63:変態の風
――そして、二ヶ月が経過した。
魔王軍は依然として猛威を奮っている。
前線地帯であるシャンゼリゼ郊外は美しい田園風景が魅力の街だった。風車と黄金色の大地と、それを紅く照らすサンセットが絶景だった。
今では、肥えた大地は踏み固められ無残に干からび、風車はもう瓦礫すら見つからない。常に何かを焼く炎と黒煙で、空に太陽は失われた。
ここは生命が存在していい場所ではない。
――逆を言えば、ここまでの惨状へと変貌してしまうほど、この地での戦いが均衡していると言える。
これまでは、余りにも戦いなどと呼べる状況ではなかった。
魔王軍の進軍を止めたのはこの地が初めてであり、それは二ヶ月前から突如として成果が出始めたのだ。
ベルの仕業だった。
もっと詳しく言うなら、ベルに寄生する――ミゼーアの功績が100%ほど。
ベルが行える唯一の召喚魔法である【悪魔の契約】は、悪魔との取引を行うものだ。
術者から何かを要求すればそれに見合った対価を悪魔が提示する。術者が了承すれば、成果を受け取った後に対価が支払われることとなる。
召喚士試験にはこれが用いられ、【取引をせず無事に悪魔を送還できた場合】、召喚士となることを認められる。
ベルは悪魔を従えることに特化したスキルを持っていた――わけではない。
代々続く商人の家に生まれたベルが保有していたスキルは【値切り上手】【絶対お買い得権利】【サービス体質】の三つ。しかし魔法の才が少なからずあったことにより、魔術士となる道を選んだ。
努力を惜しまず、魔術士たりえるスキルも会得した。
そして召喚士試験において悪魔を呼び出し、全員が対価として【命】を要求されている中でベルだけは【上着を一枚】だけで済んだ。
今回、ベルの【悪魔の契約】は、ミゼーアの超強化能力により呼び出せる悪魔の位が段違いに高くなった。
複数同時召喚も付随され、一度の【悪魔の契約】でベルは上級悪魔を四体も呼び出してしまったのだった。
「て、敵を殲滅してほしいんですけど」
皆と取引を交わす。ベルの要求に悪魔たちが出した対価とは――。
「いいだろう。では……【我らを殺さない】と約束してくれるのであれば、その願い、聞き入れよう」
ミゼーアが少し脅してやれば、悪魔は従順な下僕となった。
明らかに実力にそぐわない結果にゲスウィッチは試しに自分も悪魔を召喚してみせた。
ベルが邪神に寄生されているということを知らないために、この混沌とした地では召喚能力が飛躍的に上昇するものだと考えたのだ。
しかし案の定、召喚した悪魔は一体のみ。そして要求を叶える対価として【末代までの魂】が必要だという。
つまりは不可能だと案に言っているのだった。
「ベル・ワトソン総帥殿。……つかぬことを伺うがレベルはおいくつか?」
「……18です」
ゲスウィッチは62レベルだった。
――この一件を期に、魔力量や実力よりも【才能こそ最も重要】であるという結論に至った王国は王宮魔導士団への入団試験方法を大きく改訂することとなる。
それがどのような結果をもたらしたのかは、また別の話。
要はそれほどまでに、今回のベルの功績は衝撃的なものだったということだ。
魔導士の観念を覆してしまうほどに、この戦いは人類の歴史に名を刻んだ。
特に――この後に起こる展開は瞬く間にモンスターの軍勢を撤退させ、この戦争で初めて手にする人類側の勝利を呼ぶものだった。
最初にそれを発見したのは乱戦中の悪魔。
99レベルに匹敵する上級悪魔は、強化されたモンスターといえど撃破自体はさほど問題としなかった。
しかし数が多い。一撃で仕留めきれないモンスターから追撃を受けることもままあった。
なのでダメージを受けたら他の悪魔と交代。キャンプに戻り、ミゼーアに強化されたベルの回復魔法をかけてもらう。
四体の悪魔でそのローテーションを組むことで戦場は均衡を保っていた。
決め手にはかけるものの、人間側の被害は最小限にして確実に相手戦力を減らしている。
しかし、ジリ貧には違いない。
このままではモンスターの全滅よりも早く、補給を断たれて疲弊しきってしまうのが目に見えている。
今だってもう、間に合っていない状況なのだ。
「なんだ……あいつらは……?」
悪魔が目撃したのは、じわじわと絶望が押し寄せてきているそんな折だ。
それは人の姿をしていた。
こんな戦場を、見る限りでは軽装もいいところな生半可な装備で歩いている。
モンスターと悪魔が死闘を繰り広げる地獄絵図を目の当たりにしているというのに平然と向かってくる。
無謀だ。
ただの命知らず。蛮勇を勇気と勘違いした愚者。
そんな死にたがりが――四人。
――否。
悪魔は、そのあまりの光景に――たじろいだ。
人の命などゴミとも思わない。【悪魔の契約】においてその代償として命を要求することもあるが、ただ単に遊びの延長だ。
命を賭してまで悪魔に何を願ったのか。魔界に帰ってからの話の種に過ぎない。
そんな人の命を弄ぶ悪魔が、その非人道的な光景に生唾を飲むのだ。
「なんだあいつら……! いかれてやがる!」
彼らは確かに軽装だった。
一人は戦場に似つかわしくない布の衣類を着用するのみで、その身を守る防具の類は見られない。
そして他の三名……いや、四名。
悪魔は見逃していた。
軽装の男が跨る動物。
馬にしては、背が低すぎるとは思った。
馬でないのだから当然である。
なぜならそれは――人なのだから。
四つんばいで口には手綱を咥え、目を爛々と灰色に輝かせる少女だった。
そして――全裸!
他の三名も皆少女で、皆全裸!
「よし、お前ら。これが初めての実戦だが、いけるか?」
男の呼びかけに四名の少女はこくりと頷くのみで、何も言わず前方を睨む。
それを見渡し、男は満足げに言い放つ。
「では――出陣んんんんんんんんん!」
その声と共に、変態は風になった。
風となりモンスターの軍勢を瞬く間に消し去っていった。
風はその勢いのままに悪魔へとも向かってくる。モンスターの肉片を撒き散らし、悪魔ですらダメージを負う敵の攻撃を気にも留めずに辺りを血で埋め尽くす。
悪魔は悟った。
ああ、俺もそこらの雑兵と同じように、この変態共に殺さ――。




