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第9話 方向音痴のプロ




 まだ春の18時、日は完全に落ちきることはなくとも顔を覗かせる程度には沈んでいた。朝と夜どっち派?と聞かれるなら絶対に夜だ。この雰囲気が好きなのもあるが、単純に朝が嫌い過ぎて好きと錯覚してしまうだけだ。


 深い思い入れはないので朝も夜も差があるほど好き嫌いはないが。


 そんな中を初対面とは思えぬ話し方やテンションで歩く。


 「どこに住んでるか知らないけど、俺と真逆の方向に進んで行ってるんですよねー。それに今思えば、俺早乙女の家知らないから、いてもいなくても帰れないことには変わりなくないか?」


 実は冗談抜きで今気付いた。自宅に帰りたいけど自宅知らない人に付いて行ってもメリットなさ過ぎたな。


 それにニコッとして1言。


 「それな!」


 「お前な……」


 「実は今もここ何処か分からないんだよね……」


 「早く言えよ」


 普通に呆れた。方向音痴なんて身近に居たことも、世間一般でも聞くことの少ない単語だ。そんな体質をした人と関わるなんていつ考える?


 「大丈夫かよ。親に連絡して迎えに来てもらえよ」


 「パパもママもここから少しの離れた家に住んでるし、今仕事だから無理ー。それに、無理言って一人暮らし始めたからそんな恥ずかしいこと言えないよ」


 「……俺が生きてきた中で1番一人暮らしをしてはいけない人間が、目の前に居るわ」


 「えへへー、それほどでもー」


 「あー無理無理。こんなのと一緒に居たらおかしくなりそうだ」


 「こんなのって言うな。可愛い早乙女ちゃんって言え」


 「絶対王政反対」


 こんな状況でも早乙女は変わらない。むしろ楽しんでいるようにも見える。高級車が通ればおぉー!って目を輝かせるし、カバン抱えたサラリーマンが駆けているとこを見ても同じ反応。


 見てるだけで十人十色の性格を味わっている気になる。


 「んで、どうするんだよ。帰れないってなるなら」


 「んー、どうしようか」


 「俺に聞くなよ。そもそも俺は見捨てて帰れるから問題ない立場だって忘れんなよ?」


 嘘だ。早乙女を1人にして帰れるほど非情な人間ではないし、後々犯罪に巻き込まれたって聞く可能性もあるのでどうしても最後まで付き合うしか俺には道はなかった。


 いや、用意していないと言うべきか。


 「えー、助けてよ。可愛くお願いすれば助けてくれる?」


 「無理。それに今助けてるだろ」


 「それもそっか。じゃ、自宅帰れるまで何とかしてくれる?」


 「全然無理」


 「優しくなーい」


 「そんなこと言ってる場合かよ」


 だんだんと薄暗くなり始める。影も伸びに伸びて、認識出来ないほど同化していく。夜になれば心地良い風が吹き付ける以外にいいことはない。


 なるべく早く解決しなければ、そう思う俺に簡単な解決法は見つけることが出来なかった。


 「親の仕事は何時に終わるんだ?」


 「曖昧だけど、平均で言うと20時過ぎかな」


 「20時か……それなら親と連絡がつくまで俺の家に来るか?親には正直に、帰れなくなったから友達の家に居るって伝えれば問題ないだろ」


 女子を、それも美少女だが冤罪を吹っかけた女子を家に呼びたくは無いが、面倒が増えるより今消化した方が楽な考えなので仕方なく提案する。


 横を通り過ぎる大人は全員、完全にカップルと思い込んでいるようで、その言葉を聞いてからニヤッとしたのを見逃さなかった。


 心外だな。


 「えっ、良いの?」


 「良くなかったら提案しないだろ」


 「うぇーい。下心丸出しの提案だけど、頷いてあげる」


 「やっぱいいや。1人で寂しく帰れよー」


 立場を教えてやる必要があるらしい。この女、いつまでこのテンションでこの場を乗り切ろうとするんだ?もう何もかもを通り越して呆れ果てに果てた結果、俺は面倒くさくなった。


 確かに下心あるような提案だが、俺は一切そんなことを考えてなかった。故に若干ムカついた。これが早乙女澪って女の正体か……。


 「ごめんなさい。以後気をつけるので許してはいただけないでしょうか」


 「……次、無いからな」


 「いぇーい。ありがと」


 情緒不安定でテンションの上げ下げが激しい。俺も追いつかないし、疲れる。なんでこんな女子と同じ駅で帰ることになったんだよ。そう思うのは50回目だった。


 それでもカバンを持ってあげる俺は優しい男として有名になってもいいレベルだと思うんだが、どうだろうか。いや、自分で言うならそれまでの男か。


 そして、何だかんだありながらも帰路に付くこと2度目。今度は逆へ向かっていた。ここまでなんの為に歩いて来たのか考えると、時間の無駄でしかなく後悔する。


 いつか報酬を貰おう。絶対に。


 ――そして俺の家まで残り200m。もうマンションは見えてきていた。俺は一人暮らしなので、家族の承諾もなく人を出入りさせれる。いいよな、一人暮らし。


 親のありがたみを身に沁みて感じる。


 「もうすぐ着くぞ」


 「早いね」


 他愛のない会話を無限に続けていると、気づけば残り5分も無い。名残惜しさも感じられないほど疲れていたが、一瞬にして息を吹き返した。


 「ねぇ月待」


 先程とは違い、落ち着いた声色で俺を呼ぶ。女の子らしい声と喋り方もするんだと、初めてのことに少し驚いた。何を言われるか分からないってことと、美少女ってことも相まって違う感情も抱いたかもしれないが。


 「何?」


 「めちゃくちゃ言いにくいんだけどさ……」


 「うん」


 「あれ、多分私の家ってかマンションだと思う……んだよね」


 恐る恐る指を向けるのは、俺たちの向かうマンションの反対側。俺の家と、道を間に挟んで向かい合っていた。


 「マジで……方向音痴やべぇだろ……」


 全く逆の方向へ向かった時間は、楽しくも幸せでもなかったので時間を無駄にしただけの無意味なものとなった。


 「はぁぁ……ならもう俺の家に来る必要ないな」


 「えぇー、さっかくだから行ってもいいよ?近いし、これなら迷わないよ」


 「絶対に!絶対に遠慮するわ。もう振り回されるのは限界だからな」


 「……ほ、ホントにごめんなさい……」


 今までで1番の否定をする。嫌な気持ちは全く込めずに。それを本気で受け取った早乙女は申し訳無さそうに項垂れていた。


 可愛いところがウザいが、そこもいいところなのかもな。


 こうして俺たちの出会いを含めた1日目は幕を閉じた。濃すぎる1日にドッと押し寄せる疲れの波に抗うことはせず、その日の夜、俺はいつの間にか夢の中へ誘われていた。

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