかよー。今日めっちゃ床ペロじゃん。草ー。」
物影に潜み入り口から入ってきた敵プレイヤーを不意討ちで狙撃しチームに貢献しつつ、雄叫びをあげた彼をおちょくる。
もう少しここでホイホイ出来そうだとまた物影に隠れるように移動させる。
“今日マジで調子ワリィ。ダル。”
ヘッドセットからパリパリと誰もが好きな軽い音が聞こえる。待ち時間ポテチ。きっとやつが好きなのり塩か。
《んじゃさ、オレそっちいくわ。ペアで仕掛けっぞ》
仲間を心配してか、はたまた面白いことを思い付いたのかタケが座標くれと声をかける。
と、突然画面が赤く染まった。
「はぁー?!」
画面が赤からとチョロチョロと動く敵プレイヤーに切り替わる。どうやら隠れていた位置がばれてしまったらしい。チッと舌をうち、ゲーミングチェアに背を預ける。父から貰った年期の入ったその椅子は苦しそうに高い声をあげる。
“床ペロ~。草~。”
「たまたまだ!」
コントローラーを握り直し、ボタンを押すと画面は復活のカウントダウンを始めた。
ぬるくなったコーラで喉を潤し、首、肩を軽く回して次の戦闘に挑む。
戦況を表す画面上のゲージはやや劣勢を示している。残された時間はもうほとんどない。
ぜってー死なねぇ!と意気込み再スタートをきる。
画面全体に集中しつつ丁寧な操作を心がける。
戦場を駆け巡り、敵を見つけては撃ちを繰り返す。
気付けばあっという間に時間が経ち、TimeUPの文字が視界を遮った。
続いて戦績が淡々と流れていく。
“だー!負けたー!”
ヨコが悔しげに叫ぶ。
《いやいや、負けに一番貢献したやつが言う台詞かよ》
途中ヨコの助けに入ったタケがくつくつと笑いながら突っ込む。
「後半追い上げようと頑張ったんだけどな。」
ホーム画面に戻り、コントローラーを机に投げる。背もたれに上半身をあずけ意味もなく左右にゆれる。
【どうする?もっかいやる?】
あまりしゃべらないシュンが声をかけた。
“いやーもう気持ちあがんねー”
《だな。別のやるか?》
「お、いいね。何やる?」
マウスを握りゲーム画面を小さくすると、みんなでやれるものはと他のゲームタイトルを目でなぞる。
【狩り行く?】
ピ“狩りか、久々じゃね?”
|《久々と言えば、今日アイツ学校来てたよな》
|「あいつ?アイツって?」
|《篠原だよ。しのはら。ずっと不登校でさ。》
|【5月くらいまではクラスで顔見た気がするけど、そうか不登校だったのか。】
|「へぇーそうだったのか。」
|と言いつつ顔は全く思い出せないが。
|《久しぶりに来たから無理せず途中で帰るかと思ったら1日いたんだよな。なんで学校休んでたんだろ?病気?》
|「え?いじめ?」
|《いじめなんてあったか?そういえばヨコ、篠原と同中じゃなかったっけ?なんか知ってる?》
|『…いや、わかんね。てか、こんな話しよかゲーム決めようぜ!』
|【あのさ、ピーって音聞こえない?さっきから気になってんだけど…】
|「え?音?」
ヘッドセットを手で覆い、スピーカーのボリュームを下げ、辺りを確認する。
パソコンの唸る音以外は聞こえない。
首にかけたヘッドセットを耳に当てる。
ピ「あ、確かに聞こえる。でも俺じゃない。タケかヨコ?」
|《いやオレでもない》
|『あー俺だわ。オカンがヤカンで湯沸かしてっかも。ちょい見てくるわ。』
|「寒っ」
|『ギャグじゃねぇー!』
|ガジャン
|「いってらー」【おう】《へーい》
|バタン
|《そういや、課題なんか出てたっけ?》
|「あ?出てたっけ?」
|【英語出てたぞ。あと数学出てないけど来週小テスト】
|「は?!聞いてねぇ!」
|《うっぜー》
|「前髪もうぜー」
|《あれヤバイよな。ぜってー前見えてねぇって》
|【因みにテスト範囲は今学期今日までやったところ】
|《はぁー?うっっっざ!》
|「えげつねぇー。」
|【もはや小テストではない説】
|《大テスト?》
|「大ってなんだよ。草はえる。」
|《Dainamaito!》
|「発音良すぎて無駄遣い」
|《Nice body》
|パリン「やめろ。吉Tのナイスバティ想像して吐く。」
|ダン《安心しろ。骨は拾ってやる。》
|「死ぬまで言ってねーよ」
|《今までありがとな》
|「殺すな」
|ダダン《Fカップに埋もれ死ね。さすれば天国が見えるだろう》
|【見上げれば地獄。つら。】
|《そっと手をのばせば柔らかな脹らみ》
|「いや、顔は吉Tだろ?全てが地獄。」
|《あっちこっちさわり放題もみ放題!》
|「じゃあ、お前代われよ!」
|《no thank You!》
|「遠慮すんな。丁寧に梱包して、のしつけて贈ったる。」
|《やめろー!どうせ贈るならこのみちゃんにしてくれ!》
|【リアルすぎ】
|「タケはこのみ先生好きだったのか。なるほど
」
|【世界史の成績がいいのはそのお陰か】
|《このみちゃんのお声は一言一句のがせねぇ!》
|【そのやる気、他の方にわけりゃいいのに】
ガタン《ちゃんとわけてるぞ!》
プツン「何に?」
《部活とか!》
【それ、副顧問このみ先生だからでは?】
《Yes!!》
「単純」
《No I don't!》
「なぜ、さっきっから英語?」
《なんとなく!》
「そこは日本語かよ。」
【ヨコ遅くね?】
「あー遅いな。何してんだろ?」
《おーいヨコー?》
【あれ?Skypeきれてる】
《いつの間に?》
【もしかして寝た?】
「何にも言わずに?」
《ま、キリいいし、今日はもう解散すっか。》
【んー】「おー」
【じゃーまたー】《またなー》「おつー」
プツン ガタン
ヘッドセットをキーボードの上に置き、ボタンを押してパソコンをスリープへ移行する。
机の小さな水溜まりからコーラを救いだし、一気に飲み干すとゴミ箱へ投げ入れた。きっとゴミの日に母が分別がどうのとかブツブツいいながら捨てることだろう。
ゆっくりと腰をあげ、両手を突き上げ伸びをするとどこかの骨がぽきっと気持ちの良い音で鳴った。
重力に任せて腕をおろすと部屋の暑さに今さら気付く。と同時にHRで担任が口にした熱中症の注意喚起を思い出す。
さすがに不味いかもと思い窓を開ける。
少し湿気を帯びた風が中へと入り込み、どんよりとした生ぬるい風が腰から腹を撫で外へ飛び出す。
これはエアコンかけて寝た方が良さそうだ。
そっと窓をしめ、エアコンのリモコンを手に取り、ベッドに転がる。
どこかでサイレンの音が聞こえる気がする。
微かな冷気を感じ、急に重たくなった目蓋を閉じる。
あ、英語の課題忘れてた。
まあいいか。
読んで下さりありがとうございました。
なるたけ頑張りましたが…伝えたいことが伝わっていたら幸いです。
これからもぼちぼち頑張っていきます。