52:陰謀の影
馬車の乗り心地は、あまり快適なものではなかった。
地面も平らじゃなければ車輪も木製で細かなデコボコがあり、常にガタガタとお尻を攻める。さらに小さな石ころを踏んだだけでガタンと大きく跳ねるわ、溝に嵌れば余計に大きく跳ねるわ、馬が引いているものだから真っすぐには進んでくれず、左右の揺さぶりがエグい。
縦揺れ横揺れ、震度4程度の直下型地震に苛まれている気分だった。
「悪い。着いたら起こしてくれ」
「分かったよ。まあその頃にはベルも目が覚めてると思うから、僕だと思って話しかけたら面倒だよ」
「わかってる。おやすみ」
すっかりグロッキーな俺は、召喚士ベルの肉体に寄生しているミゼーアにそう告げて眠りにつくことにした。
肉体を乗っ取るなとは言ったが、相手が気絶したんじゃ仕方が無い。
よっぽど精神を追い詰められていたのだろう。その気持ち、分かる。
俺も日本にいた時は上司に頭下げてストレス溜めて、こっちでは死ぬ思いしてストレス溜めたもんだ。
――そして俺が次に目を覚ましたのは、ふかふかのベッドの上。キングサイズ。
まさか王都についたことにも気付かず、王宮にすら到着しても爆睡だったのか。
あまつさえ、こんなベッドに運ばれて朝までぐっすりときたもんだ。
外の日差しは眩しく、朝方の独特な涼し気な湿気と小鳥のさえずりが聞こえてきた。
俺……疲れてたんだなあ。
「おはようございます、勇者様。お目覚めを、心よりお待ちしておりました」
上体を起こすと、部屋の中で待機していたのだろう女性に仰々しく挨拶された。
いきなりの声に少し驚いたものの、平静保って対処することができたのは、我ながら褒めてやりたい。
「どうも、おはよう。移動中にちょっと横になるつもりが、まさか朝までぐっすりとは。いやはや、お恥ずかしい」
声に振り返る。
彼女はベッドすぐ近くに佇んでいて、今にも涙が零れそうになるのを必死に堪えているようだった。
ベル・ワトソン。俺を召喚するも女神によって邪魔をされた不憫な召喚士。
彼女はとうとう、一筋の涙を零した。
泣きながら、くすっと可愛らしい笑みを見せた。
「勇者様は、ずいぶんとお寝坊さんなんですね。三日間もずっと……私、心配で……!」
もはや嗚咽し、泣きじゃくるベル。
あっヤバい。俺もなんだか、貰っちゃいそう。
俺は本来、涙もろい性格なんだ。映画を見れば大抵鼻をすする程度にはクる。
少女の涙――。
それも俺の身を案じての滂沱。
ウルッと来ない方がおかしい。
この世界に来て、初めて【人間性】というものに触れた。
あいつら神共はなんというか、感情のあり方がやはり人間とは違う。
女神のサイコパスはもとより、アルテミスの献身すぎる態度だって異常だ。そのおかげで助かった場面は多いが、やはり人間味がない。
ミゼーアは普通にバケモノだし。ゴミスキルが普通に効いちゃうし。
「アギトくーん。今何か失礼なこと考えてなかったかい?」
「うおっ! いきなり出てくんなバカ。……というか、人格乗っ取るなって言ったはずだが」
突然にしてベルの口調がミゼーアのものに変貌する。というかミゼーアが人格に現れやがった。
俺が寝ている間に、ベルを通して情報収集をしてくれていたらしく、その報告として出てきたという。
ありがたい話だが、それでもやはり、好き勝手に人格を乗っ取るあたり神の神経を疑うね。人間を道具としか思っていない証拠にもなろう。
それから、俺がこっちの世界でもすっかり言葉が通じているのにも、ミゼーアのおかげだったようだ。
人は神の言葉を理解するようにできている。ミゼーアの一部が俺の両耳と喉の発声器官に寄生することにより、要は俺の言葉は神の言葉として皆に伝わり、俺の耳には神の言葉としてこっちの世界の言語が理解できるというわけだ。
「お前、便利だなー」
「ふふん、当然さ。友達なんだから。それじゃあ、そろそろベルに代わるよ。頑張ってね」
……さて。
勇者の登場でさぞお祭りムードかと思いきや、ミゼーア曰くどうも不穏な動きがあるらしいな。
俺の出現をよく思わない人物もいる。そしてあわよくば、俺を消し去りたい。
勇者がいなければ世界は滅ぶと女神は言うが、そいつらにとっては世界よりも大事な何かがあるようだ。




