62:道連れ
「おや、これはこれはベル・ワトソン総帥殿。顔色が優れないご様子だが、いかがされた?」
その人物は待ち構えていたように物陰から現れた。
絶えず含み笑いを浮かべるその初老の女性を、ベルは魂の抜けた表情で認識する。
「ゲスウィッチ総帥……」
「んふふ。その称号はお主に奪われた故、『元総帥』よの。まあしかし、魔術士としての地位と名誉を手にした瞬間、死地へ送られるとはまさに天から地獄。本当に陛下は酷なことをなさるのう」
今しがた言い渡された勅命をなぜこの人は知っているのだろうかと一瞬頭をよぎらせたか、なんてことはない。裏で繋がっていただけの話だとベルはすんなり理解した。
自分はこの女の自己顕示欲のための生贄なのだ。
実力主義の魔導士団も、蓋を開ければ権力を笠に着る老害とそれに媚びうる金魚の糞しかいなかったことに、ベルは落胆と強い憤りを覚えた。
何かやり返してやらないと気が済まない。
「陛下! ご相談がございます!」
ベルは踵を返すと、今しがた退出したばかりの謁見室の扉を開け放った。
女王はまだ玉座に腰かけている。
何事かと最強の騎士ゾンボルトがすぐさま身を挺して立ちはだかるも、それはすぐに女王によって解除された。
つかつかと自国の王に歩み寄るベルの目には、先ほどまでのぼけっとした表情からは一変して怒気が宿っている。
胸の前で両手を組み、神に祈るようにすこしだけ頭を下げる。
女王へ贈る最上級の挨拶だ。しかしそれも、普段なら女王の許しを得てから表を上げることとなっている恒例行事だがそれすら勝手に省いてベルは発言した。
「急ぎ戦場へと馳せ参じねばならないために形式を簡略化したことをお許しください。そして単刀直入に申し上げます。ゲスウィッチ元総帥をお供として戦場へと赴きたいのですが、許可を頂きたく思います」
「な、何を言うかたわけ者! わたくしを戦場へ!?」
ベルの鬼気迫る表情に不吉な予感が働いたのだろう。ばたばたと謁見室へやってきたゲスウィッチが驚愕に目を丸くする。
女王も突然何を言い出すのかと思ったようで、目を見開いてベルとゲスウィッチを交互に見やった。
理解がおいつくと……女王は吹き出して笑ってしまうのだった。
「ぶっはっはっはっは! 余計なことをしたなゲスウィッチよ。ひっそりとこの娘がいなくなるまで大人しくしていればよかったものを……くくく!」
「陛下よ。早くお答えを」
「そうであったな。……それではベル・ワトソン魔導士団総帥よ。いちいち我の許可を得ずとも、魔導士団の全権はお主が保有しておる。好きな奴を好きなだけ持っていくがよい。はっはっは!」
「ありがたきお言葉。では失礼します」
ベルはその言葉を聞いて風の様に去っていった。
口をあんぐりと、なぜこのような事態になったのか理解できていないゲスウィッチには叱責を飛ばしながら。
「何をしているゲスウィッチ。今日中には出立します。急ぎ支度をしなさい」
「うるさい! な、なぜ貴様のような小娘に、この私が命令されねばならんのだ! へ、陛下! なにとぞそのお言葉で……」
「見苦しいぞゲスウィッチよ。総帥の言葉は、魔導士団にとっては我の言葉と同義である。……命に背くは重罪ぞ?」
「ひ、ひいいいい!」
道連れが一人増えたことに、ひとまず満足するベルであった。




