60:ベルの居場所
お互い裸で、お嬢様が床に倒れて、鼻血の海で、頬を抑えて泣いてんだ。
それを俺が見下ろしてんだ。
「勇者様……! お覚悟!」
「誤解だ! オラァ!」
「ひにゃっ!」
き、斬りかかってくるもんだから!
ついぶん殴っちまった!
それは、顎先――。
左の袈裟斬りを刃の外側に避けつつ、右手だけをその場に置いてくる。剣を振り切る勢いが乗ったタイミングで組み付くようにフックを被せる!
小指の先が掠る程度だろうか。
綺麗な、我ながら惚れ惚れするフックの理想形だった。
脳震盪を起こした執事長は、眠るように床へと倒れ伏した。
うん、何の解決にもならねーわ。
バタバタと足音がする。
使用人たちがこぞってこの部屋に集まってくる音だ。
「執事長! いかがしました……うわっ!? 勇者様、お、お二人に何を!?」
「な、これは! どんな酷いプレイを、うら若きお嬢様に!」
「おのれ勇者! いや、この外道!」
だめだ、これはヤバイ。心底ヤバイ。
言い逃れなんてできないし――そもそも、シンディとエッチしようとしてたのは本当だし殴って鼻血出させたのも事実だし――言い訳のしようがない!?
終わった……。異世界でまさかの、社会的に死んだ。
「静まりなさい。このシンディ・エラ・ジェームズに恥をかかせる気ですか」
――助け船を出したのは、まさかのシンディだった。
鼻血をそのままに、まるで自身を心配してくれている使用人達を邪魔だと言わんばかりに睨み付けていた。
有無を言わさぬ眼光に、皆がたじろぐ。
「心配をかけたことは詫びましょう。ですが皆さん、早とちりしないでください。これは、神々が見守りし神聖な儀式なのです。そう、私は……神々の声を、啓示を聴いたのです」
どよめく。俺も「ええ……」と言ってしまった。
まだ不審顔の使用人たちへ、シンディの口調が力強いものになる。
「まだわかりませんか。私は神のお言葉を聴いたのです。それはとても美しく、世界中の楽器を集めたとしても、かのお声の音色には遠く及ばないでしょう……。そんな神が、私に言ったのです『痴女となれ。人前で恥ずかしめを受けよ』と」
――言ってねえええええええええ!
もしかしたら俺のスキルで受信してるから、シンディが聞こえてること自体がおかしかったのか? 周波数が微妙に合わないラジオがごとく、ノイズ交じりだけど少しは聞こえるような感覚だったのかもしれない。
それで変な捉え方しちゃったんだ!?
「お、お言葉ですがお嬢様! 神がなぜそのようなことを!?」
「それはわかりません。神のご意志は矮小な存在である人間に推し量ることができるはずもない。……しかし、こうして貴方達の前で、堂々と赤裸々な姿を晒していても、心の臓が暴れ出すことが無いのは、何よりも証明ではないでしょうか?」
確かに、なんでシンディの奴……人前で全裸なのに堂々としてんだ。俺はもう着替えたけど、普段ならスカートが風に煽られるだけで、顔を真っ赤にして心臓がドキドキしてしまうあのシンディが、なぜ腕組をして、むしろ胸を強調して見せびらかしているんだ!
ちっちゃいけど確かな膨らみがそこにはあるのだ。
「くっ! ……申し訳ありません、お嬢様。そんなこととはつゆ知らず、我々は、とんだご無礼を!」
被害者と思われたシンディの無駄な説得力で、事なきを得ることができてしまった。俺は「何言ってんだこいつ」状態なんだけどな。
あれは、場の空気がそうさせた、風のイタズラなのかもしれない。
『いいなあ、アギト様。楽しそうで』
「……で、なんだよ。要件は」
またシンディと二人きりになると、女神は声だけで再び現れた。
なんだか目を見開いて興奮気味のシンディも、押し黙り、その声に耳をそばだてる。
全裸で。
『いえ、得にはないんです。本当に、声が聞きたくなったので、ついかけちゃいました。てへ』
「そうか。いや、別にいいんだけどよ。タイミングってあんだろ。もう少し考えろバカ」
『うふふ。今度はそうします。アギト様、ごめんなさいね』
『アギト殿、我々は心配だったのでござるよ。そう邪見にしないでくだされ』
……ああ、悪かったよ。
素直な気持ちは照れくさくて、代わりに悪態をつくのだった。
「うるせえバカ共。ダンジョンよりずっと快適だっての。……お前らも、早くこいよ」
素直にひねくれられず、本音も出てしまった。
それから幾ばくもせず、お互いに笑い合って、通話は終了したのだった。
――さて、シンディ。
こいつの誤解は、どう解くべきか。
「とりあえず、服着てくれ」
「でも、女神様が痴女になれと」
「違う。それは違うお前は……」
ふと、悪い虫が顔を出した。
――これは、調教次第でかなりエグいエロ女になるのでは?
まだ誰にも染まっていない――処女を。
俺の好みを存分に吸収した、俺だけの……セイ、ドレイに……!?
「女神がお前に課した使命。俺が手取り足取り教えてやる。だから今はまず、俺に従え。服を着るんだ」
「はわ……。ダーリン。頼もしい……」
抑えろ……。抑えろ……。
今はまだ、その時ではない。
シンディの調教は、ゆっくりじっくり、時間をかけて確実に、俺だけの女にしてやろう。
ふと鏡を見ると、俺の顔にはどす黒い笑みが張り付いていた。
それから間もなく。リビングルームで一息ついていると、玄関のドアが乱暴に開けられた。
そこへ顔を表したのは、汗だくのサンパウロ閣下。
な、なぜそんなに急いで……まさか、さっきのあれ告げ口された!?
「サンパウロ閣下。どど、どうされました? そんなにお急ぎで」
「お父様。もう若くはないのですから、あまりご無理をされてはいけませんよ」
まだ決まったわけではない。平然と閣下に声をかける。
シンディのケロッとした態度もナイスフォローだ。
そしてどうやら、心配も杞憂だったようで。
かわりに、俺にとっては最も重要な話を土産として持ってきてくれたようだった。
「勇者殿、遅くなり大変申し訳なかった。だが、ようやく手に入れましたぞ――召喚士ベルの居場所を、突き止めた!」




