51:俺、勇者だから
……酷い傷だ。
片方の腕は力なく項垂れていて、恐らく、数ヶ所の骨折。それを抑えるもう一方の手も、指の形がおかしい。
服は至る所に裂傷。当然、その奥で守られていたはずの柔肌も抉られ、血を流している。
この娘がこんなところで、この醜いオーク共に何をされていたのか……想像に難くない。
「大丈夫……なわけないよな。だが、今助けてやる。ミゼーア、頼む。この子には聞きたいことがあるから精神支配はするなよ」
『僕が乗っ取っても宿主の記憶は引き継げるんだけど、まあいいや』
――にゅるん。
脊椎に冷水を流し込まれたような激しい嫌悪が襲う。み、みみみ耳からミゼーアが抜け出てきているのだ。歯を食いしばり、太ももを力の限りつねりながらその形容しがたい感情を抑える。
「おひょあっ!」
やっぱ抑えきれなかった。
娘の光を失った瞳は、俺の痴態を目撃したことで嫌悪感を露わにし、さらに耳から出てきた暗黒物質が己の体に侵入しようとしてくる言いようのない恐怖感に染まった。
だが最早抵抗する体力も気力も残っていなかったようで、微動だにせずミゼーアを受け入れるのだった。
途端に、彼女の目に生気が宿る。
自分でも信じられないといった様子で自身の異変に困惑していたが、やがて落ち着きを取り戻すと、深い深いため息をついた。
「あ、ありがとうございます。大分、楽になってきました。……さっきのは、何か特殊な魔法だったんですか?」
「まあ、そんなとこ。回復魔法使える? 一時的に能力がかなり向上されてるはずだから、傷もそれで大分良くなるとは思うんだけど」
「そうなんですか……やってみます」
見たところ、服装は元々白かったのだろうローブに金のティアラ。真っ二つにへし折られてしまっているが、高級そうな長杖も彼女の付近に転がっていた。赤子のように透き通った肌には薄く化粧が施されている。
恐らく、位の高いご令嬢だ。
それがなぜ一人でこんな場所で、挙句モンスターに襲われていたのか。
回復魔法により本来の状態へと立ち直った彼女へ、詳しく聞いてみなければな。
「こ、これは凄いですね。【初級治癒魔法】だけで、全ての傷が、癒えてしまうなんて……。それどころか、服装までも、何事もなかったかのように……!」
溢れる涙をそのままに、彼女は何度も何度も頭を下げた。
この森は本来、オークの縄張りではなかったらしい。それでも危険なモンスターが生息しているので、普段は護衛をつけているという。
「申し遅れました。私はベル・ワトソン。王宮に仕える召喚術士です。魔王によってモンスターの脅威が高まる中、異界の勇者を召喚して魔王を打ち滅ぼす役割を仰せつかったのですが、失敗してしまいまして……」
ここまで聞いて理解した。
ああ、女神のせいだなって。
「あ、召喚自体は成功したんです。ただ、いつまで経っても勇者は現れなくて……。魔法陣が光を放っている間はいつ勇者がいつ現れても不思議じゃないので、こうして召喚の神殿まで出向いて祈りを捧げていたんですが……」
このご時世、いつも護衛を頼んでいる騎士がモンスターの討伐に駆り出されてしまい、意を決して単身この森に向かったのがこのザマだということだった。
じゃあ俺がミゼーアと共にダンジョンを脱出していなかったり、そうでなくとも即決で選択していなければこの子は死んでいたってことだよな。
……妙な因果だな。
「あの、本当に助かりました。つかぬの事をお聞きしますが、お名前をお教え下さい。王宮にて最大限のお礼を致したいのですが」
「いや、別にお礼はいらないけど、それじゃあ王宮には案内して貰おうかな。俺、勇者だから」
――静寂。
ベルが反応に困って何も言えなくなってしまった。
いや冗談じゃないよ、本当に俺勇者なんだよ。自分で自分の事を勇者って名乗るのすっげえ恥ずかしいけど、本当のことなんだから仕方ないだろ!
ベルもこんなことを口走る奴が命の恩人である手前、無下にもできずに途方に暮れるばかりだ。違う、そんなことしてほしいわけじゃない。俺もせっかく救い出した命を、こんなしょうもないことで削ってほしくない。
あそうだ!
「ステータス・オープン! ほら、これを見ればわかるんじゃないか?」
「えっ!? あ、はい。え? ……え!?」
俺のステータスが書かれた魔法の用紙に目を通し、そして彼女は――気絶した。




