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チリツモ貯金~ご利用は計画的に~

作者: 秋月流弥

 前田優治まえだゆうじは嫌われていた。

 太った体型に重くかかる前髪と冴えない外見、勉強も運動もできず突出した才能もない。目を見て挨拶するコミュニケーションも存在しない。

 そのため現在高校二年まで親しい友人も一人もできなかった。当然恋人も。

 そんな優治を誰もが邪険にしていた。学校でも意地悪をされた覚えはないが、クラスメイトや教師が向ける目は優治を見下すものだった。


「あら優ちゃん、学校行くの?」

「ばあちゃん」

 家を出ると、隣の家のおばあちゃんが打ち水をしていた。

「いってらっしゃいね」

「……いってきます」

 おばあちゃんだけが優治に分け隔てなく接してくれる。

 きっと目が悪いのもあって優治の外見もよく見えてないのだろう。

 優治は自分のワイシャツ越しに盛り上がる腹に手をあてため息を吐いた。



 学校の帰り道、優治は突然苦しくなった。辛い。もうこの世にいたくない。

 死にたいとは語弊があるかもしれない。

 このまま生きていくことに不安を感じたのだ。

「誰からも愛されずにこのまま死んでいくのかな」

 優治は遮断機のおりた踏切に目をやる。踏切の信号は赤く点滅し警鐘を鳴らしている。

 そこに向かって足を進めようとしたそのとき、

「勿体ないなぁその命」

「っ!」

 肩に手を置かれ、優治は後ろを振り向いた。

 そこには真っ黒なコートを着た少年がニヤニヤと笑っていた。

「お兄さんは人生に行き詰まってるのかな?」

「……だったらなんだ」

「そんなお兄さんにイイモノをあげようと思って」


 良いもの?


 優治は笑う少年の顔を見てぎょっとした。

 少年の顔は所謂普通の人間の顔の造りではなかった。

 頬まで裂ける口から覗く歯は鋭く尖り、瞳孔は横に細長く山羊を思わせる眼をしている。

 これはまるで……

「見ての通り俺は悪魔さ。道行く人間に便利なアイテムを渡すのが役目でね。お兄さんにもコレをあげよう」


 渡されたのは何の変哲もない貯金箱だった。


「なんだこれ、貯金箱……?」

塵積ちりつも貯金箱さ。これにはお金だけでなくいろいろなものが貯金できる。例えば健康、美しさ、運、愛や怒りや悲しみなんかもね」

「そんなことが可能なのか?」

「悪魔だからね。人間の出来る範疇を越えるのは容易いことさ。どう? お兄さんの役にもきっとたてると思うよ」

 貯金箱をひっくり返す。底には取り出し口がない。

「どうやって貯金したものは出すんだ?」

「“貯金したもの”“貯金をおろす量”“貯金を使用する者”を言えばすぐに貯金を使えるよ。あ、その前に」

 悪魔は優治の手の甲を長い爪で切り裂いた。

「ぐっ……!!」

「俺は人間の顔が区別つかないからね。一応使用者として目印はつけさせてもらうよ」

 手の甲から血が溢れだす。簡単に完治する傷ではないだろう。

「じゃあ良い余生を!」

 悪魔はそれだけ言うと消えてしまった。


***


 塵積貯金箱を使うようになってから優治の人生はガラリと変わった。

 誰も優治を嫌なものを見る目で見ない。すれ違えば笑顔で挨拶をしてくれるし、落とし物をすれば拾ってくれる。昼食にはお昼を食べようと優治を迎えてくれた。

 学校に行く足取りが弾んだ。玄関では母が微笑み手を振った。

 優治は幸せだった。


「ほう、君は“愛”を貯金したのか」

 通学路を歩いていると悪魔が現れた。

「……悪いか」

 優治が言うと悪魔は「そう喧嘩腰になるなよ!」とニヤニヤ笑った。

「確かに君は周囲の人間から嫌われている。貯金箱を利用して思いきり愛されるのは良いことだ」

「……」

 優治は学校へ向かった。悪魔の力のおかげだとしても、今僕は幸せなんだ。悪魔だけがせせら笑いしてればいい。



 学校の帰り道、隣の家のおばあちゃんがちょうどポストから夕刊を出していた。

「あら優ちゃん。そんな笑顔で良いことでもあったのかい」

 隣のおばあちゃんが嬉しそうに声をかけてきた。

「うん。最近毎日が楽しくて。今日なんか友達ができたんだ」

「そうかい。おばあちゃんも嬉しいよ」

 自分のことのように喜んでくれるおばあちゃんに優治も顔を綻ばせる。今思えば、おばあちゃんだけが貯金箱を持つ前から優治に優しかった。誰からも愛されなかった優治の味方だった。


「ばあちゃん、ありがとう」

「どうしたんだい急に」

「あ、いや……いつも僕に優しくしてくれてたのってばあちゃんだけだったからさ。本物のありがたさに気づいたっていうか」

「優ちゃん、友達ができたのよね? 学校の子たちとはうまくいってないの?」

「……ばあちゃん、僕さ」


 優治は本当のことを話した。

 悪魔に出会ったこと、不思議な貯金箱を渡されたこと、それを使って偽りの幸せを手に入れたことを。

 おばあちゃんは細い目を驚きで丸くした。

「……それは優ちゃんの作り話じゃないんだね」

「信じてよ! 僕はばあちゃんに嘘はつかない!」

「そうよね……確か昔そんなお伽噺を聞いたことがあったのを思いだしたんだよ」

「お伽噺?」


「悪魔が人間に不思議な道具を渡してね。それを貰った人間は代償として最後は悪魔に魂を奪われちゃうんだよ」


 優治は青ざめた。背中から冷たい汗が伝う。

 じゃあ、貯金箱を渡された僕は悪魔に……

 おばあちゃんが心配そうに声をかけるも優治には届かなかった。


***


 次の日の学校を休み、優治は一日中ベッドの上で横になっていた。

 このままだと自分は悪魔に殺される。

 ついこの間まで死にたいと思っていたのに、今は殺されずに済む方法を考えている。

「人生って何があるのか分からないな」

 自嘲気味に笑った。



「良い人生は送れたかな?」

 登校途中の通学路で悪魔が話しかけてきた。

「そろそろいい余生が送れたんじゃないかと思ってね。回収しにきたのさ」

「回収ってのは貯金箱じゃなくて僕の魂をだろ?」

「驚いた! 知ってて俺から逃げない人間がいるなんて。話が早い。じゃあ代償をいただくとしようか」

「ああ。その前に今まで貯めた貯金を使わせてもらう」

「なんだって?」

 それを聞き悪魔は眉をひそめる。

 それを無視して優治は叫んだ。


「貯金箱を解放する!!“嫌悪”の貯金を“すべて”“ここにいる悪魔”に!!」


 貯金箱が弾けた。

 禍禍しい色をした霧が周囲一帯を包みだす。

「なんだと!? お前は“愛”を貯金したはずじゃ」

「それはお前を欺くための嘘だ」


 霧はどんどん広がり、霧を吸い込んだ周囲の人間たちが悪魔に向けて襲いかかってきた。

 悪魔は人間たちの渦に呑み込まれる。

「なぜだ! なぜッ!」

 悪魔は優治が愛を貯金したと思いこんでいたが逆だ。

 優治は自分に向けられる嫌悪を貯金した。

 優治は嫌悪を貯金することで人並みに愛されただけだ。

 それを悪魔は愛されるために貯金を使用と思いこんだ。

「そもそも僕には貯金するほどの愛があるわけない。お前が間抜けで助かったよ」

「この裏切り者がァッ!!」

 悪魔は完全に渦に呑み込まれた。


***


 翌日。

 学校に登校すると優治は廊下を通りかかったクラスメイトに挨拶した。

「お、おはよう!」

「うわ、びっくりした前田か。おはよう」

 優治に声をかけられたクラスメイトは戸惑いながらも挨拶を返してくれた。

「おはようございます」

「おはよう。お、前田髪切ったんだな。すっきりしていいじゃないか」

 教師がにこやかに新しい髪型を称賛してくれた。


 優治は長かった前髪を切り、進んで人と関わるようにしていた。関わるっていっても挨拶や会釈だけだけれど。

 自分でも卑屈になってたことがわかった。殻に閉じ籠って自分の可能性をなくしていたのは自分だった。

 今は少しだけだけど、優治の生活は貯金箱を貰う前と変わりつつある。


 悪魔が消え去っても塵積貯金箱は消えなかった。


 もう代償を求めてくる悪魔はいないとわかりつつも、優治は貯金箱を使用していない。優治はもう自分の力で前へ進める。

「やっぱり貯金箱はお金を貯めるものだよな」

 そうだ、今日おばあちゃんの家に遊びに行こう。

 今度こそ学校が楽しいと心から言える。



***



 前田優治の隣の家で、老婆が貯金箱を眺めていた。

 貯金箱を持つ手はしわくちゃで皮は摘まめそうなほどたるんでいる。

 老婆は貯金箱に向けて言った。

「“時間”の貯金を“すべて”“私に”!」

 貯金箱から光が溢れ、老婆を包み込み、その姿はみるみるうちに若い女性の外見になった。

「邪魔な悪魔を片付いてせいせいしたわ。これで魂を取り立てられる心配もない」

 女性は真っ白な傷ひとつない手の甲を長い指で撫でた。

「あの悪魔、人間の外見なんて区別がつかないからって手に傷なんてつけやがって」

 傷なんて時間が経過すれば塞がるものなのに。

 間抜けな奴。

 だから女性は老婆の姿にまで時間を貯金して傷を再生した。

 目印さえ消えれば悪魔は追ってこない。あとは預けた貯金をおろして元の姿に戻ればいい。

 それでも悪魔の存在は邪魔だった。

「あの坊やには感謝しないとね」

 老婆だった女性はちゃんちゃんこを脱ぎ捨て派手なワンピースに着替えた。


「さて、今度は何を貯金しようかしら」


 ご利用は計画的に、唄うように女性は言うとハイヒールを弾ませ玄関を出た。



読んでいただきありがとうございます!楽しんでもらえたら幸いです。

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