あ
私は子供の頃、裁縫に没頭していた。
綺麗な柄のカバンよりも、カッコいいキャラクターよりも、
とにかく可愛い生き物のぬいぐるみを作るのが好きだった。
特に好きなのはネコである。
三毛猫のぬいぐるみを大切に持っていた。
毛の触り心地がよく、モフモフしている。名前はスリ。
いつもスリスリしていたくなるからだ。擦り寄ってみると匂いもまた良い。
当然、ベットで一緒に寝ていた。
自慢のぬいぐるみだ。誰にもスリスリさせやしなかった。
九歳の時、私はスリのために家族を作った。父親はリュウ、母親はレイ。
両親まででは収まらず、祖父母まで作ったことがあった。
そこから叔父叔母を作って、もうしっちゃかめっちゃかだ。
指の数では数えられない程に作った。私はその全てを気に入った。
うつ伏せで寝て、その上に人形を乗せ、一緒に寝て、まとめてモフモフ スリスリした。
とにかく私は、スリのことを愛していたのだ。
私はスリに言った。
「毛がよごれているから水あびしない?」
その時、スリから返答はないが、水浴びをすることにした。
下手な鼻歌を廊下中に響かせて、揚々と洗面台へと向かっていく。
洗面台の栓を付け、水を注ぎ込んだ。
日頃からスリを抱いているせいだろうか、水に漬けたら、だんだんと茶色に黒ずんでいく。
「きったねぇ~」私は率直に言った。
スリは、黒い水に頭を浮かばせている。黒湯に浸かっているみたいだ。
「どーお?きもちいいでしょー」意気揚々とスリに言った。
私はスリを持ち、水で優しく濯いだ。
何度か濯いでいくうちに綺麗になっていった時、私は異変に勘付いた。
「ん?なんか頭の形が変だよ?」私は少し焦った。
中の綿が、水で崩れてしまったのだ。
乾燥した時、治っている大したことのないモノだと思い込んだ。
毛で違和感があるだけだ。そう前向きに捉えて、風呂に出て乾燥させた。
治らない。治らない。
顔が横へと膨れ上がってしまっている。
猫に頬袋など要らないのだ。
何度も直そうと頬を押し込んでも、しっかりと横に頬袋を構えている。
ほっぺたがプニプニしていて可愛いというよりも、腫瘍に近いものだと思う。
私は動揺した。
即刻、中の綿を変えることにした。
けれどなんかおかしい。ベコベコだ。
より乾燥したから腫瘍がより一層、しっかりと両サイドに重鎮している。
布が引き伸び、その中へと綿が侵入きてしまうのだ。
何度も取り繕ったが、満足できるような形にはならなかった。
焦りと緊張が走った。
スリの緊急手術は四時間を回った。依然とスリは、ならず者のたぬきが猫に化けたようだった。
そこで私は思い切ったアイデアを考えついた。膨れ上がった部分を切り落とすのだ。
十歳にしては、ちと馬鹿なアイデアだった。
元々間違った選択をすることが度々あるが、こんな彼にとっての相棒の危機に出るとは。
その切り落とした腫瘍のような場所にパッチワークをつけるのだ。
三毛猫なのであまり違和感はないだろうという算段だ。
最悪、スリはぬいぐるみとして死ぬ。
私は迷った。大人の力に懸けてみないかと。
けれど、自分の思うスリになっているのだろうか。
「あぁぁ~もうこのさいやってしまえ!」
私は、変な決断をしてしまった。
当たって崩れろ精神が意味の無い所で発動してしまったのだ。
私は勢い良くスリの腫瘍を切り落とした。行動に移してしまったのだ。
次は、布をつける大事な作業だ。ここで違和感があるように縫うと、化け物の完成してしまう。
より事態が悪化したように思えるがもう知らない。
やってしまえ。考えを揉みくちゃにして奇行に走ったのはもう変わらない。
私は、スリに布を縫い始めた。
結果的にうまくいった。
柄を変えて、スリが戻ってきたのだ。
途端に、自分はスリにしてきたことの罪悪感が湧いた。
私は、スリと抱きあった。
二度と水につけないと約束した。
これ以上スリに壊さないことを約束した。
私の心に安心感が訪れた。
腫瘍で別の人形を作ってみた。名前は安直だが、ハレモンと名付けた。
けれども、こいつだけスリの件があってかあまり気に入らなかった。
その上、見た目が気持ちが悪い。作って数日で失くした。
文字通り、腫れ物扱いだった。
スリは小学校に持って行くことはなかった。
小学校には先生のぬいぐるみがあるのだが、
そのぬいぐるみの扱いは、それはそれは私には耐え難いモノであったからだ。
頭を持って、床で踏み潰し、千切るように引っ張ったりしていた。
頭の綿を抜いて、中にどんぐりなどを入れていた連中もいた。
私はそれが許せなかった。
なぜあんなことができるのだろうか。
生命が宿ってないように見えるからだろうか。
そして先生はなぜ、その生徒に対してはっきりと言わない。
愛がないのだろうか。
なぜ飾り続けているのだろうか。
ますます考えると怒りが湧いてくる。
ああ忌々しい。
何もしていない傍観者が吐いても愚者にしか見えないだろう。
大丈夫だ。私は行動した。破壊の限りを尽くすチンパンジー供に思いっきり立ち向かった。
アイツらでも理解ができるように、劣性の脳細胞だけで会話できるよう努力した。
相手に思いっきり反発しても、相手も反発するだけだ。
なるべく仲間意識を持たせて、対応するんだ。
「うぁーw何これ?ちょっと見せてくれない?」
「えっ?いいよw」
あっさりと見せてもらった。wを面白くなくても終始欠かせないことがコツだ。
仲間意識を持ってくれてたら、案外簡単に許可してくれた。
やはり、コレはひどい。道徳と人情がまるで無い。
愚がそこで体現されていた。チンパンジー供の汚点の集約品だ。
体が四方八方に切り裂かれ、ぬいぐるみの頭に
男性器を模したマークが書かれている。
小学生だな。最低の。
「きっしょw」
「それなw」
「やる?w」
「見てるだけでいいわw」
「いいの?w」
「いいよw」
「ww」
油断するな。自分が飲まれるな。一回俯瞰して、確認してから行動だ。
簡単な話だ。チンパンジーの群れにいつの間にか人間がいたら、驚くに決まっている。
自分を狂わせるな。一回落ち着こう。
放課後、誰もいなくなった後、ぬいぐるみをできる限り直した。
変に仲間意識を持たせたら、簡単に手に入れることが出来た。
前のスリの経験からパッチワークをした。
元々の布がほとんどが使い物にならなかったが、ある程度綺麗になった。
そのことを先生に伝えると、喜びが伝わらない感謝が来た。
やはり愛がない。
やっぱり愛がない。
私はぬいぐるみを隠した。彼らはそんなことを気にせず、楽しく話あっている。
もうぬいぐるみに気を止めなくなったのだ。
こっちは愛どころが情がない。
やっぱりきったねぇ心だ。
私はスリのモフモフしたところでスリスリした。
奴らに対する怒りも浄化されて行く。
パッチワークの部分は、体の毛並みの部分とはまた違って良かった。
「今日はちょっと手入れするね」
例の件があってから、特段注意していた。
ポリエステルだから優しく揉むんだ。
優しくそっと、スリのパッチワークを触った。
やっぱり毛並みが気持ちが良い。濡れていてもスリスリとしたくなる。
今回は大丈夫だ。問題ない。
私は安堵をした。スリになんの変化はない。
乾かしたらスリスリタイムの始まりだ。今日一番の最高のショーだ。
私は綺麗になったスリをベットに置き、準備を始めた。
まず半袖になる。とにかくスリの毛という毛を肌で味わうのだ。
そして布団は、毛並みが楽しめるようこちらも心地の良い毛布とシートだ。
親とやらは、上でドラマを見ている。問題無い。
さてさてとベットへと乗り込んだ。
スリへと勢いよく突っ込んだ。
スリを抱えて体を気持ちの良い毛並みに擦り合わせて動かした。
心底心地が良い。至福であり、至高だ。
先に言葉にしてはなんだが、気持ちいなんてもんでは無い。
すこぶる至高だ。もーたまらない。「あぁあぁあぁあぁ」
側から見られれば、引かれること間違いなしだが、もう止まる理性は残っていない。
気持ちは暴走されていくだけ。欲求はより欲望へと変わり、絶えずスリを抱いた。
間違いなく二十分はやっていただろう。今日も十分に満足した。
時間が早くなったような気がした。
スリは変わらぬ顔をして、ベットの上で寝そべっている。
落ち着きがより一層強くなった。
明日もやろう。
学校に来た。先生とぬいぐるみをいじめていた生徒は、教室にいる。
なんか気にしているのが面倒くさくなった。もういいや。
私は自分の席に座り、うずくまった。
彼らに対する意識を放棄した。そんなことより眠い。
昨日はあんだけモフモフしたんだ。興奮のあまり、寝つきが悪かったんだな。
そろそろ授業が始まるというのにこのまま寝落ちしてしまいそうだ。
「キンコン〜♪カンコン〜♫」
あーチャイムなった。なったわー。国語だ。本当に眠い。
文章は好きと言えば好きだが、こんな時に見れば睡眠に拍車がかかる。
しっかり寝落ちしてしまう。体を起こして寝てれば、起きているように見えるだろう。
いや先生ナメてるか。
むしろしっかり寝てしまおう。小賢しいことやってバレた方が面倒だ。
先生が理解できる範囲で動いておこう。
私はしっかりと寝る体制に入った。バレてもいい。一秒でも多く寝て、眠気を発散させるんだ。
私は寝た。先生がなんか言っているが、ゴニョゴニョしていて喃語と差し支えない。
睡眠導入のbgmにしては聴き心地は悪いが、もう眠れそうだ。
「おい起きろー!」
あああ。もうちょいぐらい寝れると思ったが、案外すぐ起こされた。
ほんのちょっと多く寝ていたかった。
私は時計を見た。
九時三十二分。まぁしっかりは寝れたか。
「おい何寝てんだよ!」
いじるように先生が言った。周りの生徒もちょっと笑っている。寝ぼけている私を笑ってるのだろう。
ここはボケた方がいいのかな。まぁ、もっと寝たいし寝る素振りでも見せるか。
私はその再び手を組み、寝る体制に入った。
「おい!」
その一言で生徒たちが一斉に笑った。先生も、ぬいぐるみをいじめていた生徒も笑った。
なんだかなんとも言えず、笑った。
少し楽しかった。
映画で体中が抉られている人を見た。見た時、むわっと脳内で危険信号が伝わったような感覚になった。
ただ血が溢れているという感じではない。肉とやらがちぎれて散乱しているのだ。
足は、中の血と肉というのが両サイドにむき出しなっており、
白い骨のようなものが浮き出ていて、奥のものが見えている感じがした。
とにかくリアルなのだ。壮絶な引き立てなどなく、ただただ痛々しい。
悶々としている声が垂れ出している酷い惨状だった。
顔を見た時が一番辛かった。皮膚が赤く膿んでいる。とにかく真っ赤だった。目も合わせられない。
顔の皮膚が剥がれ、表情筋とやらの小さい筋肉の塊のようなものがはっきりと見えた。
それ人があまりも痛そうに体中で動かしているんだ。
顔が歪んだことで筋肉も歪み、血が流れ、より痛みが伝わっていく。
けれど少し待った後、
なんだか見れるようになったのだ。
ちょっと考え方をいけない方へと回したのだろうか。
急にだ。見てもキツいはキツイが、見れないことはなかった。
映画だからニセモノだと思ったからだろうか?
本物だったらより強い刺激になったのだろうか?
この際どっちでも良いが、一度見たくなるような感覚になった。
なんでだろう。気味が悪くて、心地が良い。
痛そうな感覚に慣れてしまった自分が少しどうかしていた。
十才にしてはとんでもないものを見たものだと思う。
こんにちは
そう言って誰かから挨拶された。上杉先生だ。
そうだ、私は荷物を準備室まで運ぶ仕事があるのだ。
「どうした?何ぼーっとしてるんだ?」
「あっ 早く行きます。」
なんだか行く気分ではなかった。
モアーーーっとした気分が漂う。ストレスという訳でもないのに。
私は荷物を持ち、準備室へと向かった。
通りかかっている子供。顔が笑っていた。下級生だろう。
笑っていた。
そんなことどうでもいい。前を注意しよう。
荷物を運んでいるんだ。下級生に当たったら危ないだろう。
準備室は左に曲がって、渡り廊下を抜けると右の奥の部屋である。
曲がった先には、下ネタを楽しく喋り合うような、ちょっと苦手なグループがいた。
楽しく喋りあっていた。顔が笑っていた。
誰も攻撃しないで、誰も傷つけないで、ただただ下ネタを連呼して笑っている。
なんだか悪くない。彼らの話を聞いた。やっぱりしょうもない。けど面白い。
通り過ぎただけなのになんか微笑ましくなった。
なんだか輪に入りたくなるような、ならないようなそんな少し浮ついた気持ちになった。
準備室へと荷物を運んだ。依然とモァ〜〜っとした雰囲気がした。
なんだか晴れない気持ちが続いた。
今日は少し早く寝よう。
スリはやっぱり優しい。そして何より可愛い。この想いはこの晴れない思いであっても消えなかった。
今日もいっぱい抱いた。この嫌な感情は、スリから離れると湧き上がってくるように思えた。
スリから離れたくなくなった。この一秒一秒をスリの時間に使いたくなった。
そうでないと不安なのだ。
そして私はきっと嬉しいのだ。スリと抱き合えるということを。
何回でも抱いていたい。そう思えるほどにスリの毛は可愛らしい。
無言でただ。ただ抱った。
十分にスリと抱き合った。もうすぐ寝るとしよう。
「おやすみ」
スリと一緒に私は眠った。




