55:そりゃこうなる
気まずい空気が漂う。そんな気体の製造元である俺が言うのも何だが……。
先程の情景が、ふつふつと、訴えかけてくる。
俺の笑いのツボ……! なぜ!?
一度くすぐられたら、もう歯止めは効かなかった。変に意識してしまって、それを堪える行為自体にまたツボがくすぐられる。
ダメだ……もう我慢が……!?
ふと目の前の人物に意識を向けると、彼女は自分のおへそでも見ているのかと思うほどの俯き加減で、耳を真っ赤にしながら肩を上下に動かしていた。
俺たちはひとしきり、盛大に笑い合った――。
――ドアがノックされる。
試合の時刻が迫っている合図。
俺はベッドから上体を起こし、隣に横たわるベルを見下ろす。
恥ずかしそうに布団で口元を隠す彼女の頭を撫でてやると、天使のような笑みを返してくれた。
「それじゃ、行くか」
「はい。アギトさんっ」
もう面倒くさく考えるのはやめた。
今はただ流れに身を任せて、なるように成ることをただ受け入れることにした。
ゾンボルトとのガチバトル。
受けて立つ。
そして今――。
俺は練兵場にて、他の騎士達とのウォームアップにて万全の態勢を整えたゾンボルトと対峙している。
「よかったな、偽勇者。人生最後に陛下と謁見出来て、この伝説の男に看取られる名誉を与えられたのだからな」
ゾンボルトは鉄の剣と盾を手に、威風堂々たる立ち姿を見せた。口から毒も吐くようだし、確かに最強だ。
だが、毒を吐くなら俺も負けん。
「前者はともかく、後者は完全に不名誉だろ。おっさんの顔見ながら死ぬとか。それに図体の割には堅実な武器なんだな。大剣かバトルアックスでも持ち出すのかと思ってたぞ」
「バカめ、それじゃあ大変だろう。――貴様の肉片を拾い集めるのがな。これで等分に刻んでやれば片付けも楽だろう」
「うげっ。それはお優しいことだ」
どの道、俺をバラバラにしたいようだ。
対する俺は、一応ゾンボルトと同じ装備を渡されたが拒否した。
付け焼き刃の剣より、あのダンジョンで鍛え上げたこの拳を俺は信じる。
……にしても、ギャラリーが多いな。兵士や貴族も多い。
これだけ見られると緊張しないでもない。少し、気が高ぶってるのを感じる。
でも、いい具合の固さだと思えた。適度な緊張状態を保ちつつ、心は妙な落ち着きがあった。
「両者、構えよ」
女王が細い腕を上げる。女王の合図で、この戦いは幕を開ける。
ゾンボルトを見て、俺を見て……ウィンク。
癪なので俺もウィンクを返すと、王女は面を食らったように目を丸くした。そして、クスリと笑む。
そのクールな笑みに、ちょっぴりドキッとした。
おっと、そんなことを考えてる場合じゃない。
前を向く――。
王女の腕が、振り下ろされる。
「始めよ」
まずは相手の出方を見る……なんて、いかにも格闘技の経験がある奴が考えそうなことは、しない。
見ても分からないから。
だから俺は先手必勝。
最速で駆け出し――射程距離に入った瞬間にボディブローを叩き込む!
「ふんッ!」
地を蹴る。
接敵。
ゾンボルトは余裕の笑みで、未だ剣を無造作に構えたまま。
上等! 俺は俺にできる最大限を、全力でぶつけるのみ。
低く潜る。奴の懐……!
射程に――入った。
奴はまだ攻撃の素振りすら見せていない。
ならば遠慮なく、俺は沈みに沈ませきった上半身を持ち上げる。つられて右手が弧を描く。
遠心力を利用して、たちまちに加速する右拳。
まだ、攻撃の素振りはない。ここから反撃、できるのか!? それとも避けてからカウンター!?
どちらにしても俺のやることは変わらない。というか変えられない。
全力最大――! ぶっ放す!
ん?
あれ、こいつ……?
俺を、見てない?
あ、こっち向いた。
「なっ! 貴様いつのまぐぼォっ!」
仰天の言葉の途中だが、俺の拳が腹部に食い込むと、奴はトラックにでも追突されたが如く宙を舞い、ボロ人形みたいに地面へと落下した。
誰も、何も言わない。
これだけ人が集まっているというのに、耳が痛いほど静まり返った。
「勝者、アギト・オオワニ。おめでとう、勇者よ」
一人で勝者を称えてパチパチと手を叩く女王を尻目に、俺は自分がやってしまったことを後悔するのだった。
――あれだけステータスに差があったら、そりゃこうなる!




