69:出撃――!
夜が明ける――。
昨日、俺たちが蹴散らした大軍は、あれでも魔王軍のほんの一部だ。
レベルが100近い悪魔の猛攻をも物量で凌ぎきっていたあれだけの軍勢は絶えることなく、次から次へと襲い来るそうだ。
「十中八九……苗床がおるな。魔王の力によって強化されたマザーから強いモンスターが生まれ、それを魔王がさらに強化する。……全く、この世を終わらせるためだけに存在するかのような能力よ」
関心したようにうなるルシファー。金色の瞳に多少の曇りが伺える。
モンスターに近しい存在である悪魔が言うのだから間違いないのだろうし、なるほど。アホみたいに強モンスターをじゃんじゃん生み出されているなら、先に消耗するのは人間側であるのは明白。
まあ、そんな事実が隠されていようともやるべきは変わらない。
俺たちの勝利条件ただ一つ。
一匹残らずモンスターを駆逐することだけだ。
「これより、魔王軍討滅作戦を開始する」
俺の掛け声に――大地が揺れた。
それは、声の力だ。
俺のじゃない。背中からドン! と押してくるすさまじい圧力を感じる。
――手の震えが止まらない。
昨日の夜。
俺は結局、一睡もできずに今この場にいる。
いまさら怖気づきでもしたか?
いくらレベルが二桁の相手とはいえ、敵の数は計り知れない。
それに、例えばダンジョンに出てきた二階層目のエルフのように、【こうげき】に特化したモンスターがいたって不思議時じゃない。
そうそう、スキルによって【ガード不可】や【耐久力無視】の能力だってあるだろう。
それらに囲まれたが最後。
俺は死ぬ。
そんな思いに、震えが――、止まった。
――些事を考えていたら、いつの間にか止まっていた。
しかし俺という矮小な人間は、再び現実に引き戻されると、また壊れたロボットのようにガタガタと振動しっぱなしになってしまうのだった。
緊張――。
我が身のバイブレーションは、そんなバカみたいな感情が引き起こした現象だった。
未だかつて、俺はこれほどまでの注目を集めたことはない。
だってそうだろ。
これまでなんら平凡な生活を送ってきた一般人が、突然に勇者として崇められ、今まさに世界の危機を救おうとしているのだ。
そしてそんな期待の眼差しを一身に受けている今この状況。
学生時代。
なんらかの表彰があって、全校生徒が見守る中で賞状を授与されるときも、俺はガチガチに緊張した。
それだってたかが先生方を含めても三百人に満たない数だ。
――三十万人――
俺の背後には、そのような膨大な数の人間がひしめいている。
俺を召喚したアダムス王国を筆頭に、その他人間の住まう国々の軍隊が一同に集結していた。
集めに集めた……三十万人!
特に女王が率いてきたのは自国のほぼ全軍らしい。
いいのかよお前の国……。ちょっと魔が差した他国に狙われでもすれば一瞬で陥落するぞ。
勇者と共に前線を押し上げたと喧伝すれば、魔王を倒した後の世界でも優位に立てるとか考えたのだろうか。
一国の主がこんな単純な理由で全軍を率いて死地に飛び込むはずはないとは思うんだが……。
「ククク、貴様がそんなタマだったとは思わなかったぞ」
ロリシファーがいたずらに顔を歪ませる。
幼い見た目ながら、あくどい表情をさせればやはり悪魔の右に出るものはいないだろうといったところか。
「ぐははは! なんなら貴様は休んでおってもいいのだぞ勇者よ!」
野太い声で快活に笑うのは魔界四天王が一柱・アモン。
赤と青のオッドアイなのは魔配合を繰り返していろんな種族の悪魔をその身の一部とした証だそうだ。
魔界のスキルの殆どをその身に収めた【技のデパート】と称されることもあるという。
見た目は黒い艶やかな長髪の幼女である。
「ケケケー! 我が瘴気で人間どもを一網打尽にしてやってもいいぞ! その方が動きやすかろう!?」
物騒なことを言うベルゼブブ。
真っ赤で大きな目は無表情に微動だにしないながらも、反して言動は陽気な奇妙な奴だ。
黄色い帽子をかぶった青い服の幼女である。
「この程度の注目で気が散ってしまうなど、上に立つ者のツラ汚しよ!」
サタンは本来、瞳のない真っ白な眼光で全てを見通す全知の悪魔だったそうだ。
遥か昔に神に挑み、その目を潰され全知を失ったそうだが……それでもなお魔界四天王の座に君臨する実力者。
今では両目を貝のように閉ざす病弱そうな幼女である。
「……お前らなんで幼女の姿すんの?」
「ふん、異形の姿ではモンスターと間違えたお主らに攻撃されるのでな。この姿ならば逆に庇護欲を誘って攻撃する気などおきまい?」
ルシファーの提案らしい。
モンスターと一緒にぶち殺したことを根に持ってる様子だった。
「ダーリン、大丈夫。ダーリンなら絶対みんなの期待に応えられるから」
「シンディ……」
人前だから服も着てるしまともなふりをさせているが、本当にまともなこと言うのな。
自分を異常だと理解しるからこそ【異常じゃない】行動をとることはできる。
彼女の心の闇を感じた気がした。
そして今度はアレンデール三姉妹が順番待ちでもしていたように俺の前へと躍り出る。
「しっかりしてよアギトさま!」
「そうです。わたくしたちに全てを任せて、アギトさまはどっしり構えていて下さればいいのですよ」
「いっぱい頑張ったらごほーびくださいねっ! アギトさま!」
アナ。エルザ。オラフィス。
よっぽど、自分が思っていた以上に緊張していたみたいだな、俺は。
みんなの激励に肩の力が抜けたのを感じた。
心なしか呼吸が浅かったようで、大きく深呼吸すると酸素が全身に行き渡る清々しさに気分も晴れやかだ。
「おう、お前ら。……サンキューな」
おかげで緊張がほぐれた。
みんな笑顔ですっとぼけるが、ガチガチな俺を見てらんなくて声をかけてくれたんだろう。
そして……ベル。
「タキさん、あなたの隣に立って共に戦える日を待ち望んでいました。少しでもお力添えできるように……頑張ります!」
なんだかんだ、もし女神がまともで、俺をすぐにでもこの世界へと送っていたなら、彼女はこの地で死んでいたかもしれない。
また、俺がダンジョンを脱出する時期が少しでも遅れれば、オークに惨殺されていた。
彼女を助けることこそ、俺がこの世界に召喚された本当の使命な気がしてならない。
いや違いない。
俺はベルを守るために存在するのだ。
「何があっても、俺のそばを離れるな。いいか?」
「はいっ」
彼女を抱きかかえる。お姫様抱っこだ。
そして、息を大きく吸い込み――叫ぶ!
「出撃だああああああああああああ!」




