74:人目をはばかることなく
他人の体液を取り込むことにより、その者のスキルとステータスを完全にコピーすることができるスキル――【泥沼と落雷と】
ジゼル女王は俺の血を舐め取り、勇者としての全てをその身に宿した。
全身を神々輝かせるのは、まさしく勇者がユニークスキル【沈まぬ太陽】が発動しているからに他ならない。
任意で光量の調節は可能だが決して無光にすることはできない悪魔のスキル。
俺は最低限の発光……寝るときにつけるようなオレンジ灯のごとく小さな光を維持してはいるが、一寸先の闇というものを今後一生味わうことができない悲しき使命を背負うこととなった。
露とも知らぬ女王はその身を爛々と輝かせるばかりである。
「ほう、これは便利な能力だ。己に害あるモノを識別するスキル……。なるほど、高濃度の媚薬を見破ったるはこれのおかげか」
あたってる。
あたってるが……便利と言われればモヤモヤする。
「それに先程から、とても清々しい気分だ。体中から毒気が抜けたような……王座について以来、一度たりとて気の休まることなどなかったが、今、目的の成就を前にしてなんと晴れやかなことか」
女王もいろいろな重圧を抱えていたのだろう。
きっと俺にしたように、女王もまた、食事に毒を盛られていたって不思議じゃない。
うんそれたぶん【神々の食卓】発動してるわ。
食後30分は状態異常にかからない。
それはこれまで堆積していたものも分け隔てなく、あらゆるを無効化してくれる。
つま女王は、30分以内に食事をとったということだ。
……飯食ってから戦場にくるとか余裕すぎない?
「む? なんだ、汚らわしい。死肉にたかる蝿め、ええい! 妾に近寄るな!」
無駄だ。
奴らはお前に好意を持っているだけにすぎないから命令など聞くはずもない。
本来ならば言葉すら通じず、それを理解できる頭脳を持ち合わせてもいない羽虫なんぞにしか効力はなく、ほとほとクソスキルだと実感するよ。
【円卓の騎士の招集】
このスキルが任意発動なのがせめてもの救いだ。
つまり、興味本位でスキルを発動させた女王のマヌケだったってことだ。
そんな間抜けにインタビューをしてみたいと思う。
「勇者の力を手にした心境を聞かせて貰えないか?」
「ふむ……。存外、大したことでもないな。いや、溢れんばかりのステータスを手にした実感はあるのだが、いかんせん……」
「おい、何を仲良く談笑しておる。目の前の勇者を八つ裂きにしてしまえば、もうそれで終わりだ。ジゼルよ、神の力をもってしても回復できないほど細切れにしてやれ」
横やりをいれてきた魔王は剣の切っ先を俺にむけて、やはりどこかほわほわ浮き足立っている女王に言を強めた。
やかましいのはお前だと言わんばかりに不機嫌な表情をしてみせる女王ではあるが、すぐに気を取り直して、魔王と同じように俺へと剣を向けるのだった。
「勇者よ。貴様と同等の力を手にした妾がなぜこうも勝ち誇るか不思議だろう。少なくもも互角であるはずだろうと」
そう、本来なら何か策があるのかと勘繰る場面だ。
……だがこのお茶目さんの数々のおっちょこちょいを目の当たりにしてるからな。
いや、ここまで言うのだ。
何かあるに決まっている。
「やれやれ、おしゃべりめ……!」
背後から女王の声。
またあの魔法かスキルか……と一瞬思ったが、口調は同じだがどこか荒々しい雰囲気は――魔王!
「あっぶね!」
女王のいたずらだと思いつつも、つい声がした方向に顔を向けてしまう癖が幸いした。
魔王だと気づくと同時に奴を視認。
今にも剣を振り下ろさんと迫ってくるのを寸前で回避できた。
……だが、あのスピード。剣のキレ。
そして俺の全力の回避行動をしっかりと目で追っていた反射神経。
まさかこいつも、女王と同様に俺のステータスをコピーしたとでもいうのか?
「ククク、ご明察」
表情に出ていたらしい。
魔王は勝ち誇った笑みで俺の考えを読み取り、勝手に答え合わせを始めた。
そしてこの状況……!
前後を女王と魔王に挟まれた。
俺と同じ力を持つ相手だ。一人だけでも精一杯だろうに、二人同時になんて……。
「勇者よ、チャンスを与えてやろう。妾の仲間となるのであれば、世界の半分を貴様にくれてやるぞ」
「……は?」
唐突に女王が言い放つ。
……いやほんとなんだ急に。傍から見ればニ対一なうえに挟撃の形を取られ、更に言えば俺は素手だ。
奴らからすれば、俺は絶好のカモだろうに。
わざわざ高待遇で引き抜きにかかるには、タイミングが遅すぎる。
ただの戯言か?
了承したら「嘘だよバカめ!」と襲ってくるかもしれない。
しかし断ったところで殺しにかかってくるのは明白だ。
「……何だ、貴様、さっきから……勇者を殺して人類を滅ぼし、妾と貴様だけの世界とする。そういう話だろう。それを、勇者を生かすどころか世界の半分だと? 寝惚けるなよ……!」
魔王の反論が飛ぶ。
やっぱり女王の独断か。
努めて落ち着いた口調を心がけているようだが、その声質に怒気が込められているのは火を見るより明らか。
だが腐っても女王。
人間界の頂点に立った女。
単なる思いつきのわがままだったとしても、自身の発言をそうやすやすと変えるようでは外交などできるものか。
そんな凄みをかんじさせる怒涛の言い訳だった。
「ふん、闇より出でし貴様には到底理解できんだろう。生命が、人間が……どれほどの欲に満ち溢れているか。それは闇に魂を売った私とて抗えぬ【業】なのだ」
「……つまり、何が言いたい」
「この勇者を我が夫として迎え入れたい」
……夫?
えっ。
女王は俺のことが……好きだった?
――否。
それ以前の会話からも俺に好意を寄せていると考えるのはいささか難しい。
欲がなんとかと言っていたな。全人類を皆殺しにして、ただ孤独に死んでいく自分を想像でもしたか?
今更連れ添いが一人でも欲しいと欲張ったのか。
しかしそれを魔王は理解できない。
人類を滅ぼせとプログラムされて混沌より産み落とされた殺戮マシーンにとって孤独こそ日常。
故に、魔王の返答は的を得ない。
「や、闇の王……!? 夫だと!? 伴侶が欲しいと言うならば、妾が一生連れ添ってやる。だから馬鹿げたことはもう言うな!」
「自惚れるな魔王! 人間の心がわからぬ貴様には務まらぬわ!」
一喝。
ピシャリとたしなめられた魔王は狼狽した。
今この場でなにか起きているのか、全く理解できない。
作戦はすべて円滑に進んでいた。
そしてとうとう魔王たる己が役目を、あと一歩で果たせようとしているこの瞬間。
なぜ、追い詰められているのは……自分なのだ!?
そんな気持ちを想像するに難くない。
そう気に病むな魔王よ。
俺もこの女が何を言いたいのかさっぱりだ。
そしてとうとうハッキリする。
この女の真意――!
「そもそも貴様はスキルによって妾の似姿から戻ることはできん。だからその姿はずっと女のまま。そして、妾が欲しているのは夫……男だ。そう、妾は男が欲しい。妾は――!」
女王はすうっと息を大きく吸い込む。
欲望を吐露する。
「人目をはばかることなく、思う存分性欲を開放したい!」
「な、なにぃ!?」
こいつただムラムラしてただけだったあああ!




