私が偶像でいられるために ――サンシャイン・ブライトネス――
【アリア目線】
「ありがとうございました!」
今日のレッスンが終わると、プロデーさんが歩いてくる。
見るからに大事そうな書類を丸めて、レッスン室に軽いけど痛い音が私の頭の上で響き渡った。
「アァ……アリア、今日は手を抜いたね。フィーリング。発声が足りてなかったよ」
これはプロデーさんなりの愛の鞭。
喉が痛いのに……。私の全力を出せなかったから、今こうして怒られている。
「ごめんなさい!」
また、パコンッと私の頭の上で響き渡った。
喉も痛いのに頭も痛い。
でも、プロデーさんなりの愛だから耐えなきゃ……!
「ディファレント。『ごめんなさい』じゃないでしょ。『愛をありがとうございます』でしょ」
「『愛をありがとうございます』…………」
異世界に来てから、プロデーさんに
それはもうこの世界に来てからアイドル活動に全力で、ただひたすら前を見て、わたしのファンの期待に応えるために全力で歌って踊ってきた。
だからでしょ。最近、喉が熱くなるほどの激痛が走っていた。
「でもね、今日もっとも酷かったのはドロップ。アナタよ」
「えっ、私!」
肌と肌が合わさった音が響き渡る。
プロデーさんはドロップちゃんに力を込めて平手打ちをした。
「口答えしないで! ワタクシがプロデューサーよ!」
「はい……」
「エニウェイ! ドロップ、落ちこぼれているわ! 腕も腰も声も顔も全てがダメ! 本当に<ムジカ・アクセント>のアイドル?」
「愛をっ! ありがとうございますっ!」
「グッド。貴方が一番落ちこぼれているから命燃やしてでも頑張るのよ」
レッスンが終わったから、喉薬を探しに行って買った。
異世界にも錠剤があって一安心。
ってか異世界にも錠剤あるんだって感心しちゃった。
――この薬で本当に治るのかな……?
未だに異世界の言語にはなれないけど、『喉に効く』と書いてあるような気がする。
よく見れば日本語と似ていてどこか親近感が湧いてくるのだけれど、まだ私にとって難しい
なんとなくだけど覚え始めたような……気がするような……?
「ねぇ、アリアよね? ちょっと話さない?」
「ドロップちゃん!」
「ふふひっ! こんばんは!」
私はドロップちゃんの後を追いながら歩く。
道が暗くて怖い。
「どこへ向かっているの」
「…………」
「ねぇ、ドロップちゃん大丈夫?」
「……大丈夫……じゃないわよ…………」
「えっ?」
「大丈夫じゃないわよッ!」
ドロップちゃんが私を睨む。
こんな鬼のような形相をしたドロップちゃんを見るのは初めてだった。
「貴方が<ムジカ>に来るまでドロップはセンターだった! 舞台で輝けることが出来たのっ!」
「私、そんなこと知らない!」
「私の輝く舞台を奪ったのは全部、あなたよ! 全部、全部、全部あなた!」
こんな声を荒げるドロップちゃんなんて初めて見た。
「いいもん……今日ここで殺すから」
「魔術書――魔具召喚魔術<ハンド・スライス>」
魔術書から
あんなに素敵な笑顔なのにどうして……!
「殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
私は何も魔術を使えなければ、筋力もない。
ブスリとナイフで刺されて――――おしまいっ!
「死ねェェェエ! 私が昔みたいに私らしくいられるためにぃー!」
嫌だ……。
そんな死に方、絶対に嫌っ!
「――嫌ぁぁぁあああ!」
あっ……、私……死んだ……。
今日ここで殺されるんだ…………。
もし、次生まれ変わるなら、普通の女の子がいいなぁ………………。
「やぁ! 久しぶり!」
気がつけば異世界に転生する前に出会った喪服姿の男――魑根戒醒が立っていた。
地面を見れば滴り落ちる血。
どうやらドロップに刺されていた。
なのに、
「しはっはっはっはっ!」
笑顔で私に振り向いて笑って……。
怖い。
人間って刺されても笑えるの?
彼の背後が禍々しいものが“視”えて気持ちが悪い。
「邪魔するなァァァ! 私が今からアリアを殺すのにッ!」
「それは困るなぁ……生きたいよね? アリア?」
ナイフを刺したままぐりぐりと抉るように動かしている。
これじゃあ魑根の傷が広がっちゃう。
「生きたいよね? アリア!」
魑根はもう一度、私に問う。
「生きたいと言えッ! 全力で生き通せェ! 異世界転生したのだからッ!」
そうか!
私、今生きている世界はアニメのような異世界。
私だって誰もが羨ましいと思えるようなチート能力があるはず!
私だって! 私だってっ!
「――生きたいっ! 生きて……生きてみんなが憧れるアイドルに絶対なる!」
――ニヤリと魑根は笑う。
すると、時が止まったような感覚がした。
♢ ♢ ♢
ぱちくり。
不思議。瞼が動く。
空は明るい青が広がっていて……って
あっ、あれぇ?
私、生きてる……?
そうだ、こういう時はほっぺをつねれば――痛いっ!
「生きてるじゃん! やったー!」
ばんざい! 生きてるって幸せ! ウルトラハッピー!
ふと視線を下に向けると、ミイラのような死体がぐったりとしていた。
分かっている。
きっと私が殺したんだと。
私は生きるために必死にだった。
ドロップちゃんに殺されないためにも、せめて苦しむ“声”なんて聞きたくなかったから……。
まだ殺した実感が湧かないけど、このミイラを見ると
不思議なことに喉の痛みも治っていた。
“声”を奪ったからこそきっと自分の声になってくれたんだと思う。
――いけないっ!
もう少しでギルドの朝練の時間!
早く行かないとプロデューサーに怒られちゃう!
私は横たわっているミイラを無視してギルドまで走った。
今日の喉は万全! これでプロデーさんに今度こそほめてもらおう!
私のチート能力で頂点に立つたった1人の偶像になるっ!
更新空いてすみません!
生きてます! 元気です!
生存報告!




