今に伝わる「昔話」 ――カース・ミューズ――
「この石板によれば、昔々のこの地は争いが止まない戦地じゃった」
博物館の老人の話が始まる。
私は用意してくれた椅子に深く座り、話を聞いていた。
「ある日じゃった。この地に1人の天才が生まれた。名は¨ミュゼ・サーリア¨……」
老人は像を見上げる。
どうやらこの像の女性はミュ……、駄目……名前忘れた……。
「サーリア様は幼い頃から歌うのが上手だった。兵はその歌声を聞くだけで一瞬にしてやる気がみなぎってきたそうな……」
そう言うと、老人は銅像の中に本を置く。すると、本から魔法陣が現れた。
どうやら、あれは現魔術書――現実に形として存在する魔術書――らしい。
しばらくして、像から音が聴こえる。
綺麗な音色に重なる歌声はまるで、昨夜の桃色髪の彼女の声のようだ。
――そっくり。
しかし、彼女は町の名前が<ミュゼ・リア>となる前の世界を生きているはずがない。
いくらなんでも若すぎるから……きっと声だけ似たそっくりさんなのだろう。
「この歌声は当時、現魔術書に入れたもの。ここで疲れた時に聴いているんじゃよ」
「天才なんだな」
一瞬、――老人が曇った顔をする。
まるで、天才がいけないものかのように。
「しかしじゃった。サーリア様が16歳になった日、とあるものが¨始祖の現魔術書¨に書かれた禁断の魔術を彼女に覚えさせようと企んだ」
「禁断の魔術……?」
「名を【美音壊】。覚えたら最後、無自覚に周りの人間の魔力、生力を奪いつくす魔術じゃ……」
――――【美音壊】……?
その名前、ムシャノ村で見たことがある。幼い頃、魔術図鑑なるものに書いてあって……。
「彼女は言われるがまま、やがて【美音壊】が使えるようになった。最初は戸惑ってはいたが、町を攻め込もうとする国々の兵の魔力、生力を奪いつくし――――異形の化け物と成った」
老人がそう言うと、像の影がみるみるうちに変わっていく。
人の形から鳥のような翼が生えて……ムシャノ村で見た本の記憶が蘇る。
魔術図鑑で見たのもそうだが、天の使いが虹の光で死ぬ昔話を見た。
天の使いはやさしさで人々に音を与えた。
心地のよい音はいつの日か呪いとなり、悲しみを生んだ。
そんな天の使いを1人の旅の魔術師が虹の光で焼き殺して――町に平和が訪れた悲しい昔話。
幼いながらも私は作り話だと思っていた。作り話にはなにか教訓がまずあって、それを伝えるために創れるから。
ふと、疑問が浮かぶ。
「身体から魔力、生力が奪われたらどうなる?」
「あっはっはっは、若者の割にいい質問を投げてくる! この話は少女にはちとグロいぞ!」
老人は豪快に笑うとまた入れ歯を落とした。
「是非とも伺いたい」
私がそう言い終わる頃には落ちた入れ歯をまた口に戻す。
「じゃったら、ついてこい!」
そう言うと、老人は立って歩き出す。
私も後に続いた。
老人の後につきながら、道中の展示を見た。
どうやらミュゼ・リアという町は名もない町だったらしい。
しかし、サーなんたらという女が現れてから一変、町が活気づくようになった。
【美音壊】という魔術を覚えてからは争いを仕掛けてくる輩を退けることが出来た。
だが――――
「これが【美音壊】によって魔力もっ! 生力もっ! 奪われた死体じゃっ!」
目の前の展示物には身体全身がしわくちゃになっていて、まるで何かを叫んでいるかのような死体が……私はこれを知っている。
昨夜の男の不審死の状態にそっくりだ。
「少女、どうした?」
断定――¨叫んで声が枯れたかのような死体¨こそが【美音壊】の効果によるものだとしたら……答えは割りと近いかもしれない。
そう思ったら、動くだけ。
――絶対に根源を突き止める……!
「ありがとう……! 礼を言う……!」
「まだじゃっ! まだ見せたいものがあるっ! 【美音壊】にはその先があるっ!」
私は<ミュゼ・リア歴史博物館>を後にして夕焼けの町へ駆け出した。
――――桃色髪の彼女はどこにいる……?




