極光の魔女 ――ヴェール・クリスタ――
私は旋風刃を構えながらペテン・シストールと対峙していた。
「転生者が増えるッ! 増えるッ増えるッ増えるッ! 増えることはぁ……あはぁ……いいことだッ!」
気持ち悪く笑い続ける討伐対象を見て嫌な感じがする。
辺りから漂ってくる魔力からはどぶのようなけがれた匂いがして――私はどうやって戦えばいい?
考えながら睨み合いを続けていると、上空から巨体が降り注ぎ、アジトが半壊した。
舞い上がる土埃が煙たく、前が見えない。
「フォク助ッ!」
悲鳴がアジトに響き渡った。――空から落ちてきた巨体そのものこそがヴェールを丸飲みしたフォクス・ナインだったからである。
フォクス・ナインは右足を上げて泡を吹いて気絶していた。
微かに心臓が鼓動しているように見えるから完全に死んだとは言えない。
だが、見る感じ戦闘不能なようだ。
ヴェールはフォクス・ナインに飲み込まれたまんまなのか……?
キリエは不安に思うと、廊下からコツンコツンと足音が響き渡る。
ゆっくりと、ゆっくりと、時を刻むような足音。
この音――キリエと共に走っていた幼女の足音。
足音が聞こえたほうへ振り向くと、空から降り注ぐ虹色の後光が暗い部屋に差し込む。
土埃が消えた先には、
「口の中、くっさ! う〇こにならなくてよかったわ……」
後光でキラキラと輝く虹色髪の幼女――ヴェールがドヤ顔で腕を組んで立っていた。
しかし、服がフォクス・ナインのよだれでべとべとである。折角、かっこよかったのに……と思うとなんかもったいない。
「何故、ガキがそこにいる! 俺のフォク助が飲み込んだだろッ!」
「――お前のきつねっころ、芸なさすぎ! 人を踊り食いする芸よりも、歯磨き覚えさせたらどうじゃ……?」
憮然とした顔をする敵はとても悔しそうに言うと、ヴェールは皮肉交じりに言い返す。
見れば見るほど、敵は悔しそうに歯を食い占めたかのような顔をしていた。
自慢の召喚獣が訳も分からない力でボコボコにされたら、誰でもそんな表情になってしまうだろう。
「キリエン! 驚くんじゃないぞ!」
そう言ったヴェールはポニーテールを止めていたシュシュをおもむろに取り外す。
すると、ヴェールの周りが虹の光に包まれるように輝いた。
気がつくと虹の光が弱まっていた。
ヴェールはすらりとしたグラマラスな成人体型に変わっている。
幼女の時よりも髪が伸びて、宝石よりも綺麗な瞳が澄んでいて、身長もキリエを余裕で追い抜かしていた。
儚げな顔をした綺麗な女性――とても美しかった。
「死ねよッ! 呪魔術【骸囁き】!」
そう思っている間にペテンが呪魔術をキリエとヴェールに飛ばしてくる。
フォクス・ナインの恨みでキリエがさっき跳ね返したものよりも何倍もの魔力がオーラに宿っていた。
「呪いは解かれた――魔術書」
ヴェールは魔術書を出現させると、ぼんやりとしたやさしい光のオーラが溢れ出す。
「極光虚無魔術」
匂いはないけれどとてもやさしく包み込んでくれるような、でも、何かを引きずった悲しいオーラで溢れている。
私は――知らない内に涙が溢れだした。
「【無「光」】!」
ヴェールが極光虚無魔術を発動すると、目の前で呪魔術が消滅した。
まるで、――虹の光に飲み込まれるように。
「どういうことだよッ! 当たっていただろう! どうして消えてんだよっ!」
呪魔術は相手を呪いたい気持ちが強ければ強い程、魔力が強くなる魔術である。特にフォクス・ナインがやられた恨みがあるのだから強力だったはずだ。
たった、一回の極光虚無魔術を発動して消したというのか……?
「お前の魔術、つまらんから¨無効¨にした」
「極光虚無魔術なんて聞いたことがないぞッ……!」
「我にしか使えんようじゃからな」
「絶対に殺すッ……! 二度と転生できないようにッ……!」
ペテンが焦って魔術書をめくった刹那、
「――極光虚無魔術【光「無」書き換え】」
刹那、辺りが光の幕に閉じ込まれる。
人の一息よりも圧倒的に速く覆い、何が起きたか目で追いつけなかった。
光の幕が開けると、憐れむような目でヴェールは討伐対象を見ていた。
消滅するフォクス・ナインを見て、対象は焦燥に駆り立てられるように魔術書を出現させる。
「消えているッ! 俺の魔術が徐々に徐々に消えていってるッ!」
目をうろたえながらページをめくるも、発動できる魔術が消えている様子――もしかして、ヴェールは対象の魔力を無効にしたというのか。
「魔術書とは己の魔力があってようやく見えるもの」
「俺のフォク助も! 必死に練習した魔術も! なんで魔術書から消えていってんだよォォォオオオオオ!」
対象は鼻水を垂らしながら泣き叫ぶ。
「お前の魔力を全て¨無¨にした――負けだ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
無残にもペテンの絶望した声が部屋に響き渡る。
「神よ! 我を救いください! 異世界に転生させてください!」
そう言うと泡を吹きながら白目を向いて倒れてしまった。
ヴェールは服のポケットからシュシュを取り出すと、綺麗に光り輝く髪を結ぶ。すると、また光に包まれて幼女の姿に戻った。
「キリエン! サポート最高だったぞ! 我はキリエンの口からギルドに入りたいと聞きたい!」
ヴェール・クリスタ――ゼネ曰く、『五本指に入る魔術師』と言った。
「是非」
私は――――とんでもないギルドに入れられたのかもしれない。