摩天楼は冷たく微笑む
高層ビルの屋上では、巨大な蜷局を巻くように強い風が舞っていた。
真冬だというのに、その風はとても暖かく感じる。
これから自殺をする私の背中を、優しく押してくれているようだ。
無心で鉄柵を乗り越え、屋上の縁に立つ。
若干の恐怖心が襲うのではないかと思ったが、実際は正反対。
これで全てが終わるのだと思うと、無性に清々しくて、心の中を覆っていた悩みは消え、久方ぶりに私は笑っていた。
「サヨナラ」と小さく私は呟き、躊躇いもなく身を投げた。
生まれて初めて感じた、最初で最後の自由。
今日が私の命日。
落下し続ける体とは裏腹に、意識は天高く昇るかのように薄れていった。
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気がつくと私は、まっ白な天井を見上げていた。
「ここ、どこ?」
「良かった。目が覚めたんだね」
体に力が入らず全く動かない。
声がした方に視線だけを向ける。
そこに居たのは緑色の手術着を着た医師のような年配の男性。
「ここは病院だよ」
「私、死ね、なかったの?」
私は頬に涙が伝うのを感じた。
まだ確かに生きている。
「いいや。君はあのビルから飛び降りた時、一回死んだんだよ。そして生まれ変わった。だから今日は君の命日でもあり、新しい誕生日でもあるんだ」